第55話 毒母のブルース

不機嫌な19歳の娘は

どこからどう見ても

拒食症のやせ方をしていて

みっともない

恥ずかしい

お前を恥じる時が来るとは

夢にも思わなかった。

ただし、それは、お前の責任ではない。

大人がお前にスタッフしてきたものが、

露呈しただけだ

私はお前のために、

命がけで尽くしてきたつもりだけれど、

それが毒になってしまった

命がけで尽くしてきたつもりだったが、

そうじゃなかった。

お前に必要なものは、それじゃなかった。

あたしはお前の肉を食い荒らし、骨にまでむしゃぶりついて

「あなたのためよ」

「あなたのために」

そんなにやったつもりもないが、

あたしに足りなかったものが唯一、絶対的にあるとしたら、

仕事を疎かにしたこと。

本業を疎かにした。

蔑にしたこと。

それに尽きる。

怖かったんだ。

見えなくて、

誰も教えてくれなくて、

何が足りないか、

わからなくて、

命がけで絵を書くことは、

何時間も何百時間もできる。

それでもだめならばもう、

どうしていいかわからなかった。

しかし、時は来た。

わかった。

『あなたの絵は、どこを見たらいいのかわからない』

『空間があるからって、入れればいいというものではない』

『基本的なこと、勉強してください』

あたしはつまり、テーマが無なのだ。

核がない、命がない女だったのだ。

苦しくて、死んでしまいたかったけど、

わかったよ。

それをして、それをしなさいと、

お前が身を持って、あたしに、示しているのだ。

あたしは、お前を食うつもりはない。

お前は、完璧に美しい、あの時、まるで剥製にしたいと思った美である。

しかし、お前に向くと、結果として、あたしは、お前の肉を食い荒らし、骨をしゃぶることになってしまう。

皮肉だが、真実だ。

ほんとうに、よくやってきた。まじめに、

よくとり組んだ。

しかしもう、終わりだ。

もう、それは、しまいにする。

これ以上お前の肉を、骨を、食べたら、お前は本当に死んでしまう。

いいか、苦しいことはない。

それ以上に、苦しいことはない。

だから、

おまえはおまえのテーマに沿って生きよ。

お前の核と生命に夢中になりなさい。

見送らなくていい。

心で言えばいい。

もう十九歳なのだ。

あたしが、十九の時を思え。

ゴミみたいな生活だ。

娘に比べたら、

裏切りと欲望だけ。

愚かなことをしていた。

指図するな。

お前は、犯罪のようなことを、していたではないか。

むしろ、尊敬するくらいだ。

今日は、あなたの幸せだった日。

おめでとう。

苦しい、なんてことはもうない。

もう、二度と、苦しみに戻ってはならない。

ここで、光となって、テーマを示せ。

お前の命のテーマはなにぞ。

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