第42話 悶々とする専業主婦の女

『わかりやすくいうと、

親に学ばせない子はいないということ。

オリエンテーリング

冒険、なんです。

たぶん、ゴールは保障された、

アトラクションなのね。

そう思えば気楽でしょう。

だから、楽しまないと。

どんな時も・・・。』


YouTubeで得意げに発信をするのは、

元お向かいの奥さん。

たまたまお勧めに出てきて驚いた。


なにやっているの、あなた。

と思った。


登録者が一万人もいる『人気子育てカウンセラー』だという。

コメント欄には、絶賛する声・・・。

若い悩めるママたちのカリスマだってさ。


私は知っている。

13年前に、5才と3才の息子を捨てて、

男に走った女。


そして新しい男との間にできた息子二人の子育てを、

あーだこーだ言っている。


彼女には、良心の呵責というものが、

ないのだろうか。


今の息子たちの陰で、過去は無きものにされた。

18才と16才になったあなたに似て美しい顔をした

青年たちが、どんなに苦労をしてきたか、

わかっているの?


下の子が泣いて泣いて、

上の子がそれを叱って・・・。

戦後の浮浪児みたいだった。

捨て犬みたいな人間の子の眼を、初めて見た。


しかし、私には何もできなかった。

パパのご両親が高級外車で乗り付けて、

色々お世話をしていたし、

パパも毎日、両手にスーパーの袋を抱えて帰ってきて、

頑張っているのがわかっていたから。


だけど、母親がいないってこういうことなんだ、と

思ったのは、服装の調節だった。

衣替えのタイミングで、いつも彼らは遅れていた。


寒い日に薄着で震えていたし、

もう暑いのにダウンジャケットを着ていた。

雨の日でもレインコートもなしで自転車で出かけていく。


『一枚羽織っていきなさい』

『もうそれじゃ暑いよ。薄いジャンパーにしなさい』

『傘持って』


母親のそんな何気ない一言が、

子にとってどれほど大切であるかを、

彼らを見ていて知った。


特に下の子だ。

中学生になった、制服姿がかわいかった。

三年生になると、

どんどん制服のズボンが短くなっていった。


真冬に、脛を出して震えている彼を見て、

もう耐えられなかった。


私は中学校に匿名の電話をかけた。

何週間かして、彼のズボンは彼の身体にふさわしいものになった。


あと、私にできたのは、挨拶だけ。

『いってらっしゃい』

『おかえり』

だけど、彼らの眼は、ずっと捨て犬のままだった。


ああ早く、母親のことなんか忘れるくらい、

好きな女でも

できたらいいのに。


・・・?

なぜか、私の胸はもやもやした。

自分で育ててもいない。

ただ、見ていた、お向かいのおばさん。


だけどね、『お向かいの専業主婦』というのは、

もうその家の人間にでもなったかのように、

事情がわかるものなのよ。


私はいつしか、彼らをあまり見ることをやめた。

気づかないふりをすることが多くなった。


思春期真っ只中の彼らに、

『いってらっしゃい』

『おかえり』

なんか必要ない。


服ももう、自分で買ったらしい、

はやりの物を着ている。


私にはわかる。

彼らに今、必要なのは、

ある欲望を満たすことだと。


気が付くと、私は夢を見ている。


裸になって、

キングサイズのベッドで

彼らを抱くことを。


13年間、

感情移入をして、間接的に愛情をかけてきた私が、

最後にするのが犯罪だなんて、

あり得ない。


だから私はもう、YouTubeの女も、

彼らも、見ないことにしたのだ。


愛情をかけてきた少年たちが、

18才と16才になった。


それがどんなに愛おしいか、

わかってもらえるだうか。


もしも、もしもだ。

彼らのもとにYouTube女が

会いに来て、彼らの愛を受けるようなことがあったら

どうしよう。


私には、何の権利も権限もない。


ただ、見ていたお向かいの女なのだから。

だけど、私には、彼らを愛する資格が無きにしも非ずだ、とも

思っているのだが、どうだろう。


私は日々、悶々としている。


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