第34話 もう二度と恋ができない女

ああ、もっと恋をしておくのだった。

夫に内緒でもっと恋をしてみたらよかった。

会いたい元カレもいたのに、あたしは貞操を護りたかった。


ねぇ、貞操ってなんだったの。

あたしが護ったものはなに。


汚れたくなかったのだ。

確かに恋をしている友人がうらやましくなって、

妄想をしたこともある。

だけど、夫以外の男と寝た後のあたしは、

絶対に汚れ、自己嫌悪に陥り、自分の信頼を失い、

苦しむのが目に見えていた。


それがあたしの貞操。


夫のためというより、自分に嫌われたくなかった。


・・・なんていうとかっこいいけど・・・。

こんな場所に入れられて、ふりかえってみると、

自分の、『汚れる』という固定観念なんか、意味があったのかしら。

『信頼を失う』って、そんな芝居をしたかっただけじゃないの?


じゃあ、友人は汚れている?

どう?


ちょっと見るわね・・・。

あらあら泣いちゃって・・・。

泣いた顔も可愛いわよ・・・。


あの子は良妻賢母で、夫と仲が良くて、

20才も若く見える女よ・・・。


だから、恋は『汚れる』のではなく、『リフレッシュ』するものなのかもしれないわね。


ああもっと、あたしも恋をして、リフレッシュしたかったなぁ。

そうしたら、夫との関係ももっとロマンティックになったのかもしれないわね。


我慢を通して、あたしはあたしなりの、老けた顔をした良妻賢母をやり遂げたってわけよ。


もう二度と恋はできないけど、

今度生まれ変わったら、絶対に、

『恋する良妻賢母』になってみせるわよ。


あ、もう時間なの?

オッケー、 じゃ、みんな・・・ばいばい・・・。


あたしが入った棺桶は、ゴーッと音を立てて、

炉の中に滑り込んだ。


夫の泣き声がした。


バカねぇ、喧嘩ばっかりしていたくせに・・・。

またね・・・。

ばいばい・・・。


あたしの棺桶に、今、火が放たれた。

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