第26話 ……なんか腹立ちますね
「ううっ、うぅ~、ノリくん辛かったなぁ……」
ノリスの生い立ち話を聞き涙を流しながら祐奈は言う。人の不幸が大嫌いですぐに感情移入するところは彼女の暖かい部分であり、美点といえるだろう。しかし、涙と鼻水が自らの口に流れ込むその顔は割と汚いことは言うまでもない。
「……アルフレッドほんまにきしょいやん、ちょっとドツいてきてええすか?」
拓郎は怒りを露わにし、拳を握りしめ立ち上がる。胸糞悪いことには共に怒れる熱いハートは間違いなく彼の美点ではある。しかし、彼の悪いところは常に問題を暴力で解決しようとするところである。
「待て待て、あんなしょぼくれたオッサンドツいたら死んでまうやろ」
和夫が拓郎の肩を掴む。
ノリスにも、アルフレッドにも、自分たちの知りえない事情や感情があるのだろうし、感情に任せた行動は往々にして空回りする。それに現状宿無しの現状を考えると、ノリスの機嫌をとって今夜は泊めてもらえるように持っていくのが最善である。つまり少なくとも今日は問題を起こしてはいけない。
彼もまたアルフレッドに対して憤ってはいたが、あまりに無防備な反応をする二人を見て冷静さを保っている。
「で? そんな一回シバいただけであのオッサンはあんなんなってもたんか?」
「いやぁ、なんというか……、その、結構、……やっちゃって」
歯切れ悪くつぶやくノリスに、和夫は顔を引きつらせる。
「……どんくらい?」
「……骨折が6か所と、……前歯全部と、……あと、膵臓が、…………ちょっと」
あまりに無残な状況を想像し、和夫は顔をしかめる。彼の頭の中は今、血だらけで手足を変な方向に曲げ、口からも血を吐いているおっさんで溢れかえっているのだろう。
和夫はそれを頭から追い出すように話題を変える。
「……そ、そうか、まあそれはもうええわ、そんでおっさんはビビってふさぎ込んでしまったと、そんでお前はもはやビビられてるせいで奴隷扱いもされてないと、そんな感じか?」
「うん、大体そんな感じ。……ごめんね、なんか、こんな暗い話聞かせちゃって」
申し訳なさそうに薄く笑うノリスに、和夫は慌てて手を振る。
「ん? いやいや、俺ら元々ジブンの話聞きに来てんねんからむしろそれはこっちがお邪魔しましたって感じやろ」
「そやでー! 悲しい時はなぁ、誰かに聞ーてもらった方がええねんで! そんな寂しいこと言うてたら怒るで?」
ノリスを真っすぐに睨め付けながら言う祐奈を見て、ノリスの顔がゆっくりと綻ぶ。
「……ありがとう」
少し鼻にかかったノリスの声に、和夫が視線を向けるとノリスは少し目を潤ませていた。
「あれ、ちょっと泣いてんちゃうん?」
「カズくんそれ言うたらあかんて」
「あれ、……おかしいな、僕、もう平気なつもりだったのに」
ノリスは言いながら涙をボロボロと流す。
それを見た和夫は少し気まずくなったのか視線を逸らす。その先ではソファに大股開きで座った拓郎が天井を鬼のような形相で睨みつけながら固まっていた。
「拓郎お前どないしてん? 顔怖いで」
拓郎は声をかけられても視線はそのままに、口だけを動かして言う。
「和夫くん、……なんで人間って、肩書ばっか見るんでしょーね?」
思春期ど真ん中かつ割と抽象的な拓郎の疑問に和夫は首をかしげる。
「というと?」
「別に貴族やろうがなんやろうがショボい奴はショボいし、奴隷やろうが気合入ってるやつはやっぱすごいっすやん? なんでこう、そんなんだけで人に偉そうに出来るんでしょーね?」
「あー、まああれやろ、人間ってほら、アホやん? 自分がどんなポジションで、自分が今喋ってるやつがどれくらいイケてるんかとかってすぐにはわからんやん? だからそーいうの基準にせななんもでけんねやろ。……知らんけど」
最後は興味なさそうに、首をかしげながら言う。
拓郎は相変わらず天井を見つめたまま、
「ふーん、……なんか腹立ちますね」
「……まあなぁ」
「カズくん肩書持ってたん中学ん時の放送委員が最後やもんなぁ」
「うるさいねん」
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