4 関西ヤンキーは異世界の身分制度を目の当たりにしても全く迎合しない

第23話 ノリスの過去①

 僕の父さんと母さんは優しかった。


 家は貧乏だったけれど、僕の話をいつもニコニコと聞いてくれた二人が僕は大好きだった。


 そんな二人との楽しくて優しい暮らしはずっと続いていく。


 僕はそう思っていた。


 しかし、そんな僕の根拠なき夢想は当然のように破られたんだ。


 ある日を境にお父さんが家に帰ってこなくなった。

 

 けれどお母さんは僕に、


「お父さん、最近仕事が忙しいみたいだから、帰ってきたら優しくしてあげてね」


 そう言っていたから、寂しかったけれどお母さんもいるし、僕はこれまで通り普通に暮らした。


 そんなある日、僕は近所の友達のディーン君と遊んでいた。


 けれどその日、ディーン君の様子がいつもと違っていた。


 いつもはそんな感じがしないのに、ディーン君はちょっと意地悪だけどサッパリしてて、優しい子なはずなのに、その日のディーン君からは、まるでいじめっ子みたいな、なんだか僕をバカにしているような、見下しているような感じがした。


「どうしたの? ディーン君、今日はなんか変だよ」


 するとディーン君は一瞬気まずそうに黙り込むと、


「かーちゃんがさ、言うんだよ、ノリスとは遊ぶなって、ノリスは犯罪者の息子だからってさ。お、俺が言ったんじゃねーよ? 母ちゃんがさ……」


 僕は首を傾げた。意味が分からなかったからだ。


 「犯罪者」という言葉の意味は知っていた。


 悪いことをする人だ。


 そう考えてみるとよけいに意味がわからない。


 あんなにも優しいお父さんとお母さんが悪いことなんてするわけない。


「ねえ、ディーン君、犯罪者って何か知ってるの?」


 だから僕は、ディーン君かディーン君のお母さんが言葉の意味を間違えて使ってるんだと思った。


「し、知ってるよ! 悪い奴って意味だ! お前のとーちゃん、偉い人を殴って大けがさせたんだろ? 犯罪者じゃん!」


 僕は更に意味が分からなかった。


 父さんが人を殴った?


 いつも僕に


「偉くなんてなれなくたっていい、お金持ちになんかなれなくたっていい、人には優しくするんだ。そうすればみんなノリスに優しくしてくれる。そうすればすごいぞ? ノリスはずっと幸せ者だ」


 って言ってくれてた父さんが、人に大けがをさせたなんて。


 それからディーン君とどう別れて、どうやって家まで帰ったのかは覚えていない。


「お母さん、お父さんは、お父さんは、優しい人だよね?」


「なにを言っているんだい、当たり前じゃない!」


 そう力強く言う母さんの目に、僕はなんだか頼りなさを感じた。


「お母さん、なんだか悲しそう」


「……あらあら、ノリスは優しいねぇ、大丈夫、ちょっと最近忙しくて疲れちゃっただけだから」


 そう言うとお母さんは、僕をギュッと強く抱きしめてくれた。


 けれど優しくて暖かいお母さんの身体からは、さっきより強く悲しみが伝わってくるようで、僕はいっそう不安になった。


 翌日、僕はこっそり仕事に出かけるお母さんの後をつけた。


 盗み聞きなんてよくないことだし、大好きなお母さんを疑うのはもっとよくないことだってわかっていたけど、自分を止められなかった。


「……すみません、……すみません」


 お母さんの働くパン屋さんで、お母さんは何度も謝っていた。


 なにも悪いことなんてしていないのに、お母さんはほかの店員さんやお客さんに怒られていた。


「パンが汚れる」


 そんな感じのことを何度も何度も言われては謝っていた。


 お母さんから訊いたことがある。これは多分、イジメってやつだ。


 そしてお母さんはこうも言っていた。


「ノリス、いい? 人をいじめるというのはね? 物を盗むことよりも、働かないことよりも悪いことなの。誰かを傷つけることを面白がって、知らない間に誰かの心を壊しちゃうから」


「うん、わかった、僕、絶対イジメはしないよ」


 嘘だ、こんなの嘘だ。


 お母さんが、あんなに正しくて優しいお母さんが、イジメられて謝ってるなんて。


 本当に申し訳なさそうに謝っている母さんのその姿は、なんだかお母さんがいつも言っていた、ひどいイジメを肯定しているようで、なんだかお母さんが、優しいお母さんが嘘になってしまうような、消えてしまうような、そんな気がして、


 僕は頭の中が真っ白になった。


 それからのことはちゃんとは覚えてなくて、後から聞いた話だと、どうやら僕はパンをお客さんにいっぱい投げつけて、泣いて叫んで、それで、パンをのばすための棒で、お客さんを殴りつけたらしい。


 僕のせいでお母さんは仕事を失った。


 元々ギリギリだった幸せな暮らしはそこで終わりを告げた。


 家賃が払えなくなり家を追い出された。


 僕は施設に預けられて、お母さんはどこかへ行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る