第19話 俺のはほら、親愛やんけ

「綺麗な家やなぁ、家賃なんぼくらいすんねやろ」


 和夫、祐奈、拓郎の三人は現在請け負っている調査任務の対象である豪邸のリビングにいた。

 リビングの床にはペイズリーっぽい柄の絨毯が敷かれ、木製フレームにワインレッドのベロア生地が張られたいかにも高そうなソファが置かれてある。


「まあとりあえずくつろいでよ。遠慮しないで」


 少年は腕をソファの方に伸ばし、三人を促した。


「ホンマ? じゃあじゃあお風呂借りていい?」


 促された祐奈は少年の親切心を拡大解釈した返答をする。


「お前アホやろ」


 和夫は心底嫌そうな顔で祐奈を見るが、それと同時にこの少年から何かを聞き出そうとした際、祐奈がいては邪魔になるので風呂に行ってくれるのはある意味ありがたいとも考える。


「えー、なんでー?」


「遠慮すなってのはあれやぞ、遠慮せんと座れ言う意味やぞ」


「……大丈夫大丈夫、女の人はお風呂入れないと嫌だもんね? どうぞ、ここから出て右行った突き当りだから」


 少年は嫌そうな顔一つせず、奥の扉を指さす。


「ありがとー! さすがやんかぁ、カズくんとは違うわぁ」


 祐奈はにっこりと笑うと、少年の肩をポンポンと叩く。


 少年は涼し気な表情を一切変えることなく言う。


「いえいえどういたしまして」


「じゃあ、いってきまーす」


 祐奈はそう言うと、今にも踊りだしそうな足取りで風呂に向けて歩いていく。もはや本来の目的は忘れているようである。


「……なんかすまんの」


 内心ラッキーと思いながらも、和夫は一応申し訳なさそうに少年に対し軽く会釈する。


「大丈夫、気にしないで」


 先ほどまで俯き黙り込んでいた拓郎がゆっくりと視線を上げ、少年に向けて言う。


「あのー、あんたがアルフレッドさんすか?」


 言われた少年は別に焦るでもなくキョトンと首をかしげる。


「え? 違うよ? 僕はノリスって言うんだ。でもなんでアルフレッド?」


「いや、表札に書いてたんで、なんとなくっす」


「……あはは、なるほどー」


 乾いた笑いをあげるノリスに拓郎はぶしつけな視線を送ると、


「ふーん、そーなんすね」


「…………何が言いたいの?」


 急無礼な視線を向けられたノリスは尚もさっぱりとした微笑は崩さず問い返すがその目は笑っていない。


 その表情の変化を見て拓郎は今更先ほどの態度が不自然だったことに気づく。


「あ、いや、ちょっと気になっただけっすわ、すんません」


 和夫は拓郎を『いやお前ヘタクソすぎるやろもう黙っとけや』という思いをこめて拓郎の頭を軽くはたく。


「拓郎お前いきなりお邪魔してそれは失礼やろ、人んちの家庭状況とかあんま聞いたんなや」


 拓郎は少しムッとして和夫を睨みつけるが、今はそんなことでモメている場合ではないと和夫は無視を決め込む。


「大丈夫大丈夫、気にしなくていいよ? それより僕からも一つ訊いてもいいかな?」

 もはや笑っていない視線を隠そうともしないノリスは、和夫の目を真っすぐに見ながら問う。


「おう、そら気になることもあるわな、言うてみ?」


「……和夫さんの方が態度デカいやん」


 あきれ顔で横槍を入れる拓郎にうんざりしながらも、あまりシリアスな空気を感じ取られても都合が悪いと判断した和夫は軽く話に乗り、


「アホかお前、俺のはほら、親愛やんけ」


「図々しいなぁ」



「……いいかな?」


 ノリスは少し遠慮がちに2人の会話に割り込む。


「ああ悪い、ええで」


「君たちはここに、……何しに来たの?」


「あー、何しにつーか俺らあれやねん。寝て起きたらここらの道で倒れ取ってやな、どないもこないもならんみたいになって歩いとったらデカい家あったでー、みたいな感じやねん」


「そーっすそーっす、金もないしどないしたろかなー思っとったんすよ」


 2人は努めていつもの雑談のような口調で言う。内心二人とも、『なんかわからんけどもう完全に怪しまれてるよな』と思っているが開き直るにはまだ早いと判断した結果である。


「……ふーん、じゃあもう一つ訊いてもいい?」


「……」


 少しトゲのある問われ方に、拓郎は少し顔をムスッとさせ黙り込む。



「おう、ええで」


 和夫はそれをごまかすように努めて快活に了承する。


 硬さを感じさせる笑顔を顔面に張り付けたままのノリスは小さく息を吸ってからにこやかな声で言う。


「『ていうかさー、この仕事ってあれやんな? この家の人が法律破ってないか調べるんやんな?』『え? それはあれやろ、普通に聞いたらええやんけ』……これは、どういう意味かな」

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