第20話 ノリスさん家の向かいのセリーヌさん家がなんか違法な作物を

「『ていうかさー、この仕事ってあれやんな? この家の人が法律破ってないか調べるんやんな?』『え? それはあれやろ、普通に聞いたらええやんけ』……これは、どういう意味かな」


 ノリスがひどく冷めた声色で言い放つのは、、先ほど祐奈と和夫が軒先で話していた内容。


「え? あー、聞こえてた? 悪いな、夜も遅うにデカい声で話してもて」


 和夫はポリポリと頭をかく。その横で拓郎は面白くなさそうに和夫を軽くにらむ。


「それは別にいいよ、……僕はどういう意味かを訊いてるんだけど」


 ピシャリと言い放つノリスに拓郎は苛立ちからカッと目を見開きながらノリスに詰め寄る。完全にチンピラの所業であるが、腕っぷしと勢いだけでシビアな中学校生活を生き抜いてきた彼の心もわかってあげたい。


「は? アンタさすがにふてこ……」


「まー、まー、えーからえーから」


 和夫は、反射的に詰め寄ろうとする拓郎を慌てて手で押し留めながらたしなめる。


 和夫は冷たくも威圧的なノリスの態度を違う印象で受け止めていた。


 この男、何かを強く恐れている……。


 生来腕っぷしも気も弱く空気を読む能力でギリギリのところを生きてきた和夫は、ノリスの強気な態度の裏側のちょっとした違和感を感じ取る。


「あー、ノリスさん、ちゃうねんちゃうねん。それはあれやねん。俺ら仕事でな? なんか調査? みたなやつやってんねん。そんでやな、ノリスさん家の向かいのセリーヌさん家がなんか違法な作物をこう、庭で育ててるみたいな噂流れてるらしくてそれ調べててんやん?」


 あくまで気軽に、物おじしない図々しい人間であると感じさせるため、軽快かつ横柄な態度で和夫は言い訳する。相手が恐れているのならば、こちらがそれを気取らせないことは、話し合いを進めるうえで大きなアドバンテージになるはずである。


「……僕の家の前で?」


「ほら、あれやん、調査対象の家の前溜まるとかアホやん、流石に! ほら、えー、一応? なんか聞かれても言い訳できるように? みたいなさ、作戦やんけ」


「……なのに大きな声であんなところで仕事内容を話すの?」


「……せやねん、ちょっと気ぃ抜いてたわ、今風呂借りてるやつ、あいつ祐奈言うねんけどそいつがホンマあほで……」


「あのー?」


 拓郎は和夫の言葉を遮りノリスに向かって真っすぐに言う。和夫は少しムッとするが、ここで仲間内でもめるのも得策ではないと思い口を紡ぐ。


「ん? 何かな?」


「なんでアンタさっきからそんなピリピリしとんすか? なんかあるんすか?」


 和夫とは対照的に、焦りと苛立ちを隠そうともしない拓郎は、ノリスの目を軽くにらみながら言う。それを受けたノリスはさも迷惑そうに、


「……いや、なんかって、そりゃそんな家に上げた人がそんな何か疑う感じで接してきたら普通に嫌じゃない?」


「まあ、それはそうかも知れんっすけどなんかおかしいんすよ、それで言うたら普通家の前で騒いどったやつなんか普通家に上げんでしょ?」


「それはほら、この辺危ないからさ? 女の子もいるみたいだったし」


「ふーん、僕にはアンタがそんな抜けてるお人よしには見えんすけどね」


 隠そうともしない敵意の視線を拓郎から向けられたノリスは、じっと一瞬見つめ返した後、何かを諦めたように小さく嘆息する。


「……ふぅ、まぁいいや」


 先ほどまでピリピリとした威圧の意志を漂わせていたノリスが急に空気を弛緩させたことに、拓郎は少し困惑した様子で問い返す。


「な、何がすか?」


「君たちあれでしょ? うちが奴隷法に違反してないか調べに来たんでしょ?」


 ずばりを言い当てられ表情をこわばらせる拓郎と、それを気取られないようさりげなく明後日の方向に視線を向ける和夫。これで口笛でも吹けばまるで漫画のヘタクソなしらばっくれ方であるがあながち馬鹿に出来ない。人は相手の真意を知ろうとする時、多くの情報を目から得る。その視線を相手と合わせないということは真意を読まれないための最終手段としてはそう間違ってもいない。


「いやいやちゃうって、俺らはホンマあれや、セリーヌさん家の違法農園を……」


 しかし、それはその状態で言葉を発しない場合に限る。


 そんな和夫の馬鹿らしくも胡散臭い態度を見たノリスはクスリと笑うと、


「いや、いいんだ、もう」


「……全部話すよ、ついて来てくれるかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る