3 関西ヤンキーは奴隷屋敷にお邪魔しても全く遠慮を感じない

第16話 奴隷法と15歳の憂鬱

「……僕はあんま気ぃすすまんすけどね〜、なんか主義に反するってゆーか」


 路地を歩きながら拓郎は小さく吐き捨てた。


 自分の感覚が世界一正しいわけでもないし、生きるためには曲げなきゃならないことだってある。


 そうわかってはいてもなんともスッキリしないことがある。


 いくら拓郎がバイクを盗んでしまうようなゴロツキ系中学生といえどもそこは未来を夢見る15歳、彼にだって彼なりの正義感というものがある。

 

 それは人が生きている限り、人が生きようとする限りしつこくつきまとうものであろう。


「何がやねん? 楽な仕事やんけ」


 そして悲しいことに、誰かにとって大切なことというものは、得てして他者にとってはどうでもいいものである。


 いつホームレスになってもおかしくないギリギリの生活を送っていた和夫としては、本当にギリギリな状態で主義主張にこだわる拓郎に滑稽さを感じてしまう。


「も〜、そんなん言いなやぁ! 確かに……、あんま気持ちいい内容ちゃうもんな? ……ホンマに嫌やったらやめる?」


 しかし人は、それと同時に他人の心を必死に想像し、共有しようとする。


 時にそんな行為のことを人は、


 "優しさ"


 と呼ぶ。


「……いや、大丈夫っす。やりましょ」


 目には見えなくても、言葉にならなくても、確かにそれがそこにあった時、人はそれをどこかで感じ取るものである。


 言葉に出来ない苛立ちを引っ込めて、拓郎は頷いた。


 ーー3人は、仕事先に向かっていた。先の冒険者ギルドから紹介された、

『奴隷法違反の疑いがある住居を訪ね実態を調査する』という業務にあたるため、地図をたよりに問題の住居へと向かう。


ーー奴隷制度、この世界の法律は日本とは大きく違い、基本的人権を尊重する憲法はない。いや、それに近いものは一応あるのだが、その対象は"貴族"、もしくは"平民"として戸籍の登録された者だけに限られている。"奴隷"として登録された人間の扱いは"物"であり、基本的には個人の所有物としての法が適用される。


 ただし例外として、『奴隷の殺傷またはそれを示唆させ不用意に脅す行為』と『性的な行為を強要するために奴隷を所持すること』は奴隷法で禁じられている。


 今回、法務を司る機関からギルドを介した委託業務として、この案件が回ってきたらしい。


『いやぁ、今すぐ受けられるものはこれしか残っていなくて……、でも、報酬は高いですよ?? なんと基本150000ババタン+出来高歩合給!』


 この世界における奴隷法違反者は、性的に倒錯していたりやたらと攻撃的だったりして危険人物が多いため、奴隷法にまつわる業務を受けたがる人間は少ない。そのためこういった業務の報酬は高いのである。


「…………はぁ」


 いくらお人好しな仲間に気を遣うべき状況とはいえ、拓郎が何かを諦めたようなため息をつくのも無理はない。


 理想の自分、理想の人生に反するやりたくないことはできるだけやりたくないのは普通である。自分の主義に反することをやるということは、それだけ自分の理想を削り取っていくということなのだから。


 あまりマトモではない両親に育てられた拓郎は、そのことが原因でクラスメイトに虐められたり、その保護者や教師から白い目で見られた経験を持つ。


 だから身分制度みたいなものには反射的に嫌悪感を持つし、その制度の維持に貢献するような行為をするには些か抵抗がある。


「いやまぁ、それもわかるけどよ? まあええやんけ、そんくらいよ? 別に俺らが奴隷買うみたいなやつちゃうしよ?」


 拓郎の様子から強い葛藤を感じた和夫は少し控えめに言う。気持ちはわかるが実利を無視は出来ない。彼もまたそんな微妙な年頃なのである。


「……いや、別に嫌ってわけではないんすよ? いや、行きましょ」


「…………なんかすまんの」


 不自然な遠慮を押し付けあっているうちに一行は目的の家の前に着く。アイボリーがかった白色に塗られた壁面と、上品なネイビーの屋根瓦に彩られたセンスのいい家屋。


「ほー、なんかよーわからんけど悪いことしてそーな家やの」


「ほんまやぁ、中学ん時の組長さんの息子やった安原くんちとおんなじくらいの豪華さやなぁ」


「…………なるほど」


「いやお前何ニヤけとんねん?」


「いやいやこいつは絶対悪いことやっとるっしょ? 奴隷とかやなくてシラこいことやっとるボンボンやったらなんぼでもシメたりますわ! ……ふふ、これで金になるとは……」


「……うわぁ、…………たっくん」


「……それでテンション上がるとか、完全ヤカラやんけ」





 

 

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