第15話 うわっ、光った!

「では、こちらに手をかざしてください」


 受付の女性は一旦裏に回ると、手に水晶玉のようなものを持って現れた。それは人の能力を読み取るための魔力が込められた”魔道具”と呼ばれるものであるが、日本の下町カルチャーのみで育ってきた三人にはそれは、『なんかヤンキーとかレゲエの奴がよく腕につけてる数珠みたいなやつのデカい版がちっさい座布団に乗ってる』ようにしか見えていない。


「こう?」


 まずは祐奈が『こんなん意味あるん?』とでも言いたげな表情を浮かべたまま水晶に手を乗せる。するとそれはゆっくりと淡く光り始める。


「うわっ、光った! なんで?」


 手を置いただけで光り出す水晶玉に心底びっくりする祐奈。どうやら彼女にはそれが指を当てるだけで色々出来るスマートフォンよりも異様なものに思えたらしい。


「LED入っとんのやろ」


「あ、そっか、カズくんが昔原チャにいっぱいつけてたダサいやつやな?」


「ダサい言うなや、綺麗やったやろ」


 和夫は嫌そうに祐奈を軽くにらむ。


「――はい、オッケーです」



 女性は下らない言い合いを始めそうな2人を遮り、祐奈は水晶から手を放す。


「え? オッケー? なんなんこれこの球になんか吸われたん? 脂肪? あたしやせた?」


「いや、デブのままやろ」


 デブの部分に反応し、祐奈の眼は一瞬で鋭くなる。


「……あとでシバいたるわ、明日もチ●コついてたらええなあ」


 祐奈の向ける鋭い視線に本気を感じた和夫はたじろぐ。


「……じょ、冗談やんけ」


「はい、これであなたの基本ステータスがわかるようになりました」


 けろっとした様子で女性が言葉をはさむ。騒がしい客には慣れているのであろう。


「ステータスってなんやったっけ? 柔道の技?」


「絶対ちゃうぞ、お前アレやろ、ステー転んでタスっと受け身取る感じのイメージしたんやろ」


「えー? ちゃうん? じゃあなんなん?」


 ウランは全く分かっていない様子の祐奈に少したじろいだあと、


「えーっと、これは見てもらった方が早いですね、ちょっと『ステータスオープン』と言ってもらってもいいですか?」


 それを聞いた祐奈は心底嫌そうに顔をしかめる。


「え? ……それ絶対ゆわなあかん?」


 絶望的な嫌悪を示す祐奈に女性は軽く困惑する。


「ええ、一応それ言わないとステータスが表示されないので。……何か問題が?」


 女性の言葉に祐奈は更に顔をゆがませる。


「いや、だってなんかキモくない?」


 それを聞いた男二人もうんうんと力強く頷く。


「わかるわ、横文字ってなんか単体で言うのちょっとキモイわ」


「……確かに、なんかチェケラッチョとかと同じ匂い感じるっすね」


 一同は口をへの字型に曲げ、その顔に全力で嫌悪を滲ませる。形は違えど、”舐められないこと”に重きを置いて生きてきた彼らにとっては当然の反応といえよう。


「えー、と、しかし、……そういうシステムですので」

 女性の困った様子を見た祐奈が『仕方ない』とばかりに小さく言う。


「しゃーないなー、……す、……ステータスオープン」


 すると祐奈の顔の右上あたりに黒地に白文字のステータスウィンドウが浮かび上がる。


「うわっ、なんか黒い板出てきた、何これ?」


 祐奈はぎょっとした様子で軽くのけ反りながら言う。何もない空間にいきなり画面が飛び出したのだから無理もない。


「いや、完全にプロジェクターやろ」


 一方和夫は全く驚きもせず冷静な様子。車やバイクをよく弄っていたいた彼は機械へ信頼が高いからであろう。


「あー、道徳とかのしょーもない授業で先生がよー使うやつっすね、っていうかなんか色々書いてあるっすよ」


 拓郎が指ささし、一同は画面を見る。そこには祐奈のステータスが一昔前のMMORPGスタイルで表示されていた。


【浦田祐奈 LV1 HP45 MP8 STR7 VIT7 INT35 DEX20 LUK0 ZBS99999】


「なんか英語ばっかりやの、ねーちゃんこれどういう意味なん?」


 RPGをドラ●エしかやったことのない和夫が訊く。


「これは祐奈さんの各能力値で、HPは生命力、MPは魔力、STRは腕力、VITは体力、INTは知力、DEXは器用さ、LUKは運を表しています」


 説明を聞いた拓郎は少し悲しそうな表情で言う。

「……祐奈さん、運ゼロっすよ」


「え? 嘘ぉ? ……ホンマやぁ」


「……まあお前びっくりするぐらいスロットとか当たらんからの」


 それを聞いた祐奈はなぜか少し安心した様子で胸に手を当てる。


「……そーやったんや、だからかぁ、いつも生活費カツカツやったん」

 


「いや、それはお前が働かんとスロットばっかやるからやんけ」


 全く和夫の言う通りではあるが、彼もまた人のことは言えない。


「じゃあこのZBSはなんなんすか? やたら数字でかいし」


 拓郎の発言に、二人ははっとして受付の女性の方を見る。


「あ、これはその個人個人にのみ与えられたユニークステータスというもので、その人が持つ性質の中で特に強いものを表しています」


「え? あれちゃん? 絶世の美女さ、とかちゃん?」


「お前頭大丈夫か?」


「カズくんこそ目ぇ大丈夫? 失明してへん?」


「失明ってなんやねん、ほな俺ここまでどうやって歩いて来てん? 左右とも2.0あるわ」


 ごちゃごちゃと言い合う二人を見ながら女性はもじもじとしながら、


「いや、えー、……ZBSは~、その」


「……図太さです」


 女性の言葉に一同は一瞬キョトンとする。


「え?」


「……大正解やんけ、この機械正確すぎるやろ」


 ぶっきらぼうに言い放つ和夫の横で拓郎がプルプルと震えている。


「わ、悪いっすよ和夫くん、そんな、ず、図太さて……」


 そんな二人を祐奈は鋭く一瞥すると、


「いやいやいや、そんなんアタシから一番遠いやつやんかぁ、なんなんこの板シツレーやな!」


「まあまあええやんけ、あってるしよ」


「……じゃあ次カズくんやりーやー」


 祐奈に口を尖らせながら言われ、和夫は得意げに、


「ええで、全部999とか出したるわ」


「……MUMで毎日うんこ漏らしてそうとか出たらええねん」


 拗ねたように言う祐奈をしり目に水晶玉に手を当てて光らせた後、やはり恥ずかしそうに小さな声で「す、……ステータスオープン」と言い放つ。和夫の横にポップアップしてきたウィンドウには、


 【谷村和夫 LV1 HP30 MP50 STR3 VIT3 INT80 DEX50 LUK1 HTR9999】


 知力は高いが、肉体的には体力も腕力も貧弱なステータスが表示される。


「和夫くん、……さすがに弱すぎません? 腕力祐奈さんの半分もないっすよ」


 嬉しそうに言う拓郎に向かって和夫は乾いた笑いを浮かべると、


「……いや、ちょっと壊れとんのやろ」


「それよりほれ見ろ! 俺結構頭ええやんけ! ほんでなんかようわからんけどHTRってやつ9999あるぞ! あれか? 判断とっても理にかなってる、とかか? 絶対そうやろ」


「おねーさん、あれ何ー?」


 祐奈は得意げにする和夫の方を見もせず女性に問う。


「いやお前シカトすんなよ」


「えっと、HTRは、……その」


 またもやもじもじと申し訳なさそうにするウランを見て一同はそれがまたロクでもない要素であると察した。


「……ヘタレさです」


 期待通りの答えが返ってきたとばかりに祐奈はにやにやとした視線を和夫に向ける。


「大正解やーん」


「うるさいねん」


「……確かにそんな感じするっすよね」


 微笑ましいものを見るような視線を拓郎にもむけられ和夫はムスッと押し黙る。


「…………」


「ま、まあ、その、レベルが上がったりすればステータスは改善されることもあるので、……その」


「あかんでカズくん、おねーさんに気ぃ使わしたら」


「じゃあ次は僕っすね」


 拓郎は堂々とした足取りで水晶玉のところまで行くとそのまま手を当て光らせる。そして先ほどまでの自信満々風の態度はどこへやら顔を赤くしながら、「す、……す、ステ、……ぇタスォー……プン」


【神田拓郎 LV1HP125 MP0 STR100 VIT80 INT5 DEX95 LUK25 MTR87569】


 そしてウィンドウには拓郎のステータスが表示される。知力は低いものの先の二人と比べるとそこには圧倒的に高い身体能力が表示される。


「おーっ、やっぱ僕強いっすやん! MTRってやつもなんかええやつそうやし、なんかGTRみたいな感じで速そうっすよね?」


「いや絶対ロクでもないやつやろ、っていうかお前頭悪すぎるやろ」


 自分よりも圧倒的に高い身体能力が妬ましいのか少し怒鳴り気味に言う。


「うるさいっすねー、僕の豊富なSTR100でシバきまわしますよ? 大丈夫っすか? HTR9999が火ぃ吹かんすか?」


 それを受けた拓郎は余裕しゃくしゃくな半笑いの顔で言い返す。和夫は悔しそうに、


「……このボケぇ」


 それを見た祐奈は『まあまあまあ』ばかりに二人の間に入ると、


「まあまあ、そんなしょ~もないことでケンカしたら恥ずかしいで? それよりMTRってほんまはなんなんやろ」


「ほんまや、僕のMTRはなんなんすか?」


 三人から視線を向けられた女性は一層気まずそうにする。


「え、……えーっと」


「……あ、俺わかってもたわ、ここまでのパターン的に多分あれや」


「ホンマ? アタシも今思い浮かんでるやつあるわぁ、……たっくんかわいそう、中学生の男の子はみんなそうやのに」


「あのぉ、…………もはやあんま聞きたないっすけど、その、MTRは?」


「…………ムッツリスケベです」


「「「……あぁ」」」


 和夫と祐奈は何も言わず、暗い顔で拓郎の肩にポンと手を置いた。

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