第11話 コラ! アカンやろ!

「え? そ、そうなんですね、それはなんというか、……ご愁傷様?」


 拓郎が声をかけた青年は少しばかりの恐怖心を帯びた不思議そうな声で答える。青年は細身だが身長は180cmくらい。長めの金髪の前髪にかくれた青い瞳がオドオドと揺れている。


「は? 舐めとん?」


 拓郎はこの世の理不尽がすべて詰まったような勢いのある返答。無論、本人にも自分が無茶なことを言っているという自覚はある。しかし、カツアゲとは元来そういうものなのである。道を歩いているだけで、話しかけられて返事をしただけで、お金を取られても仕方ないような失態を犯す人間はいない。


「え?」


 だからこの青年の瞳からにじみ出る、びっくりしたような、新種の凶暴な生物でも見つけたかのような驚きと焦燥感は生物としていたって正常な反応といえる。


「お前俺は金落として困っとる言うとんねん、舐めとん?」


「え? あ、いや、あの……」


 しかし世界は残酷である。そんな生物としての正しい反応というのは、得てして他者に見せない方がいい場面も多い。動転した青年の様子をみて、”イケる”と踏んだ拓郎は更に畳みかけるように、


「なぁ、なんか言うことないん?」


 拓郎の瞳には小さく怒りが宿っている。もはや彼がなにか悪いことをしたわけではないということは頭になさそうである。


「え、あ、え、あ、いやあ、そ、その……」


 怒気を含んだ視線でまっすぐに睨みつけられ、青年は大きくたじろいだ。


「は? お前何ドモっとんねん? お前俺に全部言わす気な……痛っ! いたたたた!」


 後ろからそっと近づいた祐奈が拓郎の耳をつねり上げる。


「コラ! アカンやろ!」


「いたたたたた! ちょ! ちょぉ! いたたた!  なんすか? ……いたたなんなんすか!」

 

 拓郎は耳をエルフのように伸ばされながらも自分がどうしてそうされているかは心底わかっていない様子。


「やめる?」


 普段の柔らかなものではなく、低くドスの聞いた声で祐奈は問いかける。


「え? 何をいたたたた! やめる! やめるっす! やめてやめて! ちぎれるちぎれる!」


 あまりの痛さに思わず降参する拓郎を、耳を引っ張る手を緩めはしても離さないまま祐奈はジッとにらむ。


「……」


 青年は困惑したまま事態が呑み込めず黙って静観する。


「ふぅ、ふぅ」


「……なんでそんなことするん?」


 ようやく拓郎の耳を離してやった祐奈は、たしなめるような、怒りよりも悲しみの色濃く含まれた視線を送る。それを受けた拓郎はしどろもどろに視線を彷徨わせる。


「いや、……それは~、ほら? とりあえずお金いるっしょ?」


「だから人から取るん?」


「いや、ちゃうっすやん? そんな犯罪みたいな、ただ僕はくれたらええなぁ~ってあいたたたた!」


 拓郎は誰が聞いても後付けだとわかるような言い訳を言い放ち、また祐奈に耳を引っ張り上げられる。その痛みに悶絶する姿は、罪悪感はあってもそれをハッキリとは自覚できていないのともう怒られたくないのが入り混じった愚かな男の象徴のようである。


「……ええかげんにしいやぁ」


 今度はハッキリと、強い怒気を含んだ視線を祐奈はおくる。


「わかったっす! わかったっす!」


「何がわかったん?」


「いやアレでしょ? こんな時に目立っとったらパクられいたたたた!」


 自信満々に言い放とうとしてまた耳を掴まれる。『どうやら彼は本当に良かれと思ってやっているのだろう』と感じた祐奈は小さく嘆息すると、静かに言う。


「ちゃうやん、あたしがいーたいのはな? そんな悪いことしとったらあかんでってことやねん」


「いやそーは言うても背に腹は代えられんっしょ? 別にこんなにーちゃんどーでもいたたたた! よくない! よくないっす!」


「あのな? カツアゲはな? やられた人が嫌なんお金なくなるだけちゃうねんで?」


「……はあ」


 拓郎は納得いかない様子で口を尖らせる。その姿はもはやいたずらを見つかった小学生よろしく非常に情けないものである。しかし彼は、もしかして俺が悪いのでは? と気づき始めていても、説教をされれば無性に腹が立つくらいには幼く、誰かに対して素直に下を向くことがかっこ悪いと思うくらいには男の子になっている男子中学生という生き物の一人であることは考慮してあげたい。


「自尊心が傷ついたり、罪悪感感じたり、外歩くん怖くなったり、いろんなもん失うねん。たっくんが1000円手にいれんのに、された人は10万円分くらいなんか失うねん。カズくんが中学ん時カツアゲされた時なんかな? 一週間くらい家から出てこんくなって、心配して見に行ったらあたしの胸で泣い…………」


「ちょちょちょ! 待って待って? それ言う必要あるか?」


「ある!」


「……あるんかぁ」


 自信満々に言い放つ祐奈に、和夫は力なく俯いた。

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