第9話 そんな場合ちゃうんすよ
赤茶色のレンガが規則正しく敷き詰められた歩道の上、三人の青少年が倒れていた。そのうちの一人がゆっくりと顔を上げる。
「……ぬぁあ、身体痛いの~」
この男は谷村和夫、21歳。低身長に変な髪形(サイドをバリカンで借り上げて更にそこに剃刀でZの形に剃りこみ、毛のあるトップ部分は金髪でツンツンにとがらせている)によって全く年相応には見えない。白地に金のラインが入った下品なジャージを着るその姿は、”かっこいいを完全に勘違いした思春期真っ只中”といったところであろう。
「……あれ? ここは……」
次に目を覚ましたのは神田拓郎15歳。坊主頭に長身でがっしりとした体形。それと端正ではあるがどこかあどけなさの残った顔。ぱっと見甲子園を夢見る野球部員のように見えるが、自転車のサドルで原付を盗もうとするアホな不良少年である。
「……ぺかっ、……たけど、……どう、せ、レギュ、ラー」
顔を上げず微動だにしないままダメ人間臭い寝言を吐く女は、浦田祐奈21歳。鼻が低く丸顔で、決して美人ではないがどこか愛嬌のある顔。ダボダボのグレーのスウェットに根元の黒くなった金髪の田舎ヤンキーファッションに身を包んではいるが、生来のおおらかさから、見る人にはガラの悪さよりも”人懐っこさ”を感じさせる。
「…………はぁ!?」
しばらく固まっていた拓郎が声を上げる。今目にしているのは、石やレンガでできたおしゃれな家々に囲まれた景色である。彼が今まで慣れ親しんできた、昭和を感じさせる腐りかけた木造アパートと美しい洋風の家がごちゃ混ぜに立っているカオスな街並みからは程遠い。その優しげでいて洗練された雰囲気は、彼にそこが”地元”でないことを気づかせるのに十分だった。
「ちょ! おっさん、おっさん! おい!」
軽くパニックに陥った拓郎は、未だぼけーっとうつぶせに横たわる和夫の肩を揺する。
「……なんやねん」
「ヤバい! ヤバいですって! マジで!」
「何がヤバいねん、普通に朝……は? なんで外なん?」
「ちゃうっすよ! もっとよー見てくださいよ!」
「は?」
「いや、ヤバいでしょ! ここどこっすか!」
「…………」
言われた和夫は横たわったまま首だけを動かして辺りを見回す。そこには和風の木造建築や汚れたタイルのマンションなどは一軒もなく、現代日本では物好きの金持ちしか住まないような中世っぽい家ばかりがぽつりぽつりとまばらに立ち並ぶ。家の数は少なく、一見するとそれは農場のような街のような、とにかく現代の日本ではそうそう見られないような光景である。
「……ほんまや、なんでハウステンボスおるねん」
「え? ここハウステンボスなんすか?」
「いや、完全にそうやろ」
もちろんここは九州は長崎にあるオランダ風テーマパークなどではないが、人間中々想像の外側にある結論にはたどり着けないものである。和夫は高校の修学旅行で長崎県に行っており、その記憶が人生の中で一番現在の街並みとリンクする部分が多かったのであろう。
「……え? でも外人ばっかっすよ?」
「そらぁ観光地やからの」
いぶかし気に問い返す拓郎に対して和夫は断言する。
「……そーなんすかねぇ、でも日本人一人もおらんっすよ」
実際街を歩いている人々は白人・黒人・黄色人種が入り混じっているが、誰も彼もがド●クエの登場人物のような、普通の日本人は絶対に着ない民族衣装系の衣服に身を包んでいる。
「……ほんまや、マジかよ、……完全に外国やんけ」
「っすよね? ヤバいですって! 僕ら絶対さっきまで尼おったっすよね?」
「……せやの」
しばらく2人は呆然と立ち尽くし思考するが、全く現状を把握できない。当たり前といえば当たり前である。
「…ふぁあ、……よー寝たぁ、……あ、カズくんおはよう」
先ほどまで寝ていた祐奈がようやく目を覚ます。
「おう、お前見てみ? ヤバいねんけど」
「え? ……ほんまや、君、誰?」
祐奈はハッとしながら拓郎を指さす。
「いや、さっきあんたらが絡んできたんっしょ」
「……あぁ~、もうあかんでぇ、泥棒したら~」
「いや、そんな場合ちゃうんすよ! 周り見てくださいよ!」
「えぇ? ……んー、……あらぁ、なんであたしらオランダおるん?」
祐奈はあたりを見回しながら言う。
「え? ここオランダなんすか?」
「絶対そうやって! ……ほら、見てみ? あの家プロペラついてるやん」
祐奈が指さす方を見ると、そこには大きなレンガ造りの風車小屋が立っていた。その風車は穏やかな風を受けながらゆっくりと回っている。
「確かにオランダっぽいすね、……プロペラではないけど」
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