奇妙奇天烈ブラウン管

「あああ、良い匂いだね!」

「女子ってお菓子好きなんだな」

「大好き!」

「――ふむ、なるほど」

「お、今夜は期待して良さそうですよ、浬帆さん!」

「やりましたわね、焔さん!」

「おほほほほ」

「おほほほほ」

「やかましい! とっととブラウン管の家まで行くぞ」

 そう言いながらさっそく裏路地に入る我々一行。

「え、この先なの?」

「ここからが一番近い」

「へ、へえ」

 路地裏の向こう側にある家。

 何だろう。訳も分からず何か心配なんだけど。

 そのまま一段一段が低い階段をぞろぞろと上がり、一回日の当たる路地に出たかと思うとすぐに曲がってさっきより暗い路地裏に出た。

 頭上で洗濯物が風に揺れている。路地の端から端にかけて洗濯紐がかけられているんだ。どうやって干しているんだろう。

 見上げた額に雫が一滴、垂れた。切り取られた青空には雲一つない。――地下のはずなのに嘘みたいに良い天気。

「なあ、兎頭」

「あん?」

「何か対策やら戦略やらは用意してあるんだろうね?」

 焔が心配そうに聞く。

「どうして?」

「どうして、ってそりゃそうでしょ。どこにいるか分からないんだよ?」

「ああ、そこに関しては任せろ」

 ニヤリなんて擬音が似合いそうな声で自信たっぷりに言う。

「あいつの道のりはたやすく分かる」


 ……、……。

 

「……本当なんだろうね」

「しつっこいなぁ、嘘は言わねぇっつってるだろ」

「そうじゃなくてさ!」

「何だよ」

「道」

「道? 合っているが?」

「だって何か、その……不気味なんだけど」

 相変わらず日の当たらない路地を歩いているのだけれどその道中に矢印看板が現れた。しかも進むにつれて数が増えてくる。

 最初は常識の範囲内の数しか無かったのだけど、今はそれを軽々超えて最早狂気の域の数だ。壁という壁に矢印矢印、矢印、矢印!

 その全てが今から向かう彼の家の方を指しており、更に不気味。せめて向きがばらばらだったり何か文字が書いてあったり可愛かったりカラフルだったり格好良かったならば芸術作品だね、納得納得とか思えていたのだけど……。

「なんで真っ白の矢印看板がこんなに壁に張り付いてるわけ?」

「それはボクも知りたい!」

「俺が知るわけねぇだろ!」

 三人身を寄せ合いながら路地を進んでいく。

 どうする? このままこの路地の出口まで矢印看板に塞がれていて、振り返ったらそこに今までの矢印が迫ってきていたら……!

「そんな怖いこと口に出して考えないでよ! 浬帆!」

「口に出てた!?」

「丸聞こえじゃバカたれ!」

 そうこうしている内にも矢印看板はどんどん増えていき、とうとう他の矢印の上にまで釘付けされる程にまでなった。

「ど、どどどど、どーしてこんなにくっつける必要があったのかな」

「矢印看板にされた異形頭達の物語だァ」

 恐ろしい声で焔がぽつりと言いやがる。

「ひっ!?」

「テメェまで……!」

「お気に入りの異形頭達をコレクションにする為に矢印看板に作り変えて路地に記念として貼るんだ……」

「なな、何で矢印看板にする必要があるの?」

「続々と他の異形頭達に来て欲しいから……だって、あのレトロカメラが居なくなって寂しいだろォ? そしたら向こうから来てもらえば良いじゃないか」

「ひいいいいいっ!!」

「もうこれからはそれで金稼いで行けよ!」

 二人で抱き合いながら怪談語りの亀から距離を取る。

「っててててて、てかさ! ポットさんは全然余裕で行ったわけだろ! そしたらこの矢印視えてなかったことになるぞ!?」

 しばし無言。完璧に歩みが止まってしまった。出口はすぐそこなんだけどな!

「ソレジャァ」

「まだあんのかよ!」

「もうやめてよー!」

「ボクらにしか視えてないって事かもネ?」

「わああああああ!」

「こいつ最悪だあああああ!!」

「人間を喰ってるんだ……そして骨で矢印作ってる……」

「だから白いってか!?」

「もう、嫌いになるぞ!! 焔ー!!」

「――あ、どうしよ」

「今度は何!」

「ふざけてたらボクまで怖くなってきた」

「「このバカ!!」」

 一通り大騒ぎ。


 でもいざその場に出てみたら何でもなかったりする。


 * * *

「あ、この家の前の道ならどこにでも付いてるんだ、あの看板」

「しかも他の異形頭とかにも視えてるんだ」

「「「良かったー……」」」

 私達が来た道とは別の道の矢印看板に子どもたちがクレヨンで落書きをしている。(そっちから行けば絶対怖くなかった)

 そんなこんなで私達が辿り着いたそこにはちょっとした庭と一軒家が一つ。土壁に西洋風の瓦屋根。

 農家の家の内一つなんて言われても違和感が無い。そんなこじんまりとした家。

 いないとは分かっているけれど、取り敢えず戸をノックする。

 とんとん。

「ブラウン管さん」

 返事なし。

 ノブを回してみる。

 ――開く。

 中を覗きながらもう一度。

「ブラウン管さーん、いますかー」

 ……。

 ……、……。

 やっぱり返事なし。

「っていうかそもそも帰っているのかな」

「どうだろ。足跡とかが見つかれば良いけれど……」

 その場合は私達が迂闊に入る事でそういった証拠が消えてしまう可能性もあるから近付いて見るわけにいかない。

 そうは言っても後ろから差し込む太陽光だけで見るにはちょっと暗すぎる。

 弱ったな。

 ――とその時。

 兎頭くんが私の肩をちょいちょいとつついた。

「な、何?」

「お前には良い物があるだろ」

「もしかしてさっきから言ってたとっておきとかいう物の事言ってる?」

「モチロンだ」

 ブラウン管の辿った道がたやすく分かるとかいう「アレ」を、私が持ってる?

 どゆことですか。

「昨日兎爺から神器貰ってたろ」

「ああ!」

 そういえばそんな事もあったっけなぁ! 何しろ作者の更新が遅いから。……とはいえすっかり忘れてたなんて正直に言っちゃったら目の前の兎に怒られそうなので真相は心の内に秘めておく。

「それかけて家の中ちょっと調べてみろ」

 言われるがままかけて中を覗くと金色に輝く足跡が無数に浮かび上がった。

「うわわわ!!」

「何が見えた?」

「沢山の足跡!」

「最近のはどれだ」

「最近のって言ったって……こんな量――ア!!」

 最近のはどれかという事を念頭に置いてその景色を覗くと、呼応するように一筋の足跡が浮かび上がった。

 そのまま戸の外に繋がっている。

「向こうに居る!」

「追いかけよう!」

 複雑な道筋をずんずん進み、そこを曲がってあそこに入って。

 それを繰り返し繰り返し、その先でようやく彼を見つけた。

 頭に重たい箱型テレビ、大げさな頭のアンテナ、妙に長身なその影形。

 間違いない。そのヒトだ。

『矢印矢印矢の印。天まで高く、矢の印。いつかは会いたいの元へ、月まで届け、地上の星へ、いつかは届くかあの太陽』

 奇妙な言葉を発し続ける彼は足元に大量に積み上がる矢印をひたすら壁に釘付けにしてはけたけたと笑い転げていた。


「ブラウン管、さん……?」


 予想以上に凄い癖の強い異形頭だ。


「こんにちは、ブラウン管さん」

『ア!! 誰かの匂いがしますね!! どなたですか!』

 台詞!!

「あ、えっとですね――って聞こえてないよね」

『くんくん! 女の子と汗の臭いが致します! 若干三名といったところですかね!!』

 だから台詞!! (しかもさり気なく目の前に何人いるか当てている)

 ――そうだ、そういえばこの異形頭には目も無いけど耳も無いんだった。

「兎頭くん、これどうするの? 姿は確かに見えないけど声も聞こえないんだよね……?」

「そこら辺は心配すんな」

 そう言って画面の横に縦に並ぶボタンをかちかちいじりだす。

『ウヒャヒャヒャヒャくすぐったい、くすぐったいです!! 何事ですかね! ケヒャヒャヒャ』

 もうそれだけで異様な雰囲気なんだが。

「な、何してるの?」

「こいつの脳内にある情報を画面に映そうと思って」

「な、なるほど?」

「そしたらいつかは王立図書館への裏ルートにぶち当たるだろ」

 ――それってかなり確率低くない?

 そんな事に全く気が付かない動物頭大将、兎頭、超高速でボタンを連打連打する。

 画面に色々な動画が映っては消え映っては消えを繰り返した。

『Repeat after me』

『塩大匙一杯』

『Hamburg steak is UMEEE』

『王手』

『こちらは問題の事故現場』

 ……。

「ね、ねえ本当にこれでどうにかなるの?」

「分かんねえけど今はこれしかないだろ」

「「分かんねえんかい!!」」

 ボタンは十二。それを何周しても同じ画面が出てこないのは矢張り相手が異形頭だからなのだろうか。

 っていうかぽけっと立ち尽くすブラウン管をかちかちいじり倒す動物頭三人ってどう見たって怪しさの塊なんだけど……。

 何かこの計画に嫌な予感が、暗雲が差してきたぞ。


 そうこうしている内に軽く五分は経過。

 だんだん疲れてきた。

「ねえ、これ本当に大丈夫なの?」

「負けねえ」

 そこで意地を張られても困る。

 とはいえ流石にボタンの押しすぎ、筋肉痛。

 兎頭くんがバテた。

『楽しかったぁ』

 当の本人はぴんぴんしてる。

 やばい、こいつ、デキル!!

『で、どちら様でしょうか!』

「思った以上の難敵だな」

「諦めて別の方法探す?」

「そんな事言ったって……」

『おーい』

「そんな事言ったって、何だよ」

「何かだめそうってのは分かるけど、他の異形頭にどうやって王立図書館までの道筋聞くのよ」

「浬帆も分かってきたねぇ」

「言ってる場合じゃないだろ」

『ねぇ!!』

「「「わああ!!」」」

「勢いよく突っ込んでくるな、心臓に悪――ってこれも聞こえてないのか」

 耳が聞こえないという意外と厄介な要素に遂に兎頭くんが頭を抱える。

「どうすりゃ良いんだ……」

 それに構わず(見えても聞こえてもいないからね)淡々と喋り始めるブラウン管さん。

『お話の場合は1を、頼みごとの場合は2を、お宅訪問の場合は3を押してください!』

「はぁ、そういうの別に良いんだよ」

「……」

「……」

『……? えっと、お話の場合は1を――』


「「――その手があったか!!」」


『頼み事の場合は……』

(つづく)

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扉向こう、いらないまち 星 太一 @dehim-fake

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