探し人

『変な事はするなよ』

「した事あるかよ」

『んまぁ今のところは無いけども』

「だろ? 今回も俺が見てるから心配するな」

『やれやれ。良い旅を』

 亀頭の焔と猫頭の私、兎頭くんで検問を抜ける。他の子達も別行動でいらないまちにこれから続々と入っていく予定だ。

 群青の着流しをした大昔の、あの「糸で綴じた本」が頭の異形頭(オッドマンとも言うらしい)が自分の頭にさらさらと何やら書いていた。多分私達の事だろう。

 これが日常の街、「いらないまち」。異世界に来たことを改めて痛感させられる瞬間だ。

「あいつは文句が多いけど頭が良くて話が速い。そこが俺は好きだ」

 兎頭くんがそう言うと後ろから何かがほうられてきた。

 金貨のチョコレートが三枚。

 向こうで骨ばった大きな手がふらふらと揺れた。

「ありがとう!」

 私もあの本頭、好きだな。

 ミルクが甘い。


 分厚い城壁に囲まれた首都。まるでちょっとしたトンネルかとも思わせるその石造りの門を抜けるともう「そこ」だ。

「ほれ着いたぞ、ここが『いらないまち』だ」

「わぁ……!」

 石畳のヨーロッパのような街並み!

 日本には絶対ない石造りのあの家、ヨーロッパって感じの緑の生え方、縦に長いレンガ造り! 対して店は殆ど屋台! その異文化ぐちゃぐちゃって感じもまた何か良い!

 そこかしこを歩いているのは人外ばかり。まるでどこかのテーマパークにでも迷い込んだようなその風景に思わず圧倒される。

 益々興奮してきた! 手の動き止まんない!!

「おいおいそんなにはしゃぐな。自分の年考えろよ」

「だって凄くない!? 色々がさ! もう、何て言うか!! ああっ、新境地って感じ! 分かる!?」

「……敵地ではしゃぎ倒す奴初めて見た」

 何か後ろで呆れてる気がする。

「それで、これからどうするんだ?」

「取り敢えずリスク無く道を聞けるアテはある」

 そう言いながら一枚の写真を胸ポケットの中から取り出す。

 そこに並んでいるのは二人の異形頭。

「異形頭の中には少なからず特殊な作りが故に感覚器官とか、感情の表現とか。色んな点で他と違う者が居ることがある。その一つの例を今回は逆手に取る予定だ」

「それでこの写真?」

「そういう事だ」

「なるほど」

 右にいるのは明治とか大正によく見られたいわゆる大判カメラの頭の人(あの、布被って写真を撮るあのカメラね)。そして左にいるのが――。

「今回のターゲットがその『ブラウン管』って奴だ」

「ほうほう? でも何でわざわざブラウン管?」

「こいつ、目と耳が無いんだよ。俺らが人間だって事が一番バレにくい」

「目と耳が無い……? それでよく生きてたな」

「昔はこの右の『レトロカメラ』って奴が一緒に居て互いの欠損した五感部分を補い合ってたらしいんだけど今は一人だからさ」

「ふうん……まあ、取り敢えずはこのおっきく突き出た日本の昔ながらのアンテナが頭にある箱型テレビを探せば良いんだね」

「服装は白シャツに口を絞ったぶかぶかのズボンだ」

「とび職みたいな感じのズボンなの?」

「あれよりはもう少し膨らみが小さいがな」

「他に特徴は」

「俺みたいにサスペンダーをしている」

「承知」

 そこまで話してふと気が付いた。

「ん……そう言えば浬帆は」

「おや、いないね。おーい浬帆ー?」

 きょろりと見回すと少し先の方の屋台の前でロシアンブルーがうろちょろしている。

「アイツ……!!」

 兎頭が威圧感たっぷりに浬帆の元へと走っていく。

「おい猫! 単独行動禁――」

「ア、兎頭くん見て見て!」

 首根っこを掴もうとした兎の腕を逆に取って目を輝かせるロシアンブルー。

「んなっ、何だよ!?」

「美味しそう……」

 指差した先にはきらきらと輝く蜂蜜を垂らした揚げたてチュロスが棒に刺さって並んでいる。そのすぐ傍では屋台特有のあの鉄の箱に入ったたっぷりの蜂蜜にチュロスをくぐらせ、また一つ、また一つ罪深きお菓子を作っていく。

 温かい湯気に乗って蜜の甘い香り。屋台の調理場に所々こびりつく宝石のような固い蜜もまたそそられる。

 勢いは食欲に負けた。

「ほう」

「買ってかない? 一緒に食べようよ」

 兎頭の腕なおも取り続けながらきっと微笑んでいる彼女。

 着ぐるみ頭で隠れて見えない分、何かが彼を掻き立てた。

 喉がこくりと鳴る。

 ――とその時。

「だめだめだめだめ!!」

 海亀が間に割って入ってきた。

 そのまま彼女を兎頭から引き剥がす。

「浬帆はボクんだぞ!!」

「誰も取るなんて言ってねえよ!!」

 そんな事言っているが意味ありげな手が彼の前で迷子になっている。もう二秒亀の到着が遅ければ彼女の白い手やら小さな肩に触れていたかもしれない迷子である。

 女の子をいつも赤毛の色男に取られる兎はこういう事に関して言えば大変不器用である。

 免疫が無い彼にとっては初めての出来事だった。

「ア、焔、焔! ほら見て見てチュロス! 美味しそうだよ!」

「ホントだ!」

「さっきまで兎頭くんと一緒に食べようって話してたの」

「わーっ、蜂蜜なんか垂らしちゃってまー! おっさん、これいくら?」

「一本二十円だ」

「よし、ボクが奢ってやりましょう!」

「わあい、大好き焔ー!!」

「それじゃあこれ三つください」

 もう十分蜜はかかっているのに更にたっぷりの蜜の中にダイブさせる店の人。頭は油や蜜で所々汚れた紙袋だ。子どもの落書きみたいなぐちゃぐちゃの笑顔が紙袋いっぱいに描かれている。それはユニークにも見え、不気味にも見え。

 ってああ、あああ、それは反則だよー……。

 甘い甘い蜂蜜の匂いとサクサクもちもちの生地の素朴な温かい匂いがお腹を鳴らしてくる。このやろう。

「はい、お待ちどう様」

 手のひらサイズの紙の箱にやけに長いチュロスと蜜をそれなりの量入れてくれた。これで付けながら無駄なく楽しむって事だ。

 カリ、もくもくもく。

「はふっほふほふ」

 固い表面の中にあつあつのもちもち生地が隠れてる。口いっぱいに甘い甘い味が広がった。

 大人になったらこれ全部なんてきっと食べ切れない。今しかないって思うと何だろう、笑顔がこぼれた。

「おやっさん。これの作り方って教えてもらえるのか?」

「え! 兎頭くん作ってくれるの!」

「勘違いすんなよ、動物頭達も食べたがるだろうって思っただけだ」

「優しいんだね!」

「ヨッ、さっすが大将!」

「ぶ、馬鹿にすんな!!」

「「してないしてない」」

 そう言って大笑い。

 兎頭くんだけ少し不服そうな沈黙を貫いた。


 * * *

 大満足のチュロスを堪能しきって、さて愈々本格的に人探し――じゃなかったテレビ探しスタート。

 首都をゆらゆら歩き回りながらその景色とか雰囲気とかも堪能しながら進む。

 川の流れが綺麗だ。

 王立図書館に中身が人間の奴らが近付く事は余り良しとされていないけれど、異形頭を探す位なら問題ない。

 良いアイディアだと思う。

 ――でも。

『知らないなあ』

『ごめんよ、最近見ていないんだ』

『心配はしているんだけど……』

『何より物理的に話が通じないからコミュニケーションを取れないんだよ』

 そう。

 探しているのは特殊な異形頭。五感を二体で共有していた内の片割れ。しかも受信側ではなく発信側だ。

 耳も目も無ければ気軽にお出かけなんて勿論出来ない。よってまちの人々も彼の所在を知らない。

 これは困った。

「家とかそういうのは知らないのか?」

『知っててそこに居るのなら最初からそう言ってるわよ』

 チューリップの鉢植え婦人がツンツンとした口調で言った。

「「ですよねー」」

「ずっと帰っていないのか?」

『うーん、それはよく分からないのだけれど……』

 彼女はそこ自体に行ったことは無いらしい。

 しかし噂ではもうずっと帰っていない、と。

「噂、なのか」

『……何が言いたいの?』

「確定的な情報では無いんだな? って言ってるんだ」

『なるほどね』

「で、どうなんだ?」

『確かに。誰がそこに行っているかとかいう情報は最近は言われていないけれど』

「けれど? けれど何?」

 焔も身を乗り出した。

『最初は二番街の世話焼きポットさんが毎日顔を出していたの。けれど、いつ行ってもいないし、日が暮れても帰らないらしいのよ』

「ふむ?」

『迷子になってるんじゃないかって皆言ってる』

「……」

 私達の道案内役が行方不明だ。

『取り敢えずポットさんの所へ行ったら? 今はどうかは分からないけれど、彼の家に一番行っているのは彼女よ』


「という事で来たんですが」

『ごめんなさいねぇ、力になれず』

 話が長続きなどするもんか。

 今も紅茶の白いポット頭、世話焼きポットさんは今日も彼の家へ行ったと言う。

『いつもみたいにスコーン焼いて行ったのよ? ホラ』

 クリームの入った容器、ジャムの入った瓶、その横に素朴な良い匂いを放つスコーンがいくつか。

 わああ、飯テロのまち、いらないまち!!

『だけどあれじゃあ、もう望み薄ね……私、心が折れそうなのよ』

 ほこりが積もってるんだものー! とうつむくポットさん。注ぎ口からほとほとと雫が垂れた。

 涙、かな。

「取り敢えず彼の家までの道筋を教えて頂けますか。一応俺達も行ってみる事にします」

『一番通い詰めている私も会えていないのよ?』

「彼自身に会えなくとも彼が辿ったかもしれない道を辿ることは出来る」

『……』

「頼みます。どうしても彼に会わなくちゃならない理由があるんだ」

『……』

「……」

『……分かったわ』

「それじゃあ!」

『ええ、少し待っていなさいな』

 真剣な兎頭くんに根負けしたポットさん。

 地図と一緒にもし出会ったら渡してほしいと先程のスコーン入りのバスケットを手渡してくれた。

『良かったら彼と一緒に食べて頂戴』

「え、良いんですか」

『彼、お客さんとお茶するのが好きなのよ』

 きっとそこに顔があればにこりと微笑んでいたに違いない。

 彼女の注ぎ口からローズティーの匂いがふわりと香った。

(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る