作戦会議

「全員揃ったか?」

 兎頭くんが目の前の子ども達をくるくると見回しながら言う。

「……よし、全員いるな。そんじゃあ、今日の動きについて説明するぞ。――ケント、『いらないまち』の地図は用意してくれたか」

「はい、大将」

 目の前が準備でこまごまやっている所で誰かが肩をちょんちょん突いてきた。

「おはよう。どう? よく眠れた?」

 そちらを見やると矢張り焔だった。

 相変わらずのにまにま笑顔。

 許可無くこちらにすり寄ってくる辺りなんとも彼らしい。

「おかげさまで。そっちは?」

「当たり前だろ?」

「……聞くだけ無駄だったわね」

「そうともさ」

 私の苦笑を面白そうに見てくる。

「それで。気分はどう? 昨日……その、陰を吐いちゃった訳だけども」

「ああ、それならもう大丈夫。今は何ともないよ」

「それなら良かった、本当に良かった。――泣いてたからさ」

「ああ……」

 昨日の事がフラッシュバックする。

 苦い記憶、言葉のとげ、正義の正体、社会の悪。

 まだ心がちくちくしてる。

 それに……。

「邪神……」

「ん?」

「――焔、ちょっと顔見せて」

「え?」

「いーから」

 頬を両手で挟んで首を無理矢理こちらに向けさせる。(ゴリッとか聞こえた気がするけど多分気のせいだ)

 その眼をじっと見た。

「り、浬帆?」

 ……うん、白目は白目のままだ。

「ごめん、何でもない」

「……??」

 首を(何故か分からないけど)さすりながら、不思議そうな顔をした。

「――あ、変と言えば浬帆、昨日のあれ、何だって?」

「え?」

「何かこの紋見せた時、浬帆、様子が変だっ――ッつ!?」

 言いかけた矢先向こうから飛んできた弾丸みたいな石つぶてが焔のこめかみにクリーンヒット。

 本当に物騒な世界である。

「何!? 皆、ボクの首から上に何の恨みがあるわけ!?」

「いつまでも無駄話すんなって、常日頃言ってんだろうが」

「毎回やり過ぎだって……」

「良いからとっとと静かにしろ」

「DVだ……」

 抱えた膝に自身の顔を埋めてそのまま落ち込みだした。

 ……取り敢えずその背中をさすっておく事にする。


「先ずは今日の目標から。浬帆は来て間もない為にまだ混乱しているだろうから、これから話す事を良く聞いて早く慣れるように」

「わ、分かりました」

 本当に大将なんだってつくづく思う。

 思わず敬語が飛び出た。

「さて。今現在の動物頭の目標はそこに居やがる邪神が乱した世界を元に戻す為に、奴の仕事の代替案を探すこと。ここまでは良いな?」

 ふと分からなくなって隣の天然タラシに耳打ちする。

「焔の仕事って?」

「昨日も言ったと思うけど、迷い込んだ人々を帰す事だよ。今までは邪神の力を使ってた訳だけど、そのせいで世界が陰に飲み込まれかけてるから代替案を探してるんだよ」

 ――ああ、なるほど。ケベック爺さんが言ってた『私が帰るためには世界が滅びなきゃいけない』って言うのはこういう事なのか。

 改めて納得。

 でも……?

「それは焔自身の問題なんじゃないの? 動物頭には関係なくない?」

「まあそうだけど……とはいえ彼らは正義を信念とする『悪』の精鋭。ボクという厄介事を皆の為に解消する。それが今の彼らの正義なんだよ」

「ナルホドね」

 会話が終わって前を向く。

 兎頭くんが黒板に掲げた大きな地図に印を付け終えた所だった。

「今日の目標は『いらないまちに潜入し、王立図書館で満潮伝説の詳細を調べる』事。その後の予定については結果に応じてこれからの作戦を立てる事になると思う。その時はいつもの場所で落ち合おう。何か質問意見等ある者」

「はい! はいっ、はーい! 兎頭、はーい!!」

「却下」

「何でだよ!!」

「……冗談だよ。ほい、言ってみろ」

「王立図書館での情報次第では降臨の聖地に行きたいでーす!」

「やっぱ却下」

「だから何でだよ!!」

「何かやらかしそうだから」

「えー! 偏見だよ!」

「いつもキスはそこだったろ」

 さらりと放たれた台詞にその場の一同が一気に黙る。

 しかし直ぐに騒がしくなる。(子どもだからね)

「「えろーい!」」

「えろ焔ー!」

「へんたーい!」

「すけべー!」

 散々ないわれようである。

「健全な少年少女に変な事吹き込むなっての! お前、この子らの大将だろうが!」

「事実を言っただけだろ」

「そうだけどぉ!」

 そこまで言った後何を思ったか涙目でぐるりとこちらを向く。

「浬帆は……浬帆だけでも」

「女の敵」

「浬帆オオオオオ」


 * * *

 結局キス魔多発スポット降臨の聖地に行くかどうかはお預けになり、まずは王立図書館に行く事になった。

 その前に私達が害を与える存在では無いということをアピールしなければいけない。彼らの動物頭はその為にある。――ということなので私達は「駄菓子屋うさぎ」の倉庫に来ていた。

 沢山の動物頭がそこかしこに転がっていた。

 これだけ子どもが居たという事なのか、それとも皆で好きなだけ作ったという事なのか。

 夜に来たらちょっと不気味なんだろうな。

 そんな事をふらふら考えながら着ぐるみの頭(もとい生首)の数々を見ていたら目の前に白い動物頭が差し出された。

「お前は猫。ロシアンブルーかな」

「わ! 可愛い! ――何か妙にリアルだけど」

「突き詰めた」

「本当貴方ってどこででも生きていけるわね」

 兎頭くんはきっとウエディングケーキとか作らせたら超一流なんだと思う。

 続いて焔に差し出されたのは……こちらも妙にリアルな海亀の頭だ。

「お前は亀で良いだろ」

「わあ、クラ◯シュだ」

「おい作者いい加減にしろ」

「兎頭、お前誰に向かって話してるの?」

「……なんでもねえよ」

 そっぽを向く辺り大分怪しいけれど、今は見逃しておくこととしよう。

 それよりも今後だ。

 確かいらないまちって所に行くんだよね? 話では随分都会らしいけれど……ちょっとどきどきする。

「で、これからの細かな予定はどうするの?」

「そうだな……まずは侵入しなきゃなんねえから、えっと――」

 侵入?

「待って待って、侵入……? おでかけではなく?」

「随分命がけなお出かけになっても良いならそう呼んでもらって構わないぜ」

「……遠慮しておくわ」

 もう嫌な予感しかしない。

 五感全部で嫌な予感をびんびんに感じ取ってる。

「でも……今日はこの頭被ってるから変に城壁とか越えなくても良いよね?」

 早速海亀頭を被った(早い)焔が問う。

「え? 城壁とかあるの?」

「……忌避されてるのに軽々侵入する奴らがいるからな」

「ここに?」

 ちらりと海亀越しの焔の能天気(であろう)顔を見る。

「それ以外ねえだろ」

 兎頭くんがため息交じりに答える。

 ……本当に私はこの戦闘集団に入っちゃって良かったのかな。

「だがあそこの連中は人間単体では駄目でも『動物頭』の存在は容認してくれているからな。この頭を被っている時は無理な方法を取るよりも堂々と正面から入った方が良い」

「なるほど」

「それにこいつが動物頭を被るのは初めてだ。易々監視の目をかいくぐれるはずだ」

 中々良い案なのでは?

 そう思ったのも束の間、焔が意外と真面目な声でぽつりと呟いた。

「――ただ、問題が一つだけ」

「神殺しか?」

「無論。昨日目の前で『動物頭』は邪神の仲間であることを見せつけてしまった。更には浬帆のそのセーラー服を覚えられている可能性がある。ボクの顔も見られた。彼女の目だけはかいくぐらないといけない」

「……とはいえだ。あいつがどこをほっつき歩いているかなんて分からないぞ」

 神殺し?

 そう言えば何度か話題に出て来てたけど……?

 誰だそれ。

「神殺し?」

 こういう時は素直に聞くに限る。

「あれ、ああそうか。まだ神殺しについて説明していなかったね」

「何度か聞いてはいたけど……」

「簡単に言うとね、ボクに特化した殺し屋のこと。金髪のロングヘアーに青い目をしてる忍びっぽい少女なんだ。フランス人形と日本人形が合体したみたいでしょ」

「コロ……!?」

 能天気な事言ってるけど、そういう事じゃないな!?

 ちょ、本当に物騒な世界よね!? 何回言ったか知れないけども!

「前も言ったろ? 『善』のモットーは最小限の被害で出来る限り多くの者を救うってこと」

 兎頭くんがいつもの説明を始める。(もうこれだけで一つの連載シリーズ作れると思う)

「う、うん」

「その答えがこれだ。この厄介極まりない邪神を殺してさっさと安寧を取り戻したい。ただそれだけだ」

「え……」

「要は皆の為だからこいつは死ねって言ってんだよ」

「え、そんなの酷くない? 焔だって一人の人間なのに」

「それが俺ら『悪』の考えだ。俺らはこいつも救いたい。誰一人として欠けることなく、全てを救いたい」

「……」

「確かに効率的で一番手っ取り早い方法は『善』の取る方法さ。それは百も承知だ」

「そうだね」

「だけど大切な仲間一人見殺しにして作られた平和な世界に住みたいと思うか?」

「……思わない」

「だろ? だから俺らはいらないまちを取り囲む無機質な善に挑み続けるんだ。――分かったか、お馬鹿さん」

「痛いほど」

「そういうことだ。動物頭の一員である以上、体に刻み込め」

「はい……!」

 そう返事した瞬間私の腕に焔がぺたっとくっついてくる。

「ボクってば、愛されてるなぁ」

「大事なシーンで緊張感をそぐような声を出すな、この野郎」

「えへへー」

 何だか無理に振り払う気は起きなかった。

 ……これ位が丁度良い。

 この能天気な天然タラシを殺させるわけにはいかない。

「だから神殺しに見つかっちゃいけない、と」

「そういう事だ。――昨日の一件があってから侵入がまた一段と難しくなった。その動物頭だけでどうにかするには彼女の手先だったり関係者には兎に角見つかっちゃいけない」

「そうするとやっぱり隠れなくちゃいけないの?」

「ただ、さっきも言ったが動物頭とは言っても中身は人間だから……余り下手な行動をすればまちの者達からの信用は簡単にダダ下がりする。隠れながら行くのは余り得策じゃないな」

 神殺し連中には見つかっちゃいけなくて、だけどいらないまちは堂々と歩かないとそれさえも危険。

 意外と詰んでないか?

「そしたらどうすれば良いの?」

「裏道を使うしか無いだろうな」

「裏道?」

「裏ルートって事だよ。いくつも道があって、それらが様々な所に繋がってる。その道を上手く使って監視の目を掻い潜るんだ」

「スパイみたい!」

 何だろう、すっごくわくわくしてきた。

「で、そのルートって?」

「分かってたらこんな話し合いしてねえだろうがよ」

 ん、んふふふ。

 ……ですよねぇ。

「じゃあやりようないじゃないの!」

「大丈夫だ。何の為に信用を重ねてきたと思ってやがる」

「……」

「この為だろうが」

「いやぁ、探偵みたいだねぇ!」

 あれ、何だか不安になってきたな?

(つづく)

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