十一通目 『森の熊』さんからのお便り

 あの日、彼女はどこへ消えたんだろう。

 僕の幼なじみは、学校帰りに森へ行くと言ったきり、何日も帰ってこなくなってしまいました。

 あの森は近所の遊び場としてはちょうどよかったんですが、日が落ちると何も見えなくなるから危ないんです。

 おばさん――彼女の母親から頼まれたのもあって、僕は彼女を捜しに行こうと決めました。胸の奥が、ずっとざわざわしていました。

 学ラン姿のまま、カバンだけを家に置いて出ました。

 よくいるカラスの姿も、その時は全然見かけませんでした。たまに冷たい風が吹いて木々の葉が揺れましたが、それ以外は静かでした。不気味なくらいに。小さい頃は、怖いだなんて一度も思わなかったのに。

 しばらく奥へ進むと、あるものを見つけました。


 彼女の着ていたセーラー服と靴が、大きな樹の根元に散らばっていたんです。


 悲鳴を上げそうになるのをどうにかこらえて、土まみれのそれらを拾いました。

 彼女は、ここでどうなったんだろう。変質者にさらわれてしまったんだろうか。それとも――。

 不安に駆られながらも、僕は思い出しました。

 彼女がよく言っていた、扉の付いた樹の話。

 昔遊んだ時は、そんなものは一度も見ませんでしたし、ただのおとぎ話だと思っていました。

 でも、もしこの樹がそうなんだとしたら――。


 こんこん。


 試しに幹をノックしてみましたが、反応はありませんでした。

 ――やっぱり、おとぎ話だよな。

 とにかく、帰って警察に相談しよう。おばさんに彼女の持ち物を渡さないと。

 そう判断して立ち上がった瞬間、どこかから自分の名前を呼ばれました。

 ――間違いない、彼女の声だ。

 耳を澄ますと、近くから響いて来るのがわかりました。

 僕も、ほっとして呼びかけました。

「よかった。みんな心配してるよ。一緒に帰ろう」

 ところが、彼女は一向に現れませんでした。

 ざわり、と風が木々を揺さぶりました。

 不意に、何かが身体にいくつも巻きついてきました。

 それが木の根のようなものだとわかった時、耳元で甘くささやかれました。


〈ヤット見ツケタ。会イタカッタヨ〉


 逃げようとしても力が入りらず、意識が闇に引きずり込まれていきました。

 おとぎ話は、暗い暗い現実だったようです。

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