三通目 『卯月』さんからのお便り

 ついこの間、わたしの通う高校で起きた出来事です。

 わたしはテニス部員なんですが、夏休み中も練習があるので、その日も友達や先輩たちと部活を楽しんでいました。

 顧問の先生やコーチの指導は厳しいですが、自分が少しずつ上達しているのも感じていて、たまにほめられるとうれしいです。

 最高気温も昼間には三十五度を超えるだろうと天気予報で言われていたので、練習は午前中で終わりになりました。

 更衣室で制服に着替えて、校舎を出る前に、友達と三人で女子トイレに寄りました。

 わたしと友達の一人・Aが先に出て、洗面台で手を洗いました。

 トイレには個室が四つあって、奥から二番目の個室のドアだけが閉まっていました。もう一人の友達・Cがまだ入っているんだろうと思って、わたしは声をかけました。

「先に出てるねー」

「うん」

 返事を聞いて、Aと一緒にトイレを出ました。

 でも、出入口のドアを開けた瞬間、わたしたちはびっくりしました。


 廊下には、もうCが待っていたんです。


「えっ、C、まだ入ってたんじゃないの?」

「は? あたし、一番に出てたんだけど」

 Cは不思議そうで、嘘をついているようには全然見えませんでした。

 Aとわたしは、顔を見合わせました。

 Aが、納得のいかない表情で言いました。

卯月ウヅキに返事したよね、さっき。私、ちゃんと聞いたよ」

「だよね……」

「えー? べつの誰かが入ってたんじゃない?」

「そうなのかなぁ」

「一応、確かめてみる?」

 わたしたちはうなずいて、またトイレのドアを開けました。

 でも、またびっくりしてしまいました。


 奥から二番目の個室のドアが、いつの間にか開いていたんです。


 元々半分くらい開いていた小窓からも、特に強い風が入ってきていたわけでもなかったのに。

 Aとわたしは、動揺しました。

「え? なんで?」

「マジで……?」

「二人の見間違いとか聞き間違いとかだったりしない?」

 Cの質問に、わたしたちは首をぶんぶん横に振りました。

 そんなはずない。Aもわたしも、確かに見たし聞いた。

 わたしは、おそるおそる進んで、個室をひとつずつ見回りました。でも、やっぱり洋式便器には誰も座っていませんでした。

「なんなの、ほんと……」

 わけがわからないまま、そうつぶやいた時でした。


 ぽん、ぽん、ぽん。


 廊下から音が聞こえて、わたしたちはハッと顔を上げました。

 普段、すごく聞き覚えのある音でした。

 誰かが、テニスラケットで硬式ボールをついているとしか思えませんでした。

「ちょ、一旦出よう」

「うんっ」

 小走りで廊下に出ましたが、そこには誰もいませんでした。


 ぽん、ぽん、ぽん。


 ただ、テニスボールが跳ねる音だけが反響していました。

 ずっと同じテンポで、繰り返し、繰り返し。

 ゾッとして、わたしたちはきゃーきゃー叫びながら逃げ出しました。

「こら、廊下を走るな!」

 途中で先生に怒られましたが、謝るどころじゃありませんでした。

 正門を出るまで、あの音はわたしたちの後をついてくるような気がしていました。


 うちの高校には、七不思議みたいなものは元々なくて、あのトイレにも花子さんみたいな幽霊がいるとかいう話は聞いたことがありません。

 あの時、わたしに返事をしたのは誰だったのか、テニスボールをついていたのは誰だったのか……。

 あの日から、わたしたちはべつのトイレを使うようになりました。

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