第37話天秤

 それから数秒ほど沈黙が続く。菜乃花は何も言わず、ただ呆気あっけにとられている。

 目を丸くして、口が少しだけ空いたまま固まっている。そんなに変なことを言ったつもりはないんだけど……。

 それからまた数秒ほどしてから、菜乃花ははっと我に帰り、


「どうしたの翔太くん!? 熱でもあるの!?」


 布団に腰掛けていた体を思いっきり起こした菜乃花は、椅子に座っていた僕の前に立つと額に右手を当ててきた。

 

「別に熱なんかないよ……。そんなに変か--」


「変だよ!」


 言い切る前に言われてしまった。確かに僕がこんなこと言うなんて少し変かもしれないけど、菜乃花がここまで取り乱すほど変なことではないと思うんだけど……。

 僕は菜乃花に手を当てられたまま、もう一度聞く。


「今日、この近くで祭りがあるらしいんだけどダメかな? もちろん無理にとは言わないし、菜乃花の体のことを考えたら行かない方がいいんだろうけど……」


「行く」


 一言だけ菜乃花は返事をする。今確かに「行く」と言ってくれた。菜乃花は僕と一緒に祭りに行ってくれると言ってくれた。それは素直に嬉しい。

 でも、安心したと同時に不安な気持ちもある。菜乃花を外に連れ出して、それで容態が悪くなるんじゃないか?

 その不安だけは、どうしても拭いきれない。でも仕方のないことだ。未来なんて誰にもわからないし、後悔しない選択なんてないんだから。

 そもそも後悔しない選択肢があるなら、誰も後悔する選択なんか選ばない。僕は今、後悔するかもしれない選択肢と後悔する選択肢を天秤にかけて、後悔するかもしれない選択肢をとった。

 その選択が間違いだったかどうかなんか、未来の僕しかわからない。だから悩むのはやめる。

 菜乃花は僕の額から手を離すと、満面の笑みを浮かべて早速準備し始めた。


「じゃあ今から20分後にいつもの……って言い方は変かな。前までよく一緒にいた橋の上でどうかな?」


 菜乃花は準備しながら、そんな提案をしてくる。僕はこのまま一緒に行こうと思っていたが、菜乃花にも色々と準備することがあるのだろう。

 

「わかった。じゃあまた後で」


 そう言い残し、僕は菜乃花の部屋を後にする。

















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