第38話祭り

 僕は家に戻らず、橋の上でそのまま待っていた。特に必要なものもなかったので、家に戻る必要がなかった。

 橋の上についた僕は、橋から見える夕焼け空を見ながら物思いにふけっていた。

 ここで初めて菜乃花に出会ったんだとか、いつ見てもここの景色は綺麗だなとか……。

 この橋の上で一人になると、走馬灯のように今までの思い出が蘇ってくる。と言っても、薄っぺらい僕の人生の思い出はすぐに終わる。

 そんな風に自分を卑下していると、トンと肩を誰かに叩かれた。


「や、翔太くん。待った?」


 いつもとは違う服装。ひざぐらいまであるスカートに、脇まで出ているシャツ……とは少し違う、なんて言うんだ?

 服の種類などには疎くてよくわからないが、とにかく彼女はいつもと違う今時の女の子っぽい服装で来てくれた。


「ううん、今来たとこ」


 デートで先に待ち合わせ場所に来た時の定型文みたいなことを返す。

 

「じゃあ早速行こ」


 そう言った彼女は、無邪気に僕の手を引いて小走りで祭りの屋台の方へと向かう。

 祭りの屋台が並んでいるところに着くと、菜乃花は目をキラキラとさせてキョロキョロとあちこちを見ていた。

 

「もしかして祭りに来るの初めて?」


「もしかしなくても初めてだよ。行きたいなーとは思ってたけど、一人で行くのは嫌だったし、お父さんと二人っていうのもなんか恥ずかしいし……」

 

 顔を赤くした菜乃花は、グイグイと僕の手を引いて人混みの中をゆっくりと進んで行った。

 そして進んだ先には、たこ焼きと書かれた屋台があった。


「たこ焼き食べたかったの?」


 僕がそう質問すると、菜乃花はかぶりを振った。


「ううん、別にそういうのじゃないよ。ただ祭りって言ったらたこ焼き屋さんって感じがしない?」


 そんな無邪気な笑みを浮かべて、菜乃花はたこ焼き屋の店員の元に行き、


「たこ焼き二つください!」


「はいよお待ち」


 できたてのたこ焼きを二つ、袋に包んで渡されていた。

 たこ焼きの袋を持った菜乃花はくるりとこちらを向くと、袋からたこ焼きの入ったプラスチックの入れ物を僕に渡してきた。


「はい、翔太くんの分だよ」


 僕は菜乃花に手渡されたそれを受け取ると、財布に手を伸ばす。

 

「いくらだった?」


 歩きながらそう聞くと、


「あー別にお金はいいよ。このお金はさっきお父さんから貰ったものから」


「それでも悪いよ。本来なら僕が払うべきなのに……」


「いいのいいの。さっき翔太くんがこのお祭りに誘ってくれたでしょ? それだけで私の中では100万円以上の価値があるんだよ。だから、私に払わせてよ」


 そんなことを言われると、無理やり代金を払うというのはなんだか申し訳ないような気がしてくる。今日は菜乃花の気持ちに甘えさせてもらおう。

 僕は財布をしまうと、渡されたたこ焼きを食べながら歩みを進める。それからたくさんの屋台を回った。

 チョコバナナ、金魚すくい、わたあめ、色々と回った。どのくらいの時間が経っただろう……?

 こんなに充実した時間は、僕の人生の中で初めてだ。でもその時間にも終わりというものは来る。

 さっきまであんなに溢れかえっていた人たちは次第に少なくなっていき、屋台も閉まるところがちょいちょい出てきた。

 

「そろそろ帰る?」


 もうそとはすっかり暗くなり、そろそろ帰る時間だと思った僕は菜乃花にそう聞く。


「うーん、もういい時間だね」


 菜乃花は手に持ったゴミ袋をゴミ箱に捨てると。


「じゃあ最後にさ、橋の上に行こうよ」


「え……。でももう暗いし……」


「まあまあ、堅いことは言わないで」


 無理やり僕の腕を掴んだ菜乃花は、今日の待ち合わせ場所でもあり僕たちが初めて出会った場所でもあるあの橋へと走って行った。






















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