第36話後悔

「どうだった?」


 僕の目をまっすぐ見つめて、菜乃花は聞いてくる。その真剣な眼差しに、いつもより少しだけ声のトーンを上げて応える。


「うん、僕が思っていた以上にいい人だったかな?」


「ふふ、何で疑問系なの?」


「いやだって、今まで厳格で厳しいと思ってた人が実は不器用なだけで本当は優しい人ですなんて言われて信じられる!?」


「それは勝手に翔太くんが決めつけてただけでしょ」


「まあそうだけど……」


 さっきまでの空気が重い雰囲気はなくなり、僕たちは二人して笑っていた。大して面白い内容でもなかったはずなのに、目尻から少しだけ涙が出て来るほど笑いあった。

 多分この涙は、安心とか安らぎとかそんな感情が産んだ涙だ。ここに来て初めて僕は、昨日父親と話したことは本当だったんだなと実感できている。

 昨日起こったことは、僕が勝手に描いた都合のいい妄想でだったんじゃないか。そんなことを今までずっと思っていたが、やっと現実であると認識できた。

 今笑っている、嬉しいと思っているこの感情が偽物なわけがない。そう言い切れる。

 

「改めておめでとう」


 笑い声が止み、静寂な空間の中で、唐突にお祝いの言葉をかけてきてくれる。


「おめでとうって……何に対してのお祝いの言葉なの?」


 そんな疑問をぶつけると、菜乃花は口角を少しだけ上げ。


「翔太くんとお父さんの仲直りのお祝いだよ」


「そんなのお祝いするほどのことじゃ……」


「ううん、するほどのことだよ。きっと他の人にとってはごく普通の何でもない、むしろ当たり前のことかもしれないけど、翔太くんにとって道を切り開くための大きな一歩だった。だからお祝いするよ」


 気を使ってか、はたまた本当に心からそう思っているのかはわからないが、そんな菜乃花の言葉が嬉しかった。

 

「まあお祝いって言っても、何かあげれたりするわけじゃないんだけどね……。でも翔太くんが何か欲しいなら、私に買える範囲で買ってあげるよ。って言っても、ほとんどお小遣いないからできれば安いもので……」


 ははっと少し乾いた笑みを浮かべるが、そんなものを望むのはおこがましいというものだ。むしろ僕が何か渡すべきなのだ。

 何か渡す……?

 僕はその時にあることを考える。菜乃花があと何日ぐらいの命なのか、具体的にはわからない。

 けれでもう少ししたら、いなくなってしまう。だから形のあるプレゼントは意味がない。

 だったら……。


「じゃあさ、今日……」


 言おうとした言葉が喉に詰まる。

 これを言ってしまっていいのか?

 もしかしたらそのせいで、菜乃花の容態が悪くなるかも……。

 あれこれと考え始めるうちに、言おうとした言葉は喉の奥へと戻っていってしまい、先の言葉を言うことができなくなってしまった。

 菜乃花は何も言わない。僕の言葉をただ待っている。何も言わずに、先の言葉を促すこともなく、ただじっと僕の言おうとしている言葉を待ち続けている。

 だったら言うしかない。

 もう、後悔はしたくないから。

 スゥッと一息吐くと、菜乃花の目を見据えて。


「今日僕と、デートしてください」


 そんなこっぱずかしいことを口にした。
























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