ネリウムに小声で『RSS騎士団』について伝えておく。

 この手の情報は地味に重要だ。噂レベルの段階で知るのと、出来事が発覚してからとでは大きく変わる。

 リルフィーも神妙な顔つきで聞いてはいるが……あまり理解していないと思う。いつものことだ。こんなに適当なのに、なぜか重大な揉め事に巻き込まれない。

 まあ、まだ何か対処しなくてはならないわけでもないし、こんな噂話がある程度で良いだろう。

 気がつけば、カエデが微妙な顔をしている。

「どうかしたのか?」

「うん……金貨八十枚をボクの分で貰ったけど……どれくらい凄いのか判らなくて。それに、この『基本溶液』も」

 カエデの疑問はもっともだ。

 俺も適当に分配したものの、正確に分けれたか自信はない。

「そりゃ……何を買えるかで判断するしかないぞ。『基本溶液』の方はいくらで売れるかだな」

 俺の答えにカエデとアリサエマは納得して肯いている。ここですかさず畳み込めれば――

「どこかにNPCの店があるでしょうから、いってみませんか?」

 きちんとネリウムがゴールを決めてくれた。ちゃんとパスを出せばシュートしてくれる相棒は貴重だ。

 リルフィーの方はと見れば……例のキラキラした目で俺の方を見てやがった。……本来ならシュートするのはお前の役割なんだぞ?

「それじゃあ……次は街の探検だね!」

 元気の良いカエデの言葉に皆が肯いた。


 街を移動するなら、まずは地図を確認したいのだが……メニューウィンドウを探しても地図が見当たらない。となると、このシステムはもう一つの方法を選択したのか。

 カエデは近くにいたNPCに話しかけていた。

「あの……お店へ行きたいんですけど……場所は判ります?」

「困ったわ……最近、草原にいる『きいろスライム』が増えているみたいなのよ……」

 しかし、NPCの女はとんちんかんな返事をする。

 全てのNPCは擬似的なAIで動いているだけだし、簡単な会話の受け答えすらできない。近寄って視線を合わせると決められた台詞を喋るだけだ。

 あまりに効率が悪いので試しもしなかったが……街にいるNPCから情報収集をすれば、狩場の情報や『あかスライム』の倒し方なども入手できただろう。しかし、MMOではその方法より、プレイヤー間での情報交換の方が主流だ。

「うーん……やっぱり駄目みたい。この辺はオフラインゲームと変わらないんだね」

 さほど期待してなかったのか、カエデはあっさりと諦めた。

 どうやらカエデはオフラインでVRRPGに馴染んでいたようだ。オフラインのゲームはMMOとは違いドラマチックなシナリオが楽しめる。根強い人気があるジャンルだ。

 その隣ではアリサエマが驚いた顔をしていた。もしかしたらNPCと会話する発想すら無かったのかもしれない。

「まあ、その辺はな……NPCを動かすAIは似たようなもんだし――」

 カエデに答えながら、目当てのものを探す………………あった! 軽く人ごみができている。

「――あっちだな。あそこに地図がある」

 俺が指し示した方には案内地図の掲示板――よく駅前なんかに設置してあるあれだ――があった。

 これは歴史などに詳しい者に言わせると、噴飯ものの論じるにも値しないことらしいのだが……便利なんだから良いじゃないかと、俺なんかは思う。

 案内地図の周りには俺たちの様に地図を調べる者もいたが、集まってくる人たちを目当てにしている奴らもいた。

 そいつらは一様にクリップボードのようなものを胸の前で持っていた。そこには「ペア希望。当方『戦士』」だとか「ペア希望。当方『僧侶』」、「『基本溶液』『みどり草』買ってください。値段相応」だとか書いてある。

 ペア希望の『戦士』と『僧侶』は隣同士に並んでいるのだし、その二人で組めば良いとは思うが……それは普通のMMOでの話だろう。このゲームで野郎同士のペアなんて意味不明だ。

 負け組の奴らに構っている場合じゃない。俺は素早く案内地図を確認する。

 そこには『教会』だとか『騎士団本部』、『魔術学院』『シーフギルド』などの各施設が表記されていた。……案内地図に載っている『シーフギルド』ってなんだよと思わなくも無いが。

 目当ての『道具屋』と『武器屋』の場所も判った。

「よし、それじゃ行くか!」

 と全員に言ったところで、なぜかカエデが近寄ってくる。そのまま服の腕辺りをつかまれた。別に嫌じゃない――むしろ距離が近くなるから大歓迎だ――のだが……なんでそんなことをするのか謎だ。

「ま、迷子になったら……こ、困るから!」

 不思議そうな顔をしていたであろう俺へ、恥ずかしそうに……少し怒ったように答えてくるが……実に可愛い!

 なぜかネリウムとアリサエマが変な顔をしていた。敢えて言うなら、カエデを見て感心している風だが……なんでだ? なににだ?


 まず、俺の希望が通って『道具屋』へ移動した。先に『基本溶液』の売却値段を知りたかったからだ。

 道具屋までの道中でもクリップボードに何か書き込んだプレイヤーが目立つ。その中でも『基本溶液』と『みどり草』の売却希望がやけに目に入った。……雲行きがあやしいかもしれない。

 『道具屋』の店内には色んなものが置いてあった。半分も使い道がわからないが……おそらくは中世ヨーロッパで日常的に使われていた道具なのだろう。全て雰囲気だしの小道具なのだろうが、こういう物があるかないかで大きく印象は変わる。

 そんな雰囲気も『雑貨』や『製作道具類』、『買取』と大きく書かれた看板が吊り下げられていて台無しだ。それぞれ看板の下にはカウンターがあって、NPCが待機している。

 ……まあ、わかり易くていいか。

 まず『雑貨』の近くへ行ってみると、ファーストフードのメニューのようにでかでかと品物と値段が張り出されている。これもまあ……厳密に言えばありえないのだろうが……便利なので俺には気にならない。

 しかし、その取り扱い品目が『初級回復薬』と『初級MP回復薬』の二つしかないのには困った。値段もそれぞれ金貨二十五枚に金貨五十枚だ。

「……金貨八十枚じゃあんまり買えないみたいだね」

 しょんぼりとカエデが言った。

 まずい。予想の範囲内だが……こんな展開では楽しくない。

「ま、まあ! 『基本溶液』が高く売れるかもしれないだろ!」

 元気づけるように俺が言うが――

「うーん……それでも『初級回復薬』の半分以下じゃないっすかね」

 台無しなことをリルフィーに被せられた。

 その推測に異論はないが……このタイミングで言うべきじゃないだろ! 本当に戦闘以外では全く頼りにならない奴だ!

「ま、まあ! 数はありますから!」

 ネリウムがなんとか立て直そうとするが……買取の方もいい感じではなかった。

 『基本溶液』も『みどり草』も買い取り対象では無かったのだ。

 最後の方にはやけになって、片っ端から手持ちのアイテムを調べたが……売却できるのは『初級回復薬』と『初級MP回復薬』だけだった。売値はそれぞれ金貨二十枚に四十枚とまあまあだが……これを売るほどの局面でもない。

 『基本溶液』と『みどり草』がNPCに売れないのなら、市場が売り一色なのも納得できた。売りばかり目立つわけだ。

「あれだよ! これから頑張ってお金を稼げばいいんだよ! あっ! まだあっちの『製作道具類』見てないよ! なにが売っているのかな?」

 逆にカエデに励まされる始末だ。

 気を取り直して『製作道具類』の方を調べてみるが……取り扱い品目には『簡易裁縫道具』だとか『簡易鍛冶道具』などと、『簡易』シリーズの道具がずらっと並んでいるだけだった。おそらく、生産系スキルの種類と同じだけあるのだろう。もちろん、『簡易調薬道具』もある。値段はどれも一律で金貨百枚だ。

 まだ生産志向のプレイヤーが金貨百枚稼げていないのだろう。いま街をぶらついているようなプレイヤーには無理だし、稼げるような奴ならまだ狩場のはずだ。買い取ってもらえなければ素材アイテムなどゴミ同然でしかない。

 ……まてよ?

 まだ誰もやっていないのなら……これはチャンスか?

 こんなことにかまけている暇は無いが……少しの手間で大きく稼げる!

 そんな暇は無い。暇は無いが……見過ごすにはあまりに惜しかった! せめて情報を得るだけでも……。

「おい、リルフィー。金をだせ」

「えっ? なんすか? 突然?」

 さすがにリルフィーは驚いたが……それでもすぐにメニューウィンドウを開いた。日頃の行いの賜物だ。

「金貨百枚だから……二十枚弱足りない。出してくれ」

「マジっすかぁ? まだ開始直後だからなぁ」

 などとリルフィーは渋りながらも、大人しく金貨二十枚を俺に渡す。……信頼関係ゆえのことだ。

 なんとか『簡易調薬道具』を買い付けるが……使い方が解からない! まさかリアルにこの乳鉢みたいのですり潰したりしなくちゃいけないのか? ギャンブル失敗か?

「タケルさん! あの隅の方に『初級回復薬のレシピ』というアイテムが!」

 悩んでしまった俺にネリウムがアドバイスしてきた。

 見れば『初級回復薬のレシピ』というもの売っている。それも必要だったのか! 値段は金貨五十枚だが、ここまで来て引き下がるわけには――

「リルフィー、あと五十枚だ」

「えっ? それじゃ残りほとんどじゃないっすか!」

 ……さすがにそれは嫌か。仕方が無い。あまり褒められた手段ではないが『最終幻想VRオンライン』の資産で取引を――

 考えていたところにアリサエマが金貨五十枚を差し出してきた。

「使ってください」

「……いいの?」

「はい。あげるだと気になるでしょうから……余裕ができたときに返してくれれば……」

「任せといてくれ。必ず返すし……勝ったら倍にして返す!」

「タケル! それ駄目な人がいう台詞だよ!」

 カエデが心配そうに言うが……俺は安心させるように笑顔で返す。

 ……いまここで止めたら、金貨百枚の投資が無駄になるんだ! ここでの追加投資は仕方の無いことなんだ!

 アリサエマからの借金で『初級回復薬のレシピ』を買う。

 それには「材料・『みどり草』が一個、『基本溶液』が十個。生産物・『初級回復薬』十本」と書いてあった!

 これは勝てる! 下手したら大勝ちできる!


「借りといてなんだが、アリサさん……さっきの借りは無しにしよう。リルフィーの分もな。……ここじゃなんだな。ちょっと人気の無いところで話そう。みんなも来てくれ」

 俺の提案に皆が不思議そうな顔をしたが、素直について来てくれた。……説得に時間がかかると思っていたので拍子抜けだ。

「まず、これを見てくれ」

 そう言いながら『初級回復薬のレシピ』を全員に見せた。

 カエデとアリサエマは書いてあることは理解できたようだが、いまいちピンときてない様だ。

「タケルさん、これ……すぐに『みどり草』を買ってきましょう! えーと……みんなの分で『基本溶液』が全部で五十以上あったから……五つで……一つあるから……あと四つで――」

 リルフィーは理解したようだが、まだ考えが甘い。

「ああ、初手の動きはそれで良いが……それで『初級回復薬』を作って資金に換えて……そこからは市場にある『基本溶液』と『みどり草』を根こそぎ掻っ攫うんだ」

「なるほど。すこし資金稼ぎができますね。手分けして?」

 ネリウムは話が早くて助かる。

「ええ、俺はここで『初級回復薬』を製作します。リルフィーはまず『みどり草』の買い付け。そうだな……一つ金貨百枚までは買いだな。まあ、ほとんどの奴が金貨十枚程度で売却希望だから、わけなく集めれるだろう。ポイントは目立たないことだ。値切らずに買うくらいで良い。値切ったら悪評につながるかもしれないしな」

「それでは……私はアリサと『初級回復薬』を市場に溶かしてきましょう。金貨二十一枚以上でよろしいですね?」

 ネリウムが先読みしたことを言ってくれる。

「初回に作る分といまの手持ち分だけでいいでしょう。その資金で回転し始めたらNPCに売却の方が早いはずです。その後はリルフィーと合流して材料の買い付けに」

 すぐに理解して肯いてくれた。

「ボ、ボクは?」

 カエデが慌てて聞いてくる。

「カエデはみんなとの連絡役だ。在庫を受け取ったり、足りなくなった資金を渡したり、NPCに売却したり、俺へ材料を渡したりだ。できるか?」

 俺の説明に、真面目な顔でカエデが肯く。

「まず、全員の金貨をカエデに。リルフィーはカエデから買い付け用の資金を貰え。『初級回復薬』はネリウムさんへ。細かい収支は後にしよう。最後に全員で山分けで良いよな?」

 全員が肯いた。ミッションの開始だ。

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