噴水広場

 噴水広場は綺麗にタイルで舗装されていて、かなり広い……ちょっとした駅のターミナルくらいの広さだった。広場の中央にはもちろん噴水――これも時代考証的におかしいらしい。上下水道整備すら怪しい時代なのに、噴水なんて意味不明だとか――があり人の背丈程度の水が噴き出ている。

 広場にはプレイヤー達が集まりだしていて、男だけでなく女のプレイヤーもいた……が、やはり、ここでも異常事態だ。

 噴水の向こう側の様子は解からないが……視界内の男女比率をざっというならば十対一といったところだろうか?

 ……男が十の方である。

 VRMMOに限らず、ほとんど全てのゲームで男女比率は男の方が多い。体感になるが……女でも取っ付き易いVRMMOで男女比率は三対一程度、女受けしにくいもので四対一くらいだろう。

 女の方が少ないは予想していたが……ここまでとは思っていなかった。

 さらに噴水に集まった人々はあまり活動的ではなく、全体的に場の空気を必死に読もうとしている雰囲気すら感じられる。たまに会話らしきものが聞こえるが……それなりにプレイヤー同士で会話をしているのは二つのグループだけだ。

 そして場の空気が読めていない奴がキョロキョロと周りをうかがいながら、チュートリアルを担当していそうなNPCの男に話しかけた。

「あ、あの……」

「なんだ、駆け出しの冒険者か? 何をやれば良いのか解からなくて困ってんなら、相談に乗ってやろうか」

 会話が途切れがちの広場に、NPCの声は異常に通った。

「え? あ……じゃ……えっと……その、お願いします」

「よし、わかったぜ! ……ここじゃなんだな。場所を変えるからついて来い!」

 NPCが大げさなリアクションと共に言うと、プレイヤーの姿だけがかき消える。

 たぶん、テレポートのような移動方法だ。そしてテレポート先は練習場か何かで……プレイヤーは色々とゲームの動作を確認したり、練習したりするんじゃないかと思う。

 オープンβテストが始まったから、まずチュートリアルを受けるという考えなんだろうが……まるで意味が解からない。

 あのプレイヤーは『できるVRMMO』に何をしにきたのだろう?

 チュートリアルは完全に独りで行うものが主流だ。

 これはいずれ、新規のプレイヤーの参入がまばらになるのが目に見えているからであり……チュートリアルに他プレイヤーとの交流の余地を残すと、むしろ新規プレイヤーに寂しい思いをさせてしまう。

 開始直後に疎外感を与えるくらいなら、最初から独りっきりの設計にすれば良いという考えなのだが……逆に言えばチュートリアルが終わるまで、他プレイヤーとの接触はできないということだ。

 まさか、あのプレイヤーはチュートリアルを真っ先にこなせば街の外へ一番乗りできて、モンスターを倒すレベリングに有利だとか考えているのか?

 俺はチュートリアルなど、手詰まりして何もすることが無くなってしまってからで十分だとおもうのだが――

「やめてください! GM呼びますよ!」

 考察に耽っていた俺を女の声が引き戻した。


 声は話をしていた二つのグループの一方からだった。そのグループはよく見てみれば、一人の女プレイヤーを数人の男プレイヤーで取り囲んでいる。

 しまった! 完全に出遅れた!

 ……俺も考えていた作戦だ。隙だらけのターゲッ…………ゲフンゲフン他のプレイヤーに話しかけ、仲良くなろうとしていたのに!

 どんな話をすれば良いのか俺には解からないが……なに、天気の話かなんかを適当にすれば良いだろう。最悪、初心者を騙って教えてもらう体でも良い。

「そんな怒らないでよー……一緒に遊ぼうといっただけじゃん。俺、役に立つと思うよ」

 どうやらキツイ言葉を言われたのはその男のようだ。

 ベースアバターは無改造で普通の外見をしている。装備がローブと杖だから『魔法使い』なのだろう。『魔法使い』を選択とは……見積もりの甘さが伺える。

「知り合いを待っているんで結構です! 本当にGMさんを呼びますよ!」

 そう答えるターゲッ…………ゲフンゲフン女プレイヤー。

 GMとはゲームマスターの略語で、運営の人員のことだ。規約違反をしたり、公序良俗に反する行いをするプレイヤーを罰する役目と権限を持っている。

 ただ、間違いなくGMは監視しているはずだが、この程度のトラブルではまず介入しない。

「て、天気がいいですね!」

 会話の流れをぶった切るように他の男が話しかける。

 そのプレイヤーの外見は強烈なインパクトがあった。

 明らかにベースアバターを改造していて、モデルは漫画かアニメからと断定できる……というか「漫画やアニメの登場人物が現実に侵食したらこうなるんだな」としか思えない。血肉の通ったキグルミというべきか……リアルな肌感の動くマネキン人形と言うべきか……。軽くホラーだ。

 話題のチョイスもいただけない。

 仮想現実の世界は晴れているときばかりだ。晴れ以外の天候にはイベントでしかならない。どうして天気の話題などを……頭の中におが屑でも詰まっているのだろうか?

 女プレイヤーはそいつを視界に入れたくないのか、目を向けることすらなく曖昧に返事をするが……さらに他のプレイヤーが追撃をかける。

「じ、実は俺……このゲームはじめたばかりで……良かったら教えてくれません?」

「……私も今日がはじめてなので。すいません、他の人をあたって下さい」

 当たり前の返答がされた。オープンβ初日だ。ここにいる全員がはじめてに決まっている。

 ……初心者を装うなんて、完全なアホだな。

「俺……『最終幻想VRオンライン』で転生とカンストして最終職なんだぜ! 向こうでも『疾風☆リルフィー』(しっぷうきらぼしのりるふぃー)ってキャラクターネームなんだけど知らない?」

 そんな自慢だか自己紹介だかをしにいく奴もいた。

 ……知り合いだ。

 『疾風☆リルフィー』こと、リルフィーとは別のゲーム『最終幻想VRオンライン』で知り合いと言うか……とある揉め事で関わってしまった奴で、絶対に友人ではない。

 それにリルフィーの自己紹介は最悪だ。他のゲームでの強さなんて、このゲームでは何の意味もない。その上、解かる奴には社会復帰困難レベルの廃人ゲーマーなことも教えてしまう。

 ……奴と知り合いなことは隠しておくべきだし、関わりにならないべきだろう。……少しドジというか……アレだし。

 ここは逆張りの作戦で行くべきだ。


 まず、ターゲッ……ゴホン!女プレイヤーの頭上に視線の焦点を合わせ、キャラクターネームを出現させる。

 ……キャラクターネームは『アリス』だった。

 微妙な感じだ。『不思議の国のアリス』から拝借したのかもしれないが……自分の名前をアリスと名づけるのはどうだろう? MMOにおいてネーミングセンスは相手の内面を窺う大きなヒントだ……そいつが変な奴かどうかの。

 ただ、ありふれた名前を確保できるのは開幕参加プレイヤーの特権でもあるから、そこまで神経質になる必要は無いか?

 一般的にMMOでは同じキャラクターネームを使用できない。既に誰かが使用している名前は使えないのだ。

 だが、これには抜け道と言うか、苦肉の策とでも言うべきものがある。

 どうしても『アリス』という名前を使いたかったら……『ありす』としたり『アリス。』、『☆アリス☆』、『疾風のアリス』などとアレンジをすればいい。

 ……そう考えると開幕直後に『疾風☆リルフィー』と名付けるようなのは、極め付きの変人だろう。

 たぶん、『リルフィー』と言う名前は使用可能だったはずだ。それなのに敢えて『疾風☆リルフィー』……。もしかして……気に入ってる名前だったのか?

 ……なんにせよ、これからの付き合いは『より』控えたものにした方が良さそうではある。

 いまは奴のことよりアリスだ!

 アリスのレベルは中の上、もしくは上の下と言ったところか。俺の見立てではベースアバターの改造はしていないと思う。

 いま気がついたが……ゲーム内アバターがほとんど加工できないのは大きなメリットかもしれない!

 普通のVRMMOの様に加工が可能だったら、一見、レベルの高い獲物でも……中の人はスライムやゴブリンレベルの可能性がある。

 髪と瞳、肌の色は俺と同じく金髪碧眼、やや白めの肌色。髪型は前髪が眉毛の高さで真っ直ぐに切り揃えられていて、一本に三つ編みした長い髪が肩から前に出てきていた。

 全体的な雰囲気が『大人しい優等生』とでもいった感じがする。「ゲームだから……がんばって金髪にしてみたんだ! へ、変かな?」とでも言い出しそうだ。というか、言って欲しい。

 何より評価できるのが、仮に話しかけたとしても……「きもい」だの「生理的に無理」「マジありえない」といった返答や、無言の完全無視などしそうもない雰囲気だ。俺のような初陣前の若武者でも話しかけ易そうに感じる。

 画竜点睛を欠いているのが……メガネだろう。

 「メガネなんて飾り」と言う人もいるだろうが……アリスはメガネを装着するべきだ。

 それだけで上の中、人によっては上の上と査定が上昇すると思う。もしかしたらリアルではメガネを使用しているかも知れないし、していて欲しいが……仮想現実内ではメガネによる視力補正は必要ない。実に残念だ。

 ……いや、逆に考えるべきか?

 ここでのアリスはメガネをかけてないのが通常状態だ。

 だが、それなら俺がアリスにメガネをかけてやれば良い!

 メガネを外したりする一連のシチュエーションも棄てがたいが、逆にメガネをかける……場合によっては強制的に!

 ……もちろん、リアルと仮想現実との差が少ないほうが、VRゲームでは有利でだからである。いわば、彼女へのアドバイスだ。邪な考えなどない。

 よし、状況開始しよう!

 俺の作戦は単純だ。「やめろよ、彼女嫌がっているじゃないか!」とでも言いながら割って入り、アリスを助けてやるだけでいい。なんなら、いきなりリルフィーを殴り飛ばすくらいがちょうど良いか? リルフィーの中の人はヘタれであるから、今の俺でも簡単に殴り飛ばせるだろう。

 あとは「大丈夫だった?」とでも言って、アリスと仲良くなればオーケーだ。

 名付けて『泣いた赤鬼作戦』! ……青鬼役の奴らには事後承諾になるが、俺には関係ないから問題なしだ!

 品定めと作戦立案をしながらアリスたちの方へ向かい、あと数歩……という所で、男が俺を阻むように割り込んできた!

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