戦慄

 ……しばらく考えてたら、からくりが予想ができた。

 ゲーム内アバターを変更することはできないのは、ほとんどのプレイヤーが今日はじめて知ったはずだ。クローズドβテストからの情報を得ていたら違うのかもしれないが、この前提で正しいだろう。

 しかし、ゲーム内アバターを変更できたしても、狙い通りにできるかどうかは……素材の問題もある。

 だから、このエビタクの群れたちは……あらかじめベースアバターを改造してログインしたのだろう!

 前にも言ったとおり、ベースアバターは生身と同じでなければ感覚にズレが生じたりもする。

 そもそも、ベースアバターのデータを参考にして、ゲームは脳に刺激を与えるのだ。ベースアバターをゲーム内アバター感覚で弄くったりしたら……下手したら現実の身体に悪影響があったり、長期的に継続する異常が発生してもおかしくない。

 その発想は無かったし……この作戦を採ってきた奴らは強敵と考えるべきだ。

 危険を覚悟でベースアバターを変更する。しかも、まだ情報がほとんど出回っていない新型ベースアバターをだ!

 人外系統たちは発想は良かったが、ベースアバターを改造するには技術が足りなかったのだろう。

 整形エビタクは技術を持っていたが、やり過ぎたか中の人がエビタクからかけ離れていたのではないだろうか。

 そして、なんちゃってエビタクは技術が不十分だったか、自重した改造に留めた。

 ……不気味の谷のエビタクは大失敗した結果に思われる。

 これがエビタク達が眷属のごとく種類に分かれていた理由に違いない。

 そしてエビタク達は全員、MMOで大切なメタゲームに敗れたとも言える。

 エビタクシリーズでベストと思われるのは、整形エビタクをやや自重……目が肥えてなければVR整形顔と見切られないくらいが望ましいはずだ。

 そのベストなエビタクであっても、精神異常を起こしそうなほどエビタクが溢れてしまっていては意味がない……どころか、エビタクであるだけで敬遠されるだろう。

 それでも、基本方針は正しい。結局、女はイケメン…………ゲフンゲフン自分が有利になるよう万全を尽くすのは当たり前のことだ。

 MMOは遊びではない!

 真の強敵はエビタクたちと同じ作戦を採用し、自重した最適レベルの改造で、それでいながらモデルが他人と被らない選択をした奴だろう。

 「そんな奴がいるのか?」と聞かれたのならば……確信を持って「いる」と答えられる。

 人外系統の奴らのうち、何体かは確実にエビタクでは無かった。

 何を目指したのか全く想像もつかなかったが……エビタク以外をモデルにした奴が実際に居る証拠だし、エビタク以外もモデルになって当たり前だ。

 リスクを恐れない勇気、自分の策に溺れない冷静さ、大局を読む知力……それらを兼ね備えたプレイヤーが、自分の持っていない強力な装備を得ている。

 幻覚なのか……そこまでリアルなシステムなのか……背筋に冷たい汗が流れた気がした。


 唇を噛み締めながら考える。

 昔の偉い人が「戦いは戦う前から勝負が決まっている」と言ったそうだ。戦う前の準備で勝負は決まるという意味らしい。

 俺はどうだっただろうか?

 ……俺は何もしていないに同じだった!

 俺がした準備は……いわば戦いの場に出る準備『だけ』だ。勝つための準備など殆どせずに戦いの場に来てしまった。

 俺は甘い!

 その証拠にログインしてたった数分程度で打ちのめされてしまった。

 目の前を完全に日本人の顔と体系なのに身長の半分近くが足という変な男が、バランスを取るのに苦労しながら噴水広場の方へ歩いていくのが目に入る。

「そうか……そういう手だってアリだった……」

 思わず声が漏れた。

 通り過ぎた男は明らかにベースアバター改造組だろうし、やり過ぎて失敗している。

 しかし、足だけを長くする発想は優れていた。

 それならリスクが少なく、メリットは大きい。ほんの僅かな変更で済むだろうから、技術的な負担も少ないはずだ。

 いますぐログアウトしベースアバターの改造に取り掛かるべきか?

 ……いや、ダメだ。

 そんな技術は無いし、付け焼刃でできるかどうか。失敗して人外系統となったら目も当てられない。それにどれだけ時間のかかる作業なのかすら解からない状態だ。

 しかし、素質やテクニック、実戦経験もない俺が、武器や作戦も無く勝利できるだろうか?

 ……わからない。

 時間だけが過ぎていく気がするし、いまこの瞬間に流れ行く時間は黄金よりも貴重なはずだ。

 悩みながら街並を眺めていたら……またも異常な事態に気がついた!

 ログインして十分過ぎというところだが、いまだに女プレイヤーを見ていない!

 視界内でちらほら見える女は……姿格好から言って、NPCだろう。

 急いで事実確認をしなければならない!

 噴水広場へ……プレイヤーが集まるだろう場所へ俺は走り出した。

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