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 ログインすると、そこは中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の街並みだった。

 中世ヨーロッパ風ファンタジー世界であり、中世ヨーロッパ風世界ではない。中世ヨーロッパ風ファンタジー世界と呼ばれるものは、色使いがパステルカラー中心で清潔な感じで……史実だとか時代考証などは全く無視してるそうだ。例えるなら中世ヨーロッパをイメージしたショッピングモールが一番近い。

 俺個人はもう少し落ち着いた感じが好みだが、こちらの方が正解に思える。もっと煌びやかに……いっそのことアミューズメントパークくらいに非現実的で浮ついた雰囲気の方が捗るかもしれない。

 街並みを眺めていたら、控えめなチャイムの様な音と共に薄さの無いパソコンモニターの様な物が、目の前に出現した。

 これは『メニューウィンドウ』と呼ばれるもので、VRMMOでは定番のインフォメーションツールだ。これを操作することでプレイヤーはゲームの情報を得たり、操作したりできる。

 メニューウィンドウには『クエスト情報』と見出しが付いてあり、その下に『噴水広場へ行ってみよう!』とあった。簡単な地図も描いてあり、現在位置と噴水広場の場所が記されている。

 大方、噴水広場とやらにいけばNPCがいて、話しかけるとチュートリアルでも始まるのだろう。

 チュートリアルと言うのはゲームの基本的な遊び方を教える目的のものだ。

 慣れてしまうと面倒だが、基本知識をレクチャーしてくれたり、序盤では役に立つアイテムなどをタダでくれたりが多い。普通なら受けても損は無いだろう。

 ついでにメニューウィンドウを操作してオプションメニューを呼び出す。

 定番の設定変更が並ぶなか、目当ての『感覚強度設定』の表記を見つけた。すぐさま最強に設定する。

 感覚強度とはプレイヤーの感じる刺激の強度のことで、強くするとリアルな刺激となる。強度を上げることで細かな刺激までも伝わるようになるが、痛みなども強くなるので普通は変更しない。苦手な人は弱くするくらいだ。

 しかし、『できるVRMMO』でリアルな刺激にしないでどうする!

 ……もちろん、ゲーム難度を上げることで歯ごたえを増すためだ。

 いったんメニューウィンドウを閉じて顔をあげると、同じ様にメニューウィンドウを見ているプレイヤーが視界に入った。

 ……それは見覚えのある顔だった。


「エビ……タク……?」

 思わず声に出してしまった。

 エビタクは皆も聞いたことがある名前だと思う。ここ数年『抱かれたい芸能人ランキング一位』の海老村拓蔵のことだ。

 起こすスキャンダルがほとんど犯罪レベルなのに捕まりもしないし、女性人気も揺るがないエビタク……男なら誰でも一度は殺意を覚えただろう。

「い、いやー……よ、よく言われるんだよね! エビタクに似ているって!」

 その男は返事をしてくれたが、内容のわりに声が上ずっているのが不自然だし……なぜか違和感も覚えた。

「……すいません、いきなり話しかけちゃって」

「い、いや、良いんだよ! うん! よ、よく言われるから!」

 落ち着いて良くみれば、エビタクに似ているだけで本人ではないと思われた。

 しかし、変に思えるのだが、何がなのかが解からない。

「そ、それでは……」

 ばつの悪いのを誤魔化すように話を打ち切って、噴水広場の方へと向かうことにする。エビタク似の男もホッとした表情だ。

 俺が歩き出すと、少し離れた場所から様子を見ていた男が慌てて顔を背ける。俺は顔を背けられたことよりも、その男の顔に衝撃を受けた!

 その男もエビタクの顔だったのだ!

 慌てて振り向き、最初に話しかけたエビタク似の男を確認する。そちらのエビタク似の男もビックリした顔をしていたが、慌てて顔を隠すように背けた。

「エビタクが……二人?」

 全く理解できない。たまたまエビタク本人とエビタク似の男がいて、その二人がβテストに参加しているんだろうか?

 そんなことを考えながら呆然としていると……三人目のエビタクを発見した!


 あまりに奇妙な出来事にビックリしてしまったが……注意深く観察すればエビタクは三人どころじゃなかった!

 俺と同じ様にシンプルで飾り気の無い胴鎧姿のエビタク……

 『魔法使い』なのだろう、ローブ姿のエビタク……

 革鎧のエビタクは『盗賊』なのだろうか?

 もちろん、エルフや獣人のエビタクだっている。

 エビタク、エビタク、エビタクだ!

 俺が確認できただけで十人以上のエビタクがいたし……服装だけではなく、個体差もきちんとあった。

 太ったエビタク、背の低いエビタク、金髪のエビタク、黒い肌のエビタク……

 はっきりいって不安定になりそうな光景だ。

 俺は念のために近くのショーウィンドウ――時代考証的にガラスが惜しげもなく建材として使われているのは変であるらしい。この辺も中世ヨーロッパ風ファンタジー世界と呼ばれる原因なんだそうだ――に映った自分の顔を確かめてみる。金髪で碧い瞳に変更されているが、見慣れた俺の顔だ。

 良かった、エビタクじゃない!

 エビタクの群れのインパクトに思わず確かめてしまったが……エビタク以外も確認できたのだから、俺の心配は杞憂と言うべきものだろう。

 そう、実は他にもビックリしなければならないことがある。人類なのか疑わしい顔も目撃していたのだ!

 これは不細工なのを揶揄する悪口ではなく、文字通りの意味で受け取っていい。人類との共通点は目が二つで鼻が一つ、口が一つ程度だ。

 実は怪物系種族が隠されており、それを選択したのかもしれないと観察していたら……その怪物顔が誰なのか理解できた。

 こいつもエビタクだ!


 全ての怪物顔プレイヤーがエビタクではないだろうが、少なくとも何人か……何体かは何らかの理由で怪物顔風のエビタクだった。

 それに気がつくとエビタク達にも個体差や種族以外に、種類があるのが見て取れる。

 まず、最初に遭遇した違和感は覚えるがエビタクと間違えたり、エビタク似であるとはっきり言えるタイプ。

 このパターンが持つ違和感がなんだったのかも思い当たった。いわゆるVR整形顔と呼ばれる違和感だろう。

 『できるVRMMO』では全くできないが、ゲーム内アバターは――才能と時間さえあれば――かなり手を加えることが可能だ。

 それこそ、全とっかえ整形レベル……別人の顔にすることも可能ではある。だが、そこまでやると違和感も生じてしまう。その違和感はVR整形顔などと呼ばれ、悪口としても使われている。

 このエビタクのパターンを整形エビタクと呼ぶことにしよう。

 このパターンに近いのが……なんというか……エビタクっぽいと言うべきか……「エビタクなんだろうなぁ」という印象を受けるタイプだ。

 エビタクのそっくりさん募集オーデションでは落ちるだろうが、企画意図を理解していないと怒られるレベルではない感じ。整形エビタクとは違い、ほとんど違和感も覚えない。もしかしたら地顔の可能性もある。

 このパターンは……なんちゃってエビタクとでも呼ぶべきか。

 そして理由は解からないが……エビタクから人類の範疇外へ逸脱したのか……怪物からエビタクを目指したのか……人外の顔になっているエビタク。

 この人外はエビタクもいるが、エビタク以外のパターン……と想像できる奴もいる。

 多分……おそらく……タレントの何某……いや、違うかもしれない……種族が違うと顔の区別が……と言った感じだ。

 これは俺の表現が下手なのではない。犬が芸能人を目指して整形したとして、それが誰なのか言い当てるのは難しいはずだ。

 これは人外系統と呼ぶしか無いだろう。

 人外系統はそういう生き物だと認識すれば慣れることができそうだが……人外系統より恐ろしい、視界に入れるだけで精神に異常をきたしそうなエビタクもいた。


 そいつは不気味の谷からやってきたエビタクだった。

 不気味の谷というのは……人間を模した人形やロボットの外見で起きる怪現象のことだ。

 人はロボットや作り物と解かる外見から不快感を感じたりしない。

 完全に人間に見える外見でも不快感を感じない。

 しかし、その二つの中間点……作り物なのに人間らしく、人間なのに作り物らしい外見を人は受け入れることができない。

 はっきりと生理的嫌悪感を覚えると言っていいだろう。

 リアルなマネキン人形を見て不快感を覚えたことが無いだろうか?

 それは軽度の不気味の谷現象だ。

 俺は遭遇したのが街中であったことに感謝した。フィールドで会ったら間違いなくモンスターと断定し攻撃していたはずだ。

 不気味の谷のエビタクはエビタクロードであり、眷属である整形エビタクことエビタクエリートと、なんちゃってエビタクことエビタクを率いる。

 人外系統エビタクは戦闘奴隷かなにかの扱いだろう。間違いない。

 たぶん、魔族の類か異次元からの侵略者という設定だ。

 ……軽く精神的混乱を起こしていたのだが、落ち着くにつれ……ようやく、当然の疑問に思い当たった。

 『できるVRMMO』ではゲーム内アバターの変更がほとんどできない。顔に至っては全く弄くれないはずだ。

 それなのに、なぜ、エビタクの群れは発生したのだろう?

 チートプログラム――その名の通り、ズルをする為のプログラムだ――を使ってゲーム内アバターを変更したのだろうか?

 いや、あり得ないだろう。

 最近では半分以上はクラウド形式で……実際の演算はほとんどネットの向こう側で行われるし、必要なプログラム以外はプレイヤーには渡されない。

 それでも穴をついたチートプログラムは開発されるが……プレイヤー用のプログラムも配布されて数日だ。解析するには時間が無さ過ぎる。

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