第43話 帰り道

 

 俺と委員長は日の沈み掛けた夕暮れを地図を見ながらに進んでいた。

 委員長の右手には棒アイス、バニラ味のヤツだ。

 俺の手にはそれは無い。

 

 地図の方は、元おばちゃんのランプちゃんが、おばちゃんに化け直して描いてくれたのだ。

 そのままのランプちゃんじゃあ……ペンは握れないからね。


 その待ちの間、俺は店の中をウロウロと覗き回っていた。

 ただボーッと待つのが嫌だったので暇つぶし。

 懐かしいモノが沢山有る。

 戦車のオモチャ……これを買えてれば凄い事に為ったかも。

 発泡スチロールで出来たゼロ戦の飛行機……飛べたかな?

 プラスチックの刀。

 オモチャの魔法の杖……あれ? これは委員長のと同じだ。

 良く見れば。

 亀の怪獣の人形も有る、ソフビのヤツだ。

 ゴムの骸骨。

 ゾンビのマスク。

 猿のオモチャ。

 ドラゴンの様な怪獣。

 もちろんスライムも、バケツに入ったヤツだ。

 ……。

 あの世界のボスも魔物もココに有る。

 俺達はこれと戦っていたのか。

 小学生のゴッコ遊びのリアル版?

 ただ、市長様と街はわからない。


 あれはヤッパリ異質だった……もしかすると。

 チラリと委員長を見る。

 

 おばちゃんと何か会話をしていた。

 

 「頼みたい事が有るのだけど」

 地図を書きつつ、おばちゃんが委員長に。


 「何?」

 見た目は明らかに歳上のおばちゃんなのに、おおへいな態度だ。

 まあ、中身はランプちゃんなのだからか仕方無いのか?


 「新ランプ、過去の私にだけど……世界の作り方を教えて上げて貰えませんか?」

 

 「なにそれ? そんなの無理よ」


 「想像って言うのか空想ってのか、そんな感じの事をどうすれば良いかってのを……」


 俺が聞いてても、わけがわからん。


 「まあ、良いわ」

 委員長は理解したのか?


 新ランプちゃんを呼んで何か話初めた。


 それを見ていた旧ランプちゃん、おばちゃんもまた地図に戻る。


 世界の作り方か……街のカードはヤッパリ。 

 それを考え初めた頃。

 「出来た」

 おばちゃんが言った。


 地図を差し出し。

 「これでわかるかしら?」

 それを俺が受け取った。

 委員長はまだランプちゃんと話していたからだ。


 俺は地図に目を落とす。

 この街のそれも通学路だ、わからないわけもない。

 だが、妙に入り組んだ道順だ。

 

 「遠回りに見えるけど、その通りに進んでね」


 「わかった」

 進む道に意味が有るのだろう。

 魔法的な何か? かな?


 もう一度、委員長を見る。

 まだ話している様だ。

 仕方無い少し待つかと、床几台に腰かけた。


 随分と日は傾いて居るのだが、ヤッパリまだ暑い。

 太陽は日没の最後の最後まで容赦する気は無いらしい、ジリジリと肌を焼く。


 駄目だ……暑すぎる、我慢の限界だ。

 小銭入れをポケットから引っ張り出して中を探った。

 もうココではお金は遣いたくなかったのだがそれも仕方無い。

 残り少ない小遣いを確認。

 ……。

 三十円も無かった。

 百円アイスの半分にも届かない。

 ガックリと項垂れる。

 

 「なに情けない顔をしているのよ」

 そんな俺に委員長が声を掛ける。

 「アイス……おごってあげようか?」


 え! っと顔を上げた。

 この際何でも良い、恥も外聞もプライドも三十円では維持すら困難だ。


 ゴソゴソと財布を探る委員長を見詰めた。


 「あ……ゴメン」

 少し困った笑顔。

 「私も百円しか無かったわ」


 もう一度……ガックリと項垂れた。


 「おばちゃん、アイス一本頂戴ね」

 冷凍庫の蓋を引き開けつつ。

 「お金はココに置いとくから」

 と、アイスと引き換えに百円玉をそのガラス蓋の上に置いた。


 え! 買うのかよ。


 もちろん、そのアイスは委員長がかぶりつく。


 「冷たくて美味しい」


 そんな感想はいらない。

 知っているから。


 「帰ろう……」

 重い腰を上げて歩き出す。

 その際、一応はみんなに声を掛けた。

 「かえるよ、じゃあな」

 と、それだけだけどもうじゅうぶんだろう。

 皆も返事の代わりに軽く手を振るだけ。

 俺と委員長の旅は終わったが、皆はこれからまだ長い旅がある。

 そう途中の別れの一つなのだ。

 少しの寂しさは有るだろうが、それ以上のモノがまだ待っている。

 そして、それを労う事も応援する事も、もう俺達のする事では無いのだろう。

 そう、今からはその目的地は別々なのだ。


 振り返る事もせずに駄菓子屋を後にした。


 


 地図を見ながら一つ目の角を右に曲がる。

 

 「やっと帰れるのか……」

 ポツリと呟いた。

 ほんの少しだけ寂しいのだ。


 「まあ、楽しかったわね」

 委員長もそれは同じなのだろう。

 俺の少しだけ後ろを着いてくる。


 「日常に戻るのか……」

 詰まりは受験生にと、そう言う事だ。


 「そうね……」

 ……。

 少しだけ間を開けて。

 「ねえ、高校は何処にしたの?」


 「え……まあ」

 口を濁す。

 行きたい所は有るのだが、行けないラシイとは言いにくい。


 「そのポケットのプリント……見せて」


 何時の間にかに捩じ込んでいたプリント……進路指導のヤツだ。

 少しだけ躊躇した。

 でも、今更か?

 確か口に出して言った様な気もするし……話す寄りもその方が気が楽だ。


 そんな事を考えていると、後ろからスッとプリントを抜き取られた。

 

 「えぇ……」

 勝手に?

 確かに良いかなとは考えたけど、勝手には違うだろう。


 「ひっど!」

 文句を言う間もなく。

 「全然駄目じゃない」

 

 「そうだね……」

 実際、そうだからそう返事をするしかない。


 「でも、志望校は私と一緒ね」


 「そうなの? 委員長は頭も良いからもっと違う所だと思ってた」


 「昔から憧れてたのよ、あんたのお姉さんに……だから同じ学校に行きたいの」

 

 「そうなんだ」

 お姉ちゃんも頭が良かったけど近所の公立に行ったのだ。

 兄もそうだけど。


 「それに近いから楽で良いじゃない」

 

 それは……兄も言っていた。

 そんな理由で東京の大学に行かずに京都の地元の大学にしたって。

 一番の大学に楽に入れる筈なのに……近いだけって事で二番目を選ぶものなのか? 俺には今一良くわからない。

 まあ、委員長も今一良くわからない人では有るのだが。

 

 「一緒の高校に行くのか……」

 委員長のしみじみとした声色。

 

 「行けないよ……先生にも言われたし」


 「勉強すれば良いじゃない」


 「そうだね……」

 歯切れの悪い返事だ、自分でもそう思う。

 地図を見ながら二つ目を右に曲がりながら。


 「教えてあげる……一緒に勉強しよう」

 

 少しの驚いて、曲がりしなの角で委員長を見た。


 「なに?」

 アイスをかじりながら。

 「食べたいの?」

 と、差し出す委員長の歯形の付いたアイス。


 「い、いいよ」

 慌てて前を向く。

 暑いのに、変な冗談はやめてくれ。

 余計に暑くなるじゃないか。


 「食べたいクセに……」

 追い討ちを掛けようと言うことか?

 「まあ、でも高校は行きたい所に行くのが一番よね……夏休みは毎日勉強ね」


 「そうだね……」


 「今日からやるわよね?」

 

 「そうだね……」


 「じゃあ、後で電話貸してね……遅くなるってお母さんに言っとかなきゃだし」


 「そうだね……」

 ……。

 「え! 家に来る気?」


 「そうよ、勉強するって今言ったでしょう?」

 

 「言ったけど……」


 「それに、今いいって返事もしたよね……そうだねって」


 「言ったけど……」

 それは、惰性でつい……」


 角を右に曲がった。


 「ちょっと……何処に行く気?」


 「なに?」

 

 「右に曲がってばかりで……一周してるじゃない」


 「でも地図では……」

 そう言って地図を見せた。


 じっと見る委員長。

 「確かにそう為っているわね……」

 そして、顔を上げて道の先を見る。

 「あれ? 公園」


 俺も見た。


 「一周回ってるのに何で?」


 「何でって……何でだろう?」

 そうだ、確かに一つ目の角を等間隔に三回右に曲がっている。

 その四つ目は物理的に考えても駄菓子屋の筈。

 だが、そこには公園しかない。

 あれ?

 「もう一度……曲がれば有るんじゃない? 公園まで行けば見えるかも」

 自分でも納得は出来てはいないが、一応は確認だ。


 そして、公園。

 日も沈みかけている、寂しげな公園。

 一人、見るからに駄目を絵に描いた様なおじさんがベンチで項垂れていた。

 まだ、夏にも成りきっていないのに、そこだけ季節が秋に見えてしまう、それほどの駄目っプリのおじさん。


 委員長もチラリとだけ見ていた。

 だが、気にしてもしょうがない。

 辺りを見渡す。

 「駄菓子屋……無いね」

 

 「おかしいわよ!」


 「駄菓子屋かい?」

 ベンチのおじさんが返事をした。

 赤の他人なのにと、ビックリ。


 「懐かしいね……昔にココに有ったんだよおじさんが小学生の時に良く通ったよ」

 寂しげな笑い。


 「そうなんですか」

 委員長も律儀に返事を返す。 

 「私も……」

 止まった。

 「あれ? ……私……駄菓子屋に行った事が無い」


 「そんな馬鹿な……」

 と、言い掛けて、ふと気付く。

 「俺も無い」

 でも、ランプちゃんは委員長に指で弾かれたって……あれ?

 

 少しの間、二人して固まっていると。


 「もう、お家に帰った方がいいよ……家の人が心配するよ」

 そう言っておじさんが立ち上がった。

 「日も落ちたし、おじさんも帰るから」


 見れば、すっかり暗くなっていた。

 

 「そうね……早く帰りましょう」

 俺の手を引いて委員長が歩き出す。

 

 もう一度……あれ?

 何で委員長は俺の家の方角を知っているんだ?

 何もかもさっぱりだ……。

 

 でも……。

 良いかな……。

 夏休みは委員長と一緒に勉強しよう。

 一緒の高校に行けるように。

 

 日の暮れた路地を、何時の間にかに手を繋いでいた二人が歩いて行った。





                  おしまい。

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ダンジョンカード 喜右衛門 @meso-meso

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