第35話 市長様


 暴徒と化した人波は階段を駆け上がっていた。

 もちろん俺達もその波に紛れている。


 「これ……このまま行っても、出番は無いかも知れないぜ」

 猫が辺りを気にして。


 確かに、先に他の誰かに倒されてしまうかも。

 そうなれば、前の事も踏まえて考えればボスの代替わりか? 吸血鬼のように。

 「それは厄介かも知れないな」

 また一からその替わったボスを探さねば為らない。

 わかりやすく替わってくれればいいが……ここの場合どうだろう?

 市長様に息子でもいれば……か?

 でも、その息子は何処に居る?

 そもそもそんなもの居なければ?

 ……。

 最悪、この革命のリーダーか?

 これだけの暴漢が今度は敵にまわるのは、厄介どころじゃ済まないと思われるが。

 チラリと委員長を見た。


 走りながらだが、何かを考えているようだ。

 今更に考えているという事は……その可能性に気付いて居なかったのだろうか?


 突然に立ち止まった委員長。

 「こっちよ」

 と、途中のフロアーに入り込む。

 そこはまだ三階だった。

 最上階は五階だった筈、何故ここで?


 「市長様ならこの状況……絶対に逃げる筈」

 その自信はどこからだと、言いたいが。

 委員長がそう言うのならそうなるのだろう。


 「で? 何処に逃げる?」

 ここ以外の階段も建物の中なら全てが暴漢で塞がっているだろうに。


 キョロキョロと、辺りを探りながらに三階を歩く委員長。

 「見付けた」

 そう言って指を差す。


 指された先は小さな扉。

 「あそこか?」

 そこに何が有るというのだ?


 「あれは、突き当たりの筈、あの向こうに部屋どころか建物すらないのに扉よ……きっと非常階段ね」


 探っていたのは建物の造りか?

 成る程、暴漢は皆が短絡的に建物に入った。

 外に在る非常階段は盲点なのか……。

 ……。

 そんな馬鹿な話……ってのは飲み込んで、頷いておいた。


 勢い良く扉を蹴飛ばして、外に飛び出す。

 狭く細い鉄製の非常階段。

 この街の造りに鉄製のモノなど無かったのに……何処まで改変していくのだ?

 呆れて委員長を見てしまった。


 だが、それも後回しにしなければいけないようだ。

 カンカンと響く音が上から降りてくる。


 「ほら、居た」

 委員長のどや顔。


 鎧君のビックリ顔。

 ランプちゃんの凄いねって顔。

 フクロウは二匹共にホウ。

 そして……。

 猫の呆れ顔。

 そのいなか、俺は今……どんな顔に成っているのか?

 

 まあそれはいいとして……考えるだけ馬鹿らしくなる。

 「降りて来るんだろう?」

 一応の確認、委員長を見た。

 「ならここで待ち伏せよう」

 否定しないのだからそれで良い筈だ。

 「鎧君は目立つからね」

 小さいけれど見た目と……音がね。


 それにこちらには猫がいる。

 目で合図を送れば頷いている。

 やるべき事はわかっているようだ。


 階段と扉の陰に隠れて数分。

 金属の階段を叩く足音が近付いてくる。

 その不規則な音から複数人が居るようだとはわかっている。


 そしてそれは三人だとわかった。

 階段の曲がり、踊り場にその姿が見えたのだ。

 小肥りの頭の薄い、脂ぎった感じのおじさんだ。

 着ている服はたぶん相当に良いモノなのだろうが……その価値がわからない俺にはそれを目印には出来ないが。

 側に付いているお付きの格好を見れば一目瞭然で、このおじさんが市長様とわかる。

 お付きは二人共、若い女でほぼ裸だった。

 ビキニっぽい水着のようなモノを透けるレースで申し訳程度に隠している。

 下は極端に短いスカート、下からでなくてもお尻が見えるんじゃ無いかと思われる。

 この市長様の趣味なのだろう。

 可哀想な制服だ。


 「行ってくる」

 小声で囁き猫が消えた。


 ほぼ同時に慌てふためく市長様、御一行。

 狙い道理に猫がもう一段上の踊り場に現れたのだろう。

 逃げようと市長様を先頭にして駆け降りてくる。


 「鎧君……今だ」

 そっと背中を押した。


 ガシャンと飛び出し盾を構えて狭い階段を塞いだ。

 

 またもや驚かされた市長様、後ろに控えたお付きに押される形で足を踏み外した。

 数段の事なのだが、鎧君の盾にぶつかりそのまま押さえ込まれる。

 要敵から数秒の出来事。

 お付きの二人もなすすべも無くにただ手を上げるしかなかったようだ。

 といっても、たとえ抵抗されたとしても、このお付きは若い女だったのですぐに組伏せられたであろうが。

 

 さて市長様だが、非常階段に居ては目立ちそうなので、フロアーに引き摺り込み、お付きのを外に残して扉を閉めた。

 その際、ドアノブを壊して外からは開けられないようにしてだ。

 

 そして、手近な部屋に押し込め、転がした。

 何の部屋かはわからないが狭い、小さな部屋だ。


 「で? 倒せば良いのか?」

 猫も戻ってきて剣を首もとに突き立てている。


 「待って」

 それを委員長が征して。

 「少し話が聞きたいわ」

 そう言って前に出る。


 少し凄んで。

 「市長様……貴方の知っている事を全部話して」

 仁王立ちだ。


 「何も知らない」

 怯えきった市長様、四つん這いの格好でただ首を振るだけ。

 ダラダラと冷や汗を床に落としている。

 

 「えらく弱そうなボスだな?」

 思わず呟いてしまった。

 「これなら、普通に戦っても俺だけで倒せそうだ」

 

 「会えればね」

 委員長がそれに答える。

 「普通に会おうとして、会えなかったでしょ?」

 チラリと俺を覗き。

 「あんたの性格を見越してのボスよ」


 成る程……真面目に正当な手段では会えないし、それにここの住人は好い人にしか見えなかった。

 それを倒しながらゴリ押しなんて……俺には考える事も出来ない。

 そう考えると、今までで最強でも有る。

 危ない罠だ!

 

 「で、話を戻そうかしら」

 杖を市長様に向けて。

 「もう一度聞くわ……話して」


 「だから……知らないと……」

 

 「出口は? 帰る方法は?」

 その市長様の言葉に被せぎみにして。

 

 「……これを」

 カードを差し出す。

 何時もの駄菓子屋のカードだ。


 「それでは帰れないのは知っているわ」

 

 少し考える込む市長様。

 懐からもう一枚を出した。

 今度は砂漠にラクダの絵が描かれている。


 「そこにはあんたと同じ普通のボスしか居ないのでしょう?」

 グイっと杖で市長様の胸を突く。

 「もっと根本的なカードを出しなさい……例えば最後の大ボスとかね」

 

 怯んだ市長様。


 「そうなのか?」

 俺もビックリ、何故わかる?

 「って事は、大ボス? 創造主? の居場所も知っているのか?」


 「そうよ、弱い癖に、あんたの性格を見越したこんな手の込んだ罠を仕掛けるのだから、相当に偉い立場よ」

 市長様からは目を外さずに俺に答えてくれる。

 「そこへ行くカードも持っている筈……だから逃げたんでしょう?」


 「俺達に倒されてカードを取られない為にか?」


 「それも少し違うと思うわね」

 少し考えて。

 「おかしいと思ったんでしょうね、真正面から私達が来ないから」

 もう一度考えて。

 「それも違うかしら……弱い臆病者の勘? かもね」


 「俺達に恐れて?」


 「創造主にじゃない?」

 ニヤリと市長様に見せ付けるようにして笑う。

 

 「身ぐるみ剥いでしまえばどうだ?」

 猫が焦れ初めた。


 「そうね、出来れば自発的に出して欲しいのだけど」

 杖をもう一度振りかざし。

 「この杖、不思議な力が有ってね、魔物を完全に滅する事が出来るの」

 

 「ん? 倒すんだよね?」


 「普通に倒しても創造主が復活させてくれるのよ……でも、この杖はそれも出来なくするの」

 

 「そうなのか?」

 何故それを知っている? その装備を得た時にそれも同時にわかるのか?


 「そうらしいわ……前回のボスが泣いて懇願していたから、ルールに無い武器だってね」


 ああ、あの時に吸血鬼が言っていた無茶苦茶でルールをねじ曲げたってのは……その杖の事だったのか!

 

 「さあ……どうする?」

 市長様に委員長。

 「別に貴方じゃ無くても良いのよ、次のボスに聞くだけだから」

 

 詰まりは、今ここで滅しても構わないと……そんな脅しか。


 そして、その脅しは効いたようだ。

 死んだ目をして、カードを出した。

 荒野と高い塔の絵のカード。


 「そこのボスが大ボスだ……創造主の居場所もしっているだろう」

 

 諦めたようだ。


 成る程、大ボスと創造主は別人だと言う事実もわかった。

 俺達が勘違いしていた情報をワザワザ正して教えるのだ、これは間違いなく本当の事を言っているのだろう。

 そして、創造主の居場所は知らない。

 これも本当の事なのだろう。

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