第28話 ディール


 部屋の端、角の所でこちらを見ている吸血鬼。

 長剣を前で斜めに構え腰を落とした。

 何も無い目の前の空間を切り裂く、遠目からはそう見えるが。

 だが、ヤツはこの距離をワープする。

 離れた場所で構えても、目の前に敵が居るのと同じことだ。


 それをさせじと、無駄だと知りつつ、素早くパチンコを構えた。

 だが、狙う間もなく霧と消える。


 今度は背後に現れる。

 「くそ!」

 逃げる間がない! 判断が遅れた。

 体を捻り傷を最小限にと逃げ、避ける。


 ソコに鎧君が横からスキップで飛び付く。

 今度は盾では無くて剣を前に構えた状態で突き立てた。

 

 吸血鬼は剣を振る間もなくまた消える。


 大きく吐く息。

 「良く出現場所がわかったな」

 思わず呟いた。


 「それは、誰が狙われているのかがわかっているから」

 

 成る程、俺を狙っているのならその側に現れると、そう言うわけか。

 空っぽなのに良く考えている。

 

 「今……失礼な事、考えませんでしたか?」

 剣は構えたそのままで。

 ムッとして俺を睨む鎧君。


 声には出していない筈なのに……なぜわかった!

 ついでに俺も、鎧君の鉄のフルフェイスの表情がなぜわかる。

 等と考えている暇はくれないのだろうな。

 

 

 「流石は、我妻を倒しただけの事はあるようだね」

 だが、その声には余裕が見える。

 「変わった爆弾だけじゃ無いようだ」


 「諦めて、カードだけを渡せ」

 それも、聞く気は無いのだろうけど。


 「まだまだこれからじゃないか」

 消えた。


 俺の前に立ち構える鎧君。

 辺りに気を配る。

 

 だが、今度は猫の前に現れた。

 予想外の事に驚いた猫。

 攻撃も忘れて煙に成って逃げる。


 狙いを猫に変えたか。

 自分に取って厄介だと判断したのだろう。

 逃げる猫。

 追いかける吸血鬼。

 部屋の至る所に現れては消えるを繰り返す。

 

 「こいつはなかなかに面倒なヤツだ」

 このまま延々と鬼ごっこだと、体の小さい猫の方が体力的に不利な気もする。

 「どうしたものか……」

 物理攻撃は霧に成って素通りだし。

 爆竹も爆発自体は物理攻撃と同じだろう。

 爆風で霧を吹き飛ばしたところで、目的地で集まって……何事もなくに終わりだ。


 「このボス……委員長さんはどうやって倒したんでしょうね」

 ランプちゃんも首を捻っている。

 

 「わからん……だが、委員長の倒し方は、たぶん俺達には無理だ」

 

 「でも、倒す為の道具……それは置いておいてくれたんでしょ?」

 チラリと俺の背中を見た。

 「どうやって使うかは未だに謎ですけど」


 委員長の贈り物の役に立たないフイゴ。

 手に持つのも邪魔なので、背中の鞄に突っ込んでいた。

 確かにわからない。

 空気を噴き出さないフイゴ。

 

 でも、マトモなフイゴでもそれでどおする?

 空気を吹き付ける?

 吹き飛ばす?

 霧の状態の時なら、少しは揺らせるのだろうけどそれがなんだ? 消える時には意味は無いだろう。

 現れる時には、少し霧が集まるのを遅らせるくらいのものだろう。

 それでどおする?


 いや、それ以前にこれは空気は噴き出さない。

 逆に吸ってしまう。

 ……。

 吸うか?

 何を吸う?

 霧に為ったその時か?

 現れるその瞬間か?

 

 待て、もう一度初めから考えろ。

 そもそも、吸血鬼の弱点はなんだ?

 十字架? それは無い。

 ニンニク? それも無い。

 銀の弾丸? 銀玉は有るがこれはプラスチックを銀色に塗っただけのもの、そもそもが銀では無い。

 あれは、銀が持つ科学反応が肝だった筈。

 ヒ素毒に触れた銀は変色する、そんなヤツだ。

 て、事は吸血鬼はヒ素毒で出来ているのか?

 あの赤い霧がそうなのかも知れない。

 それは中々に危ない。 

 触れるとアウトか……。

 

 だが、それも今は関係無い。

 危険では有るがそうじゃ無い。


 他の弱点は……太陽の光、それも今は無理。

 外に出ても月の明かりしかない。


 心臓か?

 心臓に杭を打ち込む……そんな映画を見た事が有るが。

 だが、杭もない……鎧君の剣が代用出来そうだが。

 でも、そうで有っても霧に為って逃げられるだけ。

 

 逃げられ無いように捕まえられれば、或いは……。


 そうか、捕まえればいいのか!

 委員長の言いたい事はそれだったのか。


 側に居る鎧君に小声で耳打ちをする。

 「猫に、俺の前に現れる様に伝言を頼む」

 

 何をするのかを聞かずに頷いて、そして叫んだ。

 「自分の後ろに瞬間移動をお願いします!」

 成る程、俺の前に立つ鎧君の後ろならそれはやっぱり、俺の前だ。

 実は賢いのか?

 普段の態度じゃ、そうは見えなかったけど。

 


 「わかった!」

 猫も何も聞かない。


 「何をするのかは知らないが、無駄な事だ」

 吸血鬼も、少し焦れていたのかその誘いを真っ向から受けるつもりのようだ。

 正面から受けて、それをはねのけて俺達の心を折る、そんな腹積もりなのだろう。


 猫が俺の前に現れた。

 そして、続いて吸血鬼。

 一応は鎧君を警戒してか猫の後ろ、そして俺のすぐ前。

 

 目の前に現れた吸血鬼、意識の殆どが鎧君に向けられている。

 後の残りは逃げるための準備にか?


 その霧が形に成りきる前に、背中からフイゴを突き刺した。

 心臓の位置。

 背中からだと、真ん中の少し左。

 そして、勢い良く吸い出した。


 突然の事に驚いたのか、完全に形に為る前にもう一度霧になって逃げる吸血鬼。


 部屋の隅に現れて立ち竦む。

 「何をした!」


 俺はフイゴを掲げて。

 「吸ったのさ」

 笑い。

 「何をとは聞かなくてもわかるだろう?」


 自身の胸に手を当てて、苦虫を噛み潰した吸血鬼。

 「返せ……」


 「面子の問題は命よりも重いのだろう?」


 その問いに、こちらを睨み。

 「取引をしよう」

 声を絞り出す吸血鬼。


 「ほう、何が出せる?」


 「カードが欲しいのだろう?」


 「欲しいな」


 「なら、それと交換だ」

 あくまでも上からだ。

 「貴様が欲しいと言うカードは私が持っている、どうしても欲しいと言うならそれは貴様の態度次第だ」


 「成る程……」

 少し考えるフリをしてから。

 「だが、もう貴方に貰う必要も無いのだが」

 

 「カードはいらないと言う事なのか? 今、欲しいと言ったろう」

 語気が強まる。

 

 「欲しいさ」

 ニヤリと笑い返して。

 「でも、もうそんな取引をする意味がない」

 前にフイゴを掲げて。

 「こいつを潰せば……手に入るのだから」


 押し黙る吸血鬼。


 「今はもう、カードには取引に為る値打ちは無いよ」

 

 返答も無く……それでも虚勢を張ろうとその姿勢だけは崩さない。


 「取引をしたいのなら、これに釣り合うオマケが必要だと思うけど……何が出せる?」

 実際は、カード以外に欲しいモノは無い。

 いや、委員長だ。

 委員長がオマケなら確かに釣り合いが取れるだろう。


 「カード以外は無い」

 声は少し小さく成った。


 「そう、じゃあ交渉は決裂だね」

 猫を手招きして、その持つ細剣を借りた。


 「何をする気だ」

 焦りの色が出てきたようだ。


 「剣で刺そうかと思ってね」

 もう吸血鬼には興味がない、そう見える素振りで言い放つ。

 「ランプちゃん、剣に唾を付けてくれない?」

 

 横に居たランプちゃんは頷いて剣先に塗りたくる。


 「たぶん、必要は無いと思うけど一応はね」

 これはランプちゃんに言うフリで、本当は吸血鬼に聞かせる為だ。

 「ランプちゃんの唾にはアンテッドにとても効く凄い力が有るからね」


 「確かに凄かったですよね」

 鎧君が話に入ってきた。

 「前回のスケルトンとか幽霊とか……ほんの少しの唾で一発でしたし」

 

 鎧君……やはり頭は良い。

 俺の意図がわかっている。

 

 猫は俺と吸血鬼を交互に見て、成り行きを考えているようだ。

 猫頭では理解しにくいようだ、まあ小さいしねその頭ではそんなものだろう。

 

 「待て!」

 そう叫ぶ吸血鬼をチラリと見て。

 だけど、その手は止めない。

 淡々と作業をこなす様に準備を進める。

 ……そんなフリをする。

 本当はもうすぐにでも剣を刺せば良いだけなのだけどね。

 フイゴの先の筒から剣を突き入れればそれで終わるだろう。

 「ディールを続けるのかい?」

 目線は、敢えて外して。


 「……」

 考えているようだ。

 だが、もうそんなに時間はやる積もりもない。

 剣をフイゴの先に当てる。


 「わかった、カードを出すからそれは止めてくれ」

 

 観念したか?

 チラリと吸血鬼に目線を送る。

 カードを持ったその手を差し出していた。


 鎧君に目配せをして。

 「受け取ってきて」


 それに頷く鎧君。


 「で、オマケは?」

 俺は、追い討ちを忘れない。


 「……」

 また、考え始めた。


 その間に、鎧君の貰って来たカードを確認する。

 確かに出口のようだ、何時もの駄菓子屋の絵が見える。

 

 「無いなら、少し考える時間をあげるよ」

 

 「どう言う事だ?」

 俺の掛けた言葉に少し戸惑ったのか、声のトーンに虚勢を乗せ忘れている。


 「どうって……こうするだけさ」

 そう言って、駄菓子屋のカードを自分の額に押し当てた。

 吸血鬼の体の一部が入ったフイゴを持ったそのままで。


 たぶんこれで大丈夫だろう。

 ここで手に入れたモノはそのまま次に持ち越せる。

 それは、鎧君の剣と盾が証明して見せてくれている。

 「また会う時までに良い取引に為るように考えていてくれ」

 そう言い遺して元の世界に戻ってきた。


 




 駄菓子屋の前。

 カードの箱を確認する。

 

 何枚かのカードに埋もれて、フイゴの絵の描かれたそれを見付けた。

 「ヤッパリ」

 笑みが溢れる。

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