フェイク
第29話 委員長
翌日。
学校での事。
委員長はやはり来ていない。
まだ帰って来て居ないのか?
昨日の吸血鬼の話だと、ボスを倒してカードも手に入れた筈なのに……委員長はいったい何をしているのだろうか?
今日も探しに行かなければいけないようだ。
だんだん、ハードに為ってきているのが少し億劫になる。
今朝も起きるのが大変だった。
昨晩は早くに寝たので、目は普通に覚めたのだけど。
脚が……特に太股の前の部分がガチガチでベッドから降りるだけで一苦労だった。
まるでマラソン大会の翌日のような感じだ。
まあ、それに近い事をやったのだけど。
でも、異世界冒険ってガテン系の肉体労働だったとは以外だった。
イメージとは……全然違う。
いや少し考えればわかる事か。
広いフィールドで魔物と格闘。
明らかに体力勝負だ。
……。
等とどうでも良い事を考える。
だがそれも仕方無い事。
だって、今は授業中で……それも英語だから。
英語なんてアメリカ人が勉強すれば良いと、俺は日本人だから必要ないと思う!
退屈だ……。
昼休み。
一人お弁当を机に広げてつつく。
今日のお弁当は、お姉ちゃんが造ったようだ。
別にそれを告げられたわけでも無いのだが、開いて見ればすぐにわかる。
明らかに可愛らしい、とても中3の男子には似合うものじゃない。
たまにだけど、造るときは何時も頑張りすぎる、もっと適当で良いのに。
だが、その凝った造りも……見た目だけだ。
味は、正直不味い。
この味音痴は母からの遺伝だから仕方無いと諦めてはいるのだが。
どうせ頑張るのなら、味の研究でもして欲しいのだけど……。
「可愛らしいお弁当ね」
不意に後ろから声を掛けられた。
「たまにそんな可愛いのを持って来るわね」
振り向かなくてもわかる。
クラスの女子だ。
委員長と仲の良い子。
俺は何時ものボッチ飯。
声を掛けられる事なんて滅多に無いのに、珍しい事もある。
「今日は、お姉ちゃんの日だからね」
女子に声を掛けられたからって、無視を決め込む勇気も無い俺は正直に答えた。
「成る程……お姉さんが造っているのね」
たぶん頷いているのだろう、そんな喋り方だ。
「彼女じゃ無いんだ」
クスリと笑い声。
「そんなのいないよ」
わかりきった事を……。
イジメか?
「そう」
もう興味も無くなったのか離れようとする気配。
1つ深呼吸をして振り返り、頑張って俺からそれを引き留めた。
「待って……」
女子の背中に声を投げる。
「なに?」
その子は半身だけで振り返る。
その顔は、ただ暇潰しに声を掛けただけだから話をする気は無いわよと物語っていた。
「委員長の事だけど」
少しだけ気をされてはいるのだが、続けた。
「学校に来ないみたいだけど……何か聞いてる?」
ん? な顔になり。
「何故それを私に?」
「友達でしょ?」
少しだけ考えて。
「同じクラスだけど、そんなに仲良くもないし」
「何時も話してるのに? お昼はお弁当も一緒に食べてるじゃないか」
「まさか」
チラリと教室を目配せして。
「男子と一緒に食べた事は無いわよ」
「男子?」
なに?
「委員長だよ?」
「委員長でしょう」
そう言って一人の男子を指差した。
誰?
一瞬、考えて。
いや、委員長だ……。
あれ?
委員長?
そんな俺のわけのわからない顔を見て。
「大丈夫?」
心配している素振りでは無く、変なモノをみる目で。
「委員長の事なら、本人に聞いてよね」
もう良いでしょうとばかりに話を切り上げて、そのまま何時ものグループの所へと去っていった。
その女子の指した男子。
真面目で優等生で友達も多い。
そして……クラス委員長。
それは、俺も認識している。
だけど、ダンジョンで迷子になっている、クラスの女子も委員長だ。
何故か一人の筈の委員長が二人いる。
クラスの人数は? と、数えて見れば。
一人欠席の筈なのに、全員居る。
数が合わない筈なのに……合っている。
おかしい。
俺が?
まわりが?
たぶんその両方だ。
これは、考えなくてもわかった。
とてもマズイ事に為っている。
カードの影響か?
そうなのだろう。
そもそもが不思議なのだから、その力が迷子の方の委員長を起点にして現実世界も侵食し始めた?
早く、委員長を連れ戻さねば。
変わり切ってしまう前にでないと、戻れなくなる。
いや、それ以前に……俺が思い出せ無くなるかも知れない。
現に今、委員長と言えばアイツだと、頭では認識している。
クラスメイトのその男子を見ながら。
「急がないと俺が覚えていられる、そのうちになんとしなければ」
声に出して呟いた。
まるで脳に記憶を刻み込む為の様に。
放課後。
急いで家に返り、ダンジョンカードの箱を取り。
制服の上だけ、夏服のシャツと下のティーシャツを着替えた。
何時もの薄い夏用のパーカーを羽織る。
そして、兄の部屋に寄り鞄を拝借。
今回は少しだけ大きめのDバック。
趣味は相変わらずだが機能製は良い、モノは高いのだ。
どうせ高いお金を出すのならもう少し考えれば良いのに。
お姉ちゃんに相談すればお洒落なのを選んでくれるのだけど、と言っても仕方無いか、それも含めてヤッパリ兄だ。
背中に背負った趣味の悪いモノが気になってしょうがない。
「また、委員長に笑われそうだ」
兄の部屋の姿見にチラリと映った自分に呟いてしまった。
さっさと駄菓子屋に行こう。
クラスメイトの誰にも会わない様に、そう祈りながら。
そして駄菓子屋からカードの中へ。
出たそこは街中だった。
今回はダンジョンカード、その名とは裏腹な世界。
大勢の人が行き交う噴水の在る広場。
猫と鎧君が浮いてしまっている。
石畳の地面に、石と木とレンガで造られた建物。
そして、格好は古臭いが質素で小綺麗な服を着た人間。
絵本の中の中世ヨーロッパ風……それも歴史の授業で習った中世初期の感じに思われる。
だが現実世界とはかけ離れていた、それはわかる。
何よりも臭いだ。
授業で先生が言っていた、この時代のヨーロッパはとにかく臭いのだと。
下水道が整備されず、人々は糞尿を町中に垂れ流す。
その頃の日本はその糞尿を肥料として管理していたので臭いも無いが、ヨーロッパではそれも無くただ臭い。
もっと古く古代ギリシャでは下水道が存在したのに、時代が逆行しているのが中世ヨーロッパなのだと暑苦しく語られた記憶がある。
やはり、造られた異世界なのだと再認識してしまう。
だが、人が居ると言う事は話も出来る筈だ。
委員長を探すには都合が良い。
もちろん言葉が通じればだが、それはそんなに心配はしていない、所詮はゲームの世界だし言語が違うと為れば根本が崩れる。
こんな違和感だらけの世界をわざわざ造ったのだ、それくらいは簡単だろうし。
ただ、ほんの少しだけ俺に勇気が必要なだけだ。
造られたとはいえ、見た目は完全な人間で……そして大人だ。
子供も見掛けるけど、それは聞くだけ無駄だろう。
ヤッパリ話し掛けるなら大人で無いと、聞きたい情報は得られないと思う……けど。
けど……。
「少し……歩いて様子を見ようか?」
猫と鎧君を交互に見た。
「様子を見るのは良いのですが……」
鎧君が言い澱む。
「魔物は……居ますよね?」
「居るだろう」
猫がチラリと俺を見る。
「今回は街がスタートなだけで、外に出れば……」
首を巡らせて、もう一度、街を、人を見る。
街のど真ん中、出られるであろう街の端は、そこから見付けられない。
行き交う人々の顔はただにこやかだ。
「そんな危険な魔物が側に居るにしては……平和過ぎませんか?」
今、チラリとよぎった微かな不安を鎧君が、先に口にした。
「魔物が居なければ、ボスも居ないって事だぜ」
猫が鎧君に詰め寄る。
「もしそうなら、ここから出られないじゃないか!」
俺の不安を猫が倍増させる。
「とにかく……少し様子を見よう」
二人の間に入るフリをして、自分に言い聞かせていた。
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