第27話 吸血鬼


 走りに走った。

 後半はヨタヨタで、何度も階段を踏み外しそうに為りながらに気力で持たせて。

 外の大コウモリはこちらに気付いているのだが、牽制か? ただ近付いては飛びすさるだけで襲っては来ない。

 だが、休ませる気は毛頭無いようだ。

 常にプレッシャーを掛けて来ている。

 

 「見えた! 最上階だ」

 先に走っている猫の声だけが聞こえて来た。

 「登り切ってしまえばココには窓は無いようだ、大コウモリも入っては来れない筈だ」


 後少しか……。

 這うように登る。


 「でも……ココ、何もないぞ」

 

 「どう言う事だ?」

 切れ切れの声、先に居る猫に届いたかどうか?


 「ただの閉鎖された空間に、真ん中に空っぽの……棺桶? かな、そんなのが有るだけだ」


 「空っぽ?」


 「どう思う?」

 誰に聞いたんだ?

 

 「わかりませんね?」

 鎧君にか……。


 と、突然に階段が終わった。

 登り切ったのか? と回りを見れば。

 猫も鎧君も居ない。

 そして開けたソコは大きく窓が対角線上に四つあいている。

 

 「でも、ここより上には行けそう無いですから……ココなんでしょうね」

 鎧君の声が聞こえる。

 

 何処だ?

 

 そんな俺に声が飛んで来る。

 「こっちだ」

 猫だ。

 「大丈夫なのか?」

 今、登ってきた階段の反対側にまだ登り階段が見えた。

 壁に沿って、段だけが登っている。

 今までは両壁が有ったがその階段には片壁が無かった。

 そこの中段から猫がこちらを見ている。


 ここは踊り場か。

 あと一階層で終わりだ。

 そう言い聞かせたのだが、一度もう終わったと安心した体は動かす事が出来なかった。

 その場にへたり込む。


 「おいおい」

 猫が降りてきて。

 「ちょっと手を貸せ」

 大きな声で叫ぶ。


 「んんん?」

 猫に呼ばれたと理解した鎧君も降りてくる。


 二人に両脇を抱えられてどうにか立ち上がれた。

 主に鎧君にだが、猫は流石に小さすぎて支えにならない。


 


 「情けない」

 猫の一言。


 俺はそれに反論出来ずに苦笑い。

 そして、今居る場所の確認。

 ココはさっきの所から登りきった最上階。


 確かに何も無い。

 蓋が斜めに開けられた棺桶が部屋の真ん中にポツンと在るだけ。

 震える脚で空の棺桶を覗く。


 黒光の外装に、綺麗な目の覚める様な赤い色の柔らかい内張りがされている、豪華な造りだ。

 少し……違和感が感じられた。

 何かが引っ掛かる。

 蓋に手を掛けて動かしてみる。

 結構な重さだ。

 黒光りの蓋に情けない俺の踏ん張る顔が映り込んでいた。

 蓋の重さのせいじゃない、階段のせいだ。

 その自分の顔に言い訳をするのだが……それでも不甲斐ない事にはかわり無い。

 溜め息が出る。

 その吐いた息で黒光りの鏡面が白く曇る。

 

 「あまり汚い手で触らないで欲しいな」

 突然の背後からの声。


 振り向けば、そこに一人の妙に色白の男。

 赤い裏地の覗く黒いマントに、古臭い黒い背広? ネクタイは紐タイ。


 猫と鎧君も即座に反応した。

 「何者!」これは猫。

 「誰?」これは鎧君。

 そして二人は何時もの臨戦態勢に入る。

 鎧君が前に出て盾を構え、猫が後ろで弓を構える。


 「吸血鬼ですよね」

 一呼吸置いて、俺のポケットから這い出したランプちゃん。


 それに頷いた男。

 ニヤリと牙の見える笑顔で答える。

 「いかにも」


 「ボスだな」

 聞くまでもない、確定だろう。


 「今のだけどね」

 吸血鬼は大層にお辞儀をする。


 だが、その答えに疑問が付いた。

 「今の?」


 「そう今の」


 「前が居るのか?」

 今が有るなら前も有る筈。


 「先代は、わけのわからない女の子が倒していったよ」


 女の子?

 「委員長か?」

 多分そうなんだろう、この世界に女の子なんて他に居るとも思えない。


 「さあ、何者かは聞いていないな」


 「話したのか?」


 「少しね」

苦笑いの吸血鬼。


今の所は直ぐ様、襲って来る気配はない。

 「どんな話を?」

 相手の意図がわからない。

 こいつも話せばわかるヤツなのか?

 

 「変なお伽噺を聞かされた」

 

 どんな話をしたんだ? 委員長は。

 まあ、自分の意見を交えて一方的に喋り倒したのだろうけど。

 「で、今……その委員長は何処に?」

 幾つか有る本題の一つ、その中でも最重要課題だろう事。


 何も答えずただ首を振る吸血鬼。


 「先代のボスを倒したんだろう?」

 どうやってかは、考えない。

 どうせ思い込みの御都合主義であっさり俺ツエーだろうし。

 

 「そう、私の父をアッサリとね」

 

 父親?

 肉親を殺されたわりには怒りの感情が見えない。


 「……」

 やはりわからない。

 感情は有るようだが。

 幾つかの負の感情、そのどれかを見せても良い筈なのに。

 どちらかと言えば、その逆の感情。

 少し、喜んでいる様にも見える。


 「ああ……父の事は恨んではいないよ」


 俺の息吹かし無表情を読んでか?


 「どうにも邪魔だったものでね」

 

 「ボスに成りたかったのか?」


 「そう言うわけでは無いんだけどね」


 ただ嫌いなだけか?

 それも死んで喜ぶ程に。


 「まあ、貴方の家族の事は良くわからないが……恨みも無いのなら、カードをくれないか?」

 

 ニイっと笑う。

 「恨みは無いけど、やはり家族を殺されてはね」


 「殺したのは委員長で、俺達じゃない」

 

 「そう……父はね」


 その含みはなんだ?


 「君達は、私の妻を殺した」

 

 「妻?」

 吸血鬼の奥さん? この世界でソレらしいのを倒したか?

 

 「わかってないか……」


 俺も猫も鎧君もランプちゃんも、フクロウまでそれぞれの顔を見る。

 誰も覚えがない、わからない……そんな顔で。


 「いや、いいんだよ」

 そのままニコニコと続けて。

 「妻に対しては愛情も何も無いし」

 手を前で振り。

 「どちらかと言えば憎しみは有ったな、邪魔だったんだ……鬱陶しかった」


 「それは……良かったと言うべきなのか?」


 「ああ、有難い事だ……正直、父にも妻にも勝てなかったからね」

 ため息一つ。

 「レベルが違い過ぎた」


 「チャレンジはしたんんだ」

 俺も笑みで返した。


 「まさか、そんな無謀な事はしないよ」

 大仰に驚いて見せて。

 「いつか、こんな日が来ないかとジッと堪えていただけさ」


 「そうか……他力本願が叶ったわけだ」

 俺も、合わせて大仰に頷いてやる。

 「なら、もう戦わないでもいいのでは?」


 「そうはいかない」

 俺達を指で指し。

 「君達は妻を殺したのだから」


 「死んで欲しかったのだろう?」

 そして首を振る。

 「それに、俺達には覚えがない事だ……勘違いじゃ無いのか?」


 「うーん、最初の質問には頷いておくよ、まあ今までの会話でそれもわかっているのだろうけど」

 そして目の奥に光が宿り始める。

 「二つ目は……ついいましがたの事だよ、この塔に繋がる橋の上での事」


 「コウモリには襲われたが、それだけだ」


 「そう君達は返り討ちにした」


 ……。

 「大コウモリか?」


 「正解、それが妻だ」

 牙を見せて笑った。

 「そして戦う理由だが……それは面子だ」

 前に出した右手に、赤い霧が現れて形を成していき、身長程も有る長剣に成った。

 「面子は大事だ、それは命よりも重いものだ……何が有ってもそれだけは譲れるものじゃない」

 そう言い終わらないうちに、俺に向かって瞬時に飛び付き剣を横殴り。

 距離にして二・三十っ歩程を瞬きする間に詰め寄った。


 それを間一髪避ける。

 動かない脚に、腰が砕けたが本当のところだが。


 避け切ったその横に、鎧君がスキップで盾を押し当てる。


 成る程、これは同じ種類のスキルか。

 吸血鬼と鎧君を見比べて。


 その鎧君はもう一度スキップ。


 吸血鬼の方は盾に弾かれ横に飛んだ。

 飛ばされたでは無く、自分で飛んだ様だ綺麗に着地する。


 「速いぞ!」

 自分と仲間達に忠告だ。


 「速さだけではないぞ」

 長剣を構えて余裕の笑み。

 全身が赤い霧に変わって薄くなる。


 それが俺のすぐ横で現れ始めた。


 「猫の忍術と一緒か!」

 俺も後方に飛びすさる。

 気持ちではそうなのだが、はたからみれば転がった様にしか見えないだろう。

 だが、少しづつでは有るが息も整いつつある。


 吸血鬼が完全に移動する、その前に猫が間に忍術で移動してきた。

 

 吸血鬼の横に振られる長剣。

 猫の真っ直ぐに突かれる細剣。

 お互いが当たる寸前で、また霧と煙に成って避けた。


 部屋の端と端に別れて現れる。

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