第3話 スライムとカード


 カラフルなスライムが地面を這ってうごめいている。

 ランプの明かりで半透明な身体から光が反射して動く度にキラキラと瞬いていた。

 綺麗と言うか、可愛いと言うか……そんな感じだと見ていると。


 その見ていたスライムを委員長が踏んづけた。

 プチっと。


 「うわ! 何を!」

 思わず声が出る。


 その声に小首を傾げて。

 「スライムって、モンスターよね?」

 そう言いながらに今度は蹴飛ばした。

 「魔物は倒すんじゃ無いの? そう言うモノでしょ?」


 「イヤ……良い魔物も居るかも知れないじゃないか」

 そう言って止めようとするのだが。

 「倒すのは確かめてからの方が……」


 それを一言で一蹴。

 「面倒臭い!」

 また、踏んだ。

 「この……プチって感じ、癖に成るかも」

 そう言いながら、嬉々ととして踏ん付けて行く。


 クッキーのカンカンの上蓋の裏に着いているプチプチを潰すその感覚なのだろうか。

 わかる気もするが……。

 ……。

 イヤ、わからない!

 スライムは生きているのだぞ!

 多分……動いているのだから、生きている筈だ。

 それを無闇に殺すのはヤッパリ駄目だ。

 何の危害も加えてこないのに、それを一方的には絶対に違うと思う。

 

 それを声に出して咎めようとした時に、地面にカードを見付けた。

 そして、俺の怒鳴り声は「カード!」と、なってしまった。

 目に入ったモノに引きずられたのだ。

 

 驚いて振り向く委員長。

 スライムを潰した足を上げる。


 違う、そうじゃないともう一度口を開こうとした時、委員長の足の下からもカードが出てきた。

 今、潰されたスライムがハジケて煙に成りそして……。

 「スライムがカードに成った……」


 足下のカードを手に取る委員長。

 それを、ジッと見て。

 「フクロウ?」


 俺も、見付けていた別のカードを拾う。

 「猫……」

 

 俺と委員長、顔を見合わせてお互いのカードを見る……そして、自分の持つカードに目を落とす。

 

 「これは、ヤッパリ……」

 委員長が発した。

 

 俺は、ランプちゃんを見る。

 「だと……思うよ」

 と、今一度、委員長に向き直れば、そのカードを額に当てていた。


 当てられたカードから煙が出て来て、フクロウに成る。

 予想に反して、そのサイズが小さすぎる気がする、手のひらサイズだ。

 目の前に出した委員長の手に、パタパタと羽ばたき、そのまま乗っかった。

 「あら、可愛い」

 

 うん可愛い。

 茶色と黒の斑の羽毛に包まれて腹の一部と翼の裏が白い、クリクリの金色の目玉に、頭に耳飾りの様な羽が2つ飛び出している。

 その羽が、動物の耳の様にピコピコと動き、首がグルグルと回って辺りを確認している様だ。

  

 「ねえ、あなたは何が出来るの?」

 委員長の声が今までで一番優しそうに聞こえた、この子を気に入った様だ。


 その問いに。

 「ほー……」と、答えるフクロウ。

 そして、おもむろに右の羽根を俺に向ける。


 ん?

 少し驚いた。

 こちらの方角に何か有るのか? と、身体をずらして後ろを見る。

 何も無い。

 洞窟の壁が見えるだけ。

 その奥か、壁の向こうか? と、ウロウロ……。


 「もう、いいわ」

 諦めたような委員長の声。

 

 それに振り向いて。

 「何か分かった?」


 「あなた……私の後ろに来て、フクロウを見ながら」


 言われた通りに動く。

 フクロウの指差す羽根も……俺に続いて動く………。

 ジーっと見詰めるつぶらな瞳もそのままに。

 「なに?」


 「ヤッパリ」

 目を伏せ、首を降りながら。

 「あなたを指しているようね」

 

 「何の為に?」


 「迷子に為らない為じゃないの?」

 ため息一つ。

 「まあ……可愛いからいいわ」

 

 その言い様は……コイツも役立たずとの判断か。

 「出口の方は?」

 指示だしの仕方が悪かったのでは? と、淡い期待を込めての一言。

 

 しかし、つぶらな瞳を俺から切る事もなく、キョトンとしている。


 「私の言う事しか聞かないのかしら」

 手乗りフクロウを見ながら。

 「出口を教えて?」

 

 「ほう……」

 そう、ひと鳴きして一度下げた翼を、俺に指す。


 やはり、どう動いても俺に付いて来る羽根先と視線。

 ……。

 役立たずだ……。


 ふと、目線を下げる。

 手の中の猫のカード。

 これも、期待出来そうに無いんだろうなと、見詰めていれば。


 「それも、出してみてよ」

 委員長の催促が来た。


 ユックリと額に当てる。

 目の前に子猫がストンと落ちた。


 「可愛い……」

 

 委員長の漏らした声に、俺も同意する。

 確かに可愛い。

 白と黒のハチワレ猫だ。

 

 その子猫、ニャと鳴いて俺の足にまとわり付いてくる。


 「この子は何が出来るのかしら?」


 たいした期待はしていないが……一応は聞いてみる。

 「出口は……わかる?」


 「ニヤ」とヒト鳴きした子猫、尻尾をピンと真っ直ぐに立てて、スタスタと歩き出す。

 委員長の勘で決めたその方角の方へ。

 

 それを呆然と見送る二人。


 そんな二人に対して子猫、立ち止まり、振り向き……早く来い! とばかりにもうヒト鳴き「ニヤ」


 慌てて後を追う。


 「わかるのね!」そんな委員長の呟き。

 残念な可愛いだけのコ以外も出てくるんだ! そんな驚きのニュアンスも含まれている様にも聞こえる。

 そう聞こえたのは、俺もそう思ったからだけど。


 委員長が子猫に並び立った時。

 その顔を見上げて「ニヤ」

 

 「ガイド、よろしくね」とニコリと笑い、返事を返す。

 

 それを後ろから見ていたのだが、少し違和感が有る様な気がした。

 子猫の口許が、イヤらしく上がった様な……。

 

 「なにしてんの! 置いていくわよ」

 そんな事を考えて立ち止まってしまっていた様だ、委員長に即される。


 気のせいか?

 暗いし、ランプの揺らぎでそう見えたのかと思い直して、小走りに距離を縮めて着いていった。

 





 スキップをするような感じで軽快に歩く子猫。

 その後に着いて行くのだが……。

 行けども行けども、変わらない景色。

 途中、幾つかの角を曲がったのだが、その度に期待は裏切られての四方を土の壁に囲まれた洞窟の中。

 出口は一向に見えてこない。


 「まだなのかな?」思わず溜め息と共に漏れる声。


 「まだみたいね」素っ気ない委員長の返事。

 その手には数枚のカード。

 

 道中、スライムを見付けては、1人騒いで踏ん付けて……。

 時折出るカードに歓喜して……。

 この小旅行を、明らかに楽しんでいた。

 出口に対する不安は微塵も無いようだ。


 その姿を見ていると、なんだか余計にイライラする。

 早く、ここから出たいと無性に思う。


 これは、男と女の気質の差なのだろうか?

 それとも、ただ単に俺と委員長の性格の差かも知れない。


 「ねえ見て」そんな委員長、俺の前にニコニコ顔でカードを差し出し。

 「こんなに増えた」


 「ホントだね……」


 「チョト……ナニその素っ気ない返事は」

  グイっと差し出し1枚1枚を確認させる様に提示して。

 「犬でしょ……猿でしょ……蜂でしょ……」


 「キジじゃ無くて蜂?」

 

 「なに?」

 

 「……イエ……続けて下さい」

 桃太郎を想像してしまったけど……もう今の時点で猫もフクロウ……違う。

 それどころか……。

 チラリと上を見て。

 妖精なんて……。


 「……猫でしょ、猫でしょ……」

 と、委員長……よそ見をした俺の胸をつつき。 

 「聞いてるの?」


 「ああ……ハイ」

 慌てて向き直り。

 「アトは?」


 少し押し黙った委員長。

 「アトは、猫ばかりよ!」

 そう言って、カードを上に向かってぶちまけた。

 

 面白く無いらしい。

 確かに、小動物ばかり増えても仕方無い。

 そして、猫だらけになったところで何も変化は無いだろう。

 さっきまでの楽しそうにしていたのは、ただの退屈凌ぎか?

 イヤ……無理矢理の空元気だったのかも知れない。

 委員長も女の子だ、今のこの状況を不安に感じていたのだろう……それを誤魔化そうとした振る舞い?


 委員長の回りをヒラヒラと舞うカード。

 その足元に居た子猫が上を向いて「ニヤ」と鳴く。

 その鳴いた子猫の額に1枚のカードが乗っかった。

 猫のカード。


 「あ!」

 思わず声が出る。

 もう一匹、猫が出るのか?

 カードで出たモノでも額に当てればそれを出せるのか?

 

 が、違った。

 委員長の足元の子猫が、少し大きく成った。

 成長したようだ、一瞬で。

 ほんの少しだけど……今はもう、子猫ではなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る