第六話

「宜しいのですか、殿下?つい先日まで只の学友だった女を、この様な場所に通してしまって?」


陛下がリガトーニ父娘を呼び出し、俺はインパクトのある出迎えの後、ティーナを王族のプライベート空間に連れ込んでいた。

連れ込む、とか言葉のチョイスを間違った感があるが、彼女からすれば拒否権は無いので、あながち間違いでは無いのが何とも。


「他人が入らない場所ってのが意外と少ないんだよ、宮殿は。此処は人の出入りが規制されているからな。俺達二人と執事しか此処には居ない。気にせず普段の口調で構わないんだぞ?」


まあ、此処だってバルやリオンなんかは俺の許可無く入って来るしな。

流石に使用人に話は通してるみたいだけど。

おかげで、基本的に王族しか相手にしていないメイド達なんかには人気だったりする。


「はぁ⋯⋯。此処まで連れて来られて、その対応はあんまりだよ。ボクじゃ無かったら、怒るかキミに対して愛想尽かしているかだよ?解ってるのかな?」

「そうそう、その態度。いやー、ティーナが居るって実感するわー」


実際、気楽で有難い。

気を遣わなくて良い女性は少ないからな。

まるで実家の様な安心感。

あ、此処(王宮)実家だわ。

凄いぞティーナ、実家以上の安心感!

不穏な視線を向けられているが、こんな阿保な事を考えているので、当然の流れだと思う。


ある意味本題の、水出し紅茶は気に入ってもらえたので良かった。

流石に水だって腐るから、品質の良い水を近場で探すのに苦労したからなあ。同じ水でも種類の違いで茶葉の力を引き出せるかどうかの差が出る、とか聞いたりもしていたから不安だったんだよな。

後はお茶菓子。

隣国で大人気の品のレシピを入手している。『裏』の皆様、どうして真っ先に此れを押さえたのか、後で質問に参ります。

まあ、レシピさえ手に入ってしまえば、俺が再現出来る訳なんだが。


「まあ、難しい話は後日だな。今日は俺がティーナをもてなす日なんだからな」

「聞いてないんだけど?」

「サプライズだからな」

「サプライズって便利な言葉だよ、本当に。言い換えると、説明不足、ってだけなんだからね?」

「心外だな。後ろめたい事があるから、そんな考えになるんだぞ?」

「こっちは亡命者だってコト!それだけで色々あるんだからね!」


話が隣国絡みになって来たので、話を戻そうとするが、亡命かあ⋯⋯。

調査によれば、ティーナはクーデターが発生して、すぐにうちの国に逃げ込んでいる。

クーデター発生時、ほぼお隣さんのステリーネ男爵の次男との婚約が成っていたが、その次男は中央勤めで王族を守らんと奮戦するも戦死。

残り少ない中央での任期を務めた後に、正式に結婚して、領地経営の予定だった。その為に、先んじてステリーネ男爵領に入っていた訳だが⋯⋯。リガトーニ子爵とは仲が良かったみたいだし、頼り易かったんだろうな。

ちなみに長男は格上のお嬢さんに貰われていっている。

国境だけあって、問題も多いが、だからこそ人材は豊富だし、また、育つ地域との『裏』からの報告だ。


「大体、しがらみが面倒ってのは、王族であるキミの方が解っているだろうに。それも、身に染みて。いきなり陛下から「ちょっと親子で来いや。ダッシュで」なんて命令が届いたら、正直死を覚悟するレベルだよ?」

「ははは。そんな呼び出し方したんだ、 陛下。詳しい説明が無かったら、もう一回亡命したくなるな」

「したくなったよ!ボクだけじゃなく、義父も!何なの、キミら親子!?説明不足が過ぎるんじゃない!?」

「不足が過ぎる、か。中々味のある言い回しだな」

「いい加減にしろ、馬鹿王子!」


軽口を叩きながらも、考えを発展させる。

普通に考えるなら、次男が死んでしまった以上、ティーナの扱いにステリーネ男爵は困った筈だ。

その前は中央の領地無しの貴族の養女だった筈だから、クーデターが発生している最中に帰す訳にもいかない。

かと言って、自らの屋敷に留め置くのも難しい。対外的にもそうだし、家中の感情も有る。

極端な話、自分の与り知らぬ場所で死んでくれるのがベスト。

自分でも、こんな考えが浮かぶなんて最悪だが、見当外れでは無いだろう。

少なくとも、自分が非難される事無く、手放したい。

⋯⋯それで、亡命か。

あくまで俺の想像だが、それこそ「危険だから隣国に逃げなさい、ダッシュで」とか言われて無理矢理出されたんだろうなあ。

本人も訳が解らなかった、と聞いた事があるから、説明不足にも程がある状況だったのだろう。

あ、だから説明不足なのが嫌なのかも。


⋯⋯ちょっと反省しよう。

まあ、態度には出さず、でも反省してるってバレると馬鹿王子としては、違う気がする。

とりあえず、目の前の紅茶飲んで誤魔化そう。

ティーナの視線が痛い。

婚約者に向ける視線じゃないぞ、とも思ったが、マリーナに嫌悪されていた事を思い出して少し凹む。

そういえば、この癖直らないよなあ。

指に髪を巻き付けながら、溜め息を一つ。

せめてもの慰めに、新しい紅茶を頼む。


「どうした?俺の顔に何か付いているのか?」


ティーナの眼差しに負けて、話題を向けてみる。


「軽薄とか、浅慮とか。そういったのが、隠しようも無く、滲み出ているよ」


何も言い返せない。最近、自分が本当に馬鹿になったんじゃないかと不安で堪らないからなあ。


「そうか。溢れ出ていなければ、良い事にしてしまおう」


本気でそう考えてしまうくらい、最近の俺は駄目駄目だ。


「だーかーらー、どうしてキミは、この罵詈雑言を受け入れているのかな!?おかしいよね!?」

「ティーナの言葉だからな」


うん、これは自分でもストンときた。

明らかに自分の説明不足という非があるし、ティーナの言葉には俺を気遣う響きもある。

受け入れ易い。


むしろ、嬉しい。


そんな想いで、新しい紅茶を口に運ぶと、先程よりも美味しく感じられた。

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