[5]

 日村はセダンをコインパーキングから出した。岸元は携帯端末で岡田に千歳警察署に来るように伝言メッセージを入れる。真っ暗な路地を走って5分ほどで川沿いに建つ千歳警察署に到着する。2人はひとまず警察署の2階にある刑事部屋に入った。高岡の身柄を抑えた刑事一課の刑事である神前から事情を聴いた。

「自衛隊員を保護した、ということですが」岸元は言った。「隊員の氏名は?」

「名前はええっと・・・高岡弘毅」

 神崎は手元の書類を見ながら言った。

「千歳基地の整備小隊で働いてるっていうんだけど、間違いない?」

 岸元は以前にその名前を聞いたことを思い出しながら答えた。

「ええ。彼に何があったんですか?」

「30分ぐらい前にここに駆け込んできて、同じ車に路上で何度も轢かれそうになったと訴えてます。自分がその理由を聞いても、ずっと『殺される』『殺される』って呟いてばかりで」

「彼を轢こうとした相手は?」

「ナンバープレートも車種もよく見てないから分らんようです。心当たりもないと」

 日村は木で鼻をくくるような口調で言った。

「車で撥ねるっていうのは、最もポピュラーな暗殺方法ですがね」

「暗殺?」

 耳聡い神崎は日村を一瞥する。

「あまり不用意なことは口にしないように」

 岸元は日村をたしなめてから神崎に空いている部屋を借りる。20分ぐらい経った頃、岡田が現れた。真夜中にも関わらず、まだ寝ていなかったような雰囲気で制服をきっちりと着こなしていた。岸元は岡田に訊ねた。

「篠崎・一尉がオホーツク海に失踪した件で、高岡弘毅とかいう名前をどこかで聞いた気がするんだ。思い出せるか?」

「整備小隊で三雲・二尉が乗ってた《イーグル》の兵装担当アーミングです」

「ちなみに、高岡の直属の上官は?」日村は言った。

「安土啓介・一曹です」

 岸元は神崎に高岡の面会を求めた。神崎に案内された会議室で高岡は独りで待っていた。暖房が入った部屋は少し汗ばむぐらいだったが、高岡はぶるぶる震えていた。顔や着ている服のあちこちが雪や泥で汚れている。

「北空(北部航空方面隊)で法務官を勤めている岸元です。何があった?」

「・・・」

「君が正直に話さないなら、私や警察はどうすることも出来ない。ねえ、神崎警部?」

「まあ、そうですな」

「ならば、君を外にほっぽり出すしかないだろう」

 高岡は急に喚きだした。

「嫌だ、嫌だ、俺は死にたくない!」

「だったら、思い当たる節を全部話すことだ」

「お、俺は班長の言う通りにしただけなんですよ」

 岸元は会議室に居残ろうとする神崎をどうにか追い出した後、高岡の向かいにあるパイプ椅子に腰を下ろした。岡田は岸元の左隣に座り、メモを取るためにノートPCを広げる。日村は会議室の入口で壁に寄りかかった。コートの内側でICレコーダーのスイッチを押した。

「これからは物事を正確に言うんだ」岸元は言った。「まず君の班長というのは?」

「安土・一曹です」

「よし。なら君は安土に言われて何をしたんだ?」

「あの日・・・《シン》さんがスクランブルから帰ってこなかった日です。《ミッツ》さんだけが基地に帰ってきました。《ミッツ》さんは《イーグル》から飛び降りたら、班長に掴みかかりました。俺がポカしたのはバレてて・・・」

「話を切ってすみません」

 日村は高岡に言った。

「貴官がミスしたというのは何です?」

 本人の代わりに岡田が説明した。三雲・二尉が搭乗したF-15で赤外線追尾式ミサイルの1発が安全ピンの抜き忘れによって発射できなかった。安全ピンを抜き忘れた張本人が高岡だった。岸元は相手を促した。

「話を続けて」

「班長は俺があることをすれば、ポカは帳消しにしてやるって言いました」

「あること?」

「基地の外から第201飛行隊にい・まる・いちの司令部に電話をかけて、班長の作文を読み上げろと。俺だとバレないように口調を抑えて・・・基地で何回か練習させられました」

「その後は?」

「班長に隣町まで車で連れて行かれて、公民館の前にあった公衆電話から第201飛行隊にい・まる・いちに電話しました」

「君が電話してる間、安土はどうしてた?」

「運転席からずっと俺を睨んでました。俺が作文を読まなかったり、電話で俺だとバレたりしたら殺すと脅してきて・・・本気で殺されると思いました」

 日村は首を横に振った。

「ひどい話ですね」

「その安土さんが書いた作文っていうのは、どんな内容だった?」岸元は言った。

「何だか変な内容でした。《ミッツ》さんが《シン》さんをミサイルで海に撃ち落としたとかどうとか・・・」

 岸元は脳裏にタレ込みの内容を思い出していた。証言との食い違いは感じられない。

「たしかに基地に帰ってきた《ミッツ》さんの《イーグル》は機関銃やミサイルを使ってましたけど、あれは敵味方識別不明機アンノウンに対して使ったんですよね。そうでしょう?」

 岸元は高岡の疑問に答えなかった。

「君は班長の作文を読んで変だと思った。それを班長に言わなかったのか」

「そ、そんなの言ったところで殴られるだけです」

「班長は君に作文を読ませる理由を他に言ったか?君のミスを帳消しにする以外に」

 高岡は憔悴しきった表情で言った。

「言ってたかもしれないですけど、覚えてません・・・」

 その後は日村が高岡にいくつか質問した。エゴロフの顔写真には何も言わなかったが、五十嵐茉優に関してはスナック「絵麻」のホステスと認識しており、以前から安土がこの女に入れ込んでいたと証言した。2人そろって5日間も行方不明になっていることは知らず、行先に心当たりはないという。

 岸元は低い声で告げる。

「君はしばらくここにいた方がいい。刑事さんに保護するよう伝えておくよ」

 3人は会議室を出る。岡田は胸をなで下ろしたような口調で言った。

「これで三雲・二尉の冤罪がはれるでしょう」

 岸元はうなづいた。

「安土を早く見つけないとな。どうして三雲を陥れるようなタレ込みをしたのか。その動機を知りたい。2人の仲は特に問題なかったっていう話もあるようだし」

 日村は不敵な笑みを浮かべた。

「ハメられたのは、安土かも知れませんね」

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