[2]
ヘルメットに仕込まれたイヤレシーバーから耳障りな警告が短く鳴った。
グレンヴィルは右腕につけた腕時計を一瞥した。母艦を発艦してから1時間15分は経過している。計器パネルの中央部に設置されているディスプレイがグリーンに光っている。衛星通信によるデータ・リンクが作動し始めた。
クソッ。グレンヴィルは胸の裡で罵った。どうやらマジでジョーカーを引いたらしい。
「特別緊急通信―
発信者―太平洋艦隊司令
受信者―マーク・グレンヴィル少佐
発信者通信コード 8001001
受信者通信コード 8234378
迎撃要請。
グレンヴィルは後部座席のホッジスに言った。
「見たか?」
《No.3を使うんですね》
ホッジスはレーダーコンソールのスイッチを切り替えた。
迎撃方式No.3は超長距離にある飛行目標に対して攻撃する方法だった。《スーパーホーネット》は自機のAPG73レーダーを切り、機体内のコンピュータと北太平洋上十万メートルで周回軌道に乗っている通信衛星のコンピュータを同調させる。これにより通信衛星がレーダーでキャッチしている目標の位置が《スーパーホーネット》に搭載されている中射程ミサイル「アムラーム」にインプットされる。
「アムラーム」のミサイルベッドとなる《スーパーホーネット》はいま国際空域のちょうど真ん中を飛行している。米露のレーダーで空白になっている地点だった。母艦「ロナルド・レーガン」の艦載レーダーも2人を捉えることは出来ない。グレンヴィルは操縦桿を中立に保ちながら言った。
「目標を捉えたか?」
《もうちょっとです》
レーダースクリーンは軍事衛星が発する指令電波に完全に同調していた。ホッジスが眺めているディスプレイは衛星のレーダーがこの北太平洋上をスウィープしているものと同じだった。雲や大気の乱れによって生じるクラックがディスプレイ上からフィルターで除去される。次第にディスプレイの中央から、やや右上に
ホッジスは音のしない口笛を吹いた。右手に握ったレーダーコントロールスティックを動かし、ディスプレイ上で四角いコンテナを光点に重ね合わせる。2つのマークが重なった。輝きが一瞬きつくなる。光点の右隣にデータが出る。目標の速度、高度、進行方向。高度1万フィートをゆっくりと飛んでいる。
ヘルメットに電子音が響いた。オーラルトーン。ミサイルが目標を完全に捉えたことを知らせる音だった。
《ロックオン》ホッジスは低い声で答えた。
「セイフティ、解除」
グレンヴィルは操縦桿についている赤いボタンを親指で弾いた。
「行くぜ」
《了解》ホッジスは短く応じた。
「シュート」
グレンヴィルは操縦桿についたトリガーを引き絞った。振動。
「アムラーム」が機体を離れる。続いて後端のカバーをロケットモーターの推進力で吹き飛ばしながら加速を開始した。アクティブレーダーホーミングミサイルである「アムラーム」は飛翔距離の大半を自力慣性航法によって飛び、最終段階はミサイルの弾頭部に搭載しているレーダーで目標を自動追尾しながら飛行を続ける。「アムラーム」から逃げられる航空機はザラにない。「アムラーム」はたちまちマッハ四の最高速度に達した。
《ジーザス》ホッジスは叫んだ。
「どうした?」
《目標が・・・》
ホッジスは眼を見開いた。レーダーコンソール上の光点が2つに分かれている。
《目標が分離した》
「ミサイルが命中するまで、まだ10分はあるぜ。目標が空中分解でもしたのか」
グレンヴィルも眼の前にあるレーダースクリーンに眼を落とした。ホッジスの言う通りだった。ホッジスは早口でまくし立てた。
《目標は2機で飛んでたんです。おそらく上下に重なってたんだと思います。それを衛星のレーダーが解析できなかったんでしょう》
「ミサイルは?」
《手前の目標にロックオンしたまま飛んでます》
「もう1つの目標は?」
《針路を変えて、ロシアに向かってます》
「オレたちが迎撃するように言われたのは、日本に向かって飛行する方だ。ロシアは関係ない。だから、目標は手前の奴だろう」
《ええ》
ホッジスは苦い物を飲み下すように言った。
《スーパーホーネット》は27000フィートの高度を保ったまま飛行を続けている。エンジンは快調に回り続けている。ホッジスは小さい声で言った。
《命中。目標は撃墜されました》
「帰投しよう。仕事は終わった」
グレンヴィルが操縦桿を右に入れかかった時、コクピットに再びデータ・リンクの警報が響いた。グレンヴィルは思わず全身を緊張させた。計器パネル中央のディスプレイがまだグリーンに変わっている。データ・リンクが作動し始めた。
「特別緊急通信―
発信者―太平洋艦隊司令
受信者―マーク・グレンヴィル少佐
発信者通信コード 8001001
受信者通信コード 8234378
貴機、目標の撃墜に失敗。目標は北太平洋上にて針路を変更し、なおも日本に向かっている。直ちに追撃し、日本領空内に目標が入る前に捕捉撃墜せよ。迎撃方法はNo.1。グッドラック。以上」
グレンヴィルは自分が絶望的な状況に追い込まれたことを知った。さっき自分たちが撃墜したのは、別の航空機だったのだ。タイミングが悪かったとしか言いようがない。何故こんな空域に他の航空機が飛行していたのだろうか。ここはレーダーの空白地帯。オレたちの行動をモニタしているのは、米海軍の衛星だけだ。
神は見ておられる。グレンヴィルはそう思った。自分の犯した罪の大きさに胸が張り裂けそうだったが、次の命令はすでに出ている。いずれにせよ、命令には従うしかない。
「目標を追撃する。今度は接近して、自分でレーダー照準することになるぞ」
《了解》
ヘルメットに響くホッジスの声もげっそりしているようだった。
グレンヴィルは左手に握ったスロットルレバーを前に押し出し、アフターバーナーに点火した。《スーパーホーネット》の巨体が空中で加速される。速度計はあっさりマッハ一を突破した。高度26000フィート。緩やかに降下しながら加速する。《ダイアモンドバックス》に所属する2人のパイロットは目標めがけて加速した。
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