[3]

 耳障りな警報がヘルメットの中で響いた。

 グレンヴィルは《スーパーホーネット》の前席で顔をしかめた。後部座席からホッジスは口を開いた。

《レーダー波にキャッチされました》

「ロシアか?」

《ネガティブ。レーダーは米軍の仕様に近いですね》

 ホッジスの答え方は淡々としていた。

日本ジャップ?」

《イエス》

「クソッ」グレンヴィルは罵った。

《IFFで確認を求めているようですが?》

 ホッジスは赤く点滅するランプを一瞥する。

《どうします?》

「こちらは米海軍ですとでも答えるのか?」

 グレンヴィルは頭の中で素早く計算していた。

「アムラーム」はあと3発残っている。目標までの距離は約240キロ。軍事衛星を利用する迎撃方式No.3を使用すれば、現在位置から撃墜を試みるのも不可能ではない。だが、日本のレーダーに捉えられたのは計算外だった。

「《ホークアイ》だな」

 グレンヴィルは空中早期警戒機E-2Cのニックネームを呟いた。

「ホークはオレたちを判別できるだろうか?」

《無理でしょう。IFFが頼りですからね。それにこの辺りは国境の空白地帯です》

 ホッジスはレーダーのモードを切り替えた。《スーパーホーネット》が搭載しているレーダーでは、まだE-2Cをキャッチすることが出来なかった。

「航空自衛隊はどうすると思う?」

《《イーグル》を飛ばすと思いますが、決定までに時間がかかるんじゃないですか。ここは日本の領空というわけでもありませんから》

「そうだな」

 グレンヴィルはしばらく考えこんだ。だが、このまま飛行する間に航空自衛隊に自機の正体が割れないとも限らなかった。

「よし、まず眼を潰そう」

《何ですって?》

 ホッジスは驚いて聞き返した。

「迎撃方式No.3を要請しろ。オレたちはまず《ホークアイ》を撃墜する」グレンヴィルは燃料計に眼を落とした。「同時に目標を攻撃する」

《了解》

 ホッジスは素早く計器パネル上部にあるキーを操作してレーダー管制を自機の管制から人工衛星に切り替えた。レーダースクリーンの映像が変化する。ホッジスの心臓が嫌な音を立てた。

《少佐》

 スクリーンに赤い光点が2つ映っていた。新たに光点がもう1つ表示されている。《ホークアイ》と目標とおぼしきシンボルより、距離はさらに遠い。接近速度は最も大きい。ホッジスはデータを読んだ。

《もう1機、我々に接近してくる航空機があります。高度25000フィートで上昇中。速度はマッハ1・2。目標に比べると小型です》

「戦闘機か?」

《アファーマティブ》

 グレンヴィルは両脚の間に設置されている大型のレーダーディスプレイを一瞥する。ホッジスが言った通りだった。航空自衛隊が飛んで来るにしては早すぎる。グレンヴィルはマスクの中で唇を噛んだ。

《ロシア空軍機でしょうか?》ホッジスの声がわずかに震えていた。

「いや」グレンヴィルは言った。「たぶんジャップだろう。彼らの武器ではオレたちを攻撃することは不可能だろうが、いずれにしても急ごう。あまり時間はない」

《了解》

 ホッジスは「アムラーム」の安全装置を解除する。人工衛星から送られてくる映像から2つに照準を合わせた。2つの四角いシンボルがディスプレイ上を走る。ホッジスはレーダー操作スティックを左右に小刻みに動かして目標を捉えた。四角いシンボルが手前2つの標的に重なり赤く輝いた。

《ロックオン》

「シュート」グレンヴィルは怒鳴る。

 ホッジスは計器パネルの中央にあるローンチ・ボタンを2回押した。30トンに及ぶ大型戦闘機が振動する。機体を離れた「アムラーム」は空中に放り出された。50フィートほど降下したところで、後部カバーが吹っ飛び、ロケットモーターに点火する。二筋の青い排気煙が眼の前をするすると伸びていく。

 グレンヴィルはヘルメットの内側に仕掛けたイヤレシーバーにホッジスが喉を鳴らした音を聞いた。自分もヘッド・アップ・ディスプレイを見ながら、同じように喉を鳴らしていることにまるで気づかなかった。

《ミサイルが》ホッジスが震える声で言った。《ミサイルが》

「どうした?」

《こっちの『アムラーム』が撃ち落とされました。向こうもレーダーホーミングを撃ってきたんですよ》

 ミサイルをミサイルで撃墜するのは不可能ではない。しかし、ガンマンが発射した銃弾を弾丸で撃ち落とすようなものだ。グレンヴィルはうめいた。腰抜けの航空自衛隊にそんな離れ業をやってのけるパイロットがいるとは驚きだった。

《どうするんですか。母艦に帰投するには燃料が足りません》

 いち早くショックから立ち直ったらしいホッジスはレーダー管制士官がよくやるように燃料計のアクリル板を指でコツコツ叩いた。パイロットを苛立させる仕草だった。切迫した事態を知らせるには効果的な方法だった。

 グレンヴィルは燃料計の指針をチェックする。ホッジスの言う通りだった。だが、引き返すつもりはなかった。大股のリストをチェックした後、とっさに嘘を並べる。

「母艦が空中給油機タンカーを飛ばすことになってる。ランデブー地点は―」

 グレンヴィルはもっともらしく聞こえるように注意しながら、デタラメのポイントを告げる。

《でも、オレたちが追いつく頃には目標は日本の領空に入ってるでしょう》ホッジスは言い募った。《まさかIFFを切ったまま飛ぶってことじゃないでしょうね。明らかに領空侵犯ですよ》

「追いつけるさ。何としででも追いつく。燃料の心配はしなくていい。タンカーはすでにこちらに向かってるんだ」

 グレンヴィルはレーダーのモードを切り換える。キャノピー前面に設けられているヘッド・アップ・ディスプレイに光点が映った。コンテナと呼ばれる四角いシンボルを輝点に重ね合わせ、スロットルレバーについている照準ボタンを押し込んだ。

 敵速マッハ1。高度29000フィート。方位角093。1・5Gで上昇中。単機。グレンヴィルは胸の裡で呟いた。

 オレを舐めて無事に済むと思うなよ。一度ならず二度までコケにされた。グレンヴィルの胸に怒りがふつふつと湧き上がる。やがて怒りはタールのようになって腹の底に溜まる。黄色いサルに虚仮にされては黙ってはいられない。

「ホッジス、どうやらお客さんだ。通信妨害ジャミング、用意」

 グレンヴィルはヘルメットにぶら下がっていたマスクを口許で固定する。胸いっぱいに甘酸っぱい液体が詰まっているようだった。戦闘に対する渇きがグレンヴィルの胸を焦がしていた。

通信妨害ジャミング、準備完了》

「よし、開始」

 ホッジスは後部座席で電子戦用のスイッチを立て続けに入れた。

《スーパーホーネット》の機首から妨害電波が発射される。グレンヴィルが眼をすぼめて鋭い視線を暗夜に飛ばす。はるか遠くに何かが輝いて見える。敵機の翼端灯を捉える。

敵機発見タリホー

 グレンヴィルは低く呟いた。増槽タンクを機体から切り離した。

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