第17話 クラスメートを集める

 鳥の鳴き声がうららかにその鈴なる歌声を披露していた。

 澄み切った青空が、家の外に出たアリシアを迎える。

 北方辺境の朝は早い。

「いたた」

 冷たい朝の空気が傷に染みる。

「はぁ」

 だというのに、それ以外はまるで変わりがない。街が一つ滅んでも。誰かが死んでも。

 辺境の日常は事もなし。

 また日々が始まる。気にしていないということはないだろう。隣の街や村が滅んだことは確かに痛ましいことだ。

 中には親戚などがいるかもしれない。親しい友人がいたのかもしれない。

 だが、辺境人はそれでも笑うのだ。笑って、酒を飲んで騒いで、それで日々に帰っていく。

「寒い」

 相変わらずの寒さに肩を震わせながら、アリシアは朝の仕事をする。

 井戸から水を汲んで、朝食の用意をする。今日はいつもと違って、ひとりぶん多いから少し急がなければ。

「ふぁ……早いですね」

 半分瞼が下がっている郡川が家から出てくる。

「やることが多いからね」

「なるほど~」

 ゆるーく返事をして何度か目をしばたかせれてぱちんと頬を叩く。

「手伝うよ」

「良いわよ、別に」

「時間ないんでしょ? 一緒に住まわせてもらってるし、もう少し寝るにしてもあの寝床には戻りにくいし」

 なにせ寝床は一つなのだ。もう一つ用意する余裕など家計的にはない。なによりあれはあれで湯たんぽとしては最上なのである。

 そして、そこには当然のように眠るこの家の主である哲也がいるのだ。

「まあ、おかげで温かかったんだけど、起きちゃうとねぇ」

 流石にまだ乙女。

 男のいる寝床には戻りにくい。高校生にもなって貞淑さを解くというわけではないけれど、仕方ない場合を除いて彼氏でもない相手の寝床に入りに行くのは少々抵抗がある。

 既に一緒に寝た事実があるから、今更なのかもしれないがそこは複雑な乙女心なのだ。恥ずかしいものは恥ずかしい。

 特に日が昇ってしまってはそういうことは本当にやりにくい。それほど性に奔放にはなれない。

「うん、それはまあ、うん……」

「あ、でも一か月くらいは一緒なんだっけアリシアちゃん。それならもう慣れてるし一線超えちゃってるのかなぁ? わたしお邪魔?」

 なんの気なしに転がり込んで居候しているわけだが、もしそうなら流石に別のところに行くくらいの分別は郡川にもある。

 流石に他人の家の情事やらいちゃいちゃっぷりを見せつけられて平静でいられるほど郡川はフラットではない。

「な!? い、一線て!?」

「あ、これまだのやつだ。うーん、甲野君、案外へたれ? まぁ、へたれだよねぇ~。うじうじ悩んだりもしてたし。んー、でも単純にタイプじゃないとかありそう。男の子っておっぱい大きい方がいいもんね」

「うぅ……」

 結構な暴論も混じっていたが、アリシアは顔を赤くするばかりで反論はない。

「反論しないんだ」

「……できる立場にない」

「真面目だねぇ」

 郡川からしてみればアリシアは真面目だ。真面目過ぎると言ってもいい。

 そりゃ過去が追いかけてきたりとか、何かしらの切っ掛けがあればすぐに精神のバランスを崩してしまう。

 わたしみたいにもっとてきとーでいればいいのに、などと郡川は思う。

「あなたは適当すぎると思うわ」

「そうかな? 色々と気にしすぎるよりは良いかなと思うんだけどね~」

「それじゃ、意味ない」

「意味ねぇ。まあ、良いんじゃないかな? それで役に立っていれば、上等だと思うし。はい、水、これで最後でしょ?」

「結局手伝ってたわね」

「二人の方が早いしね」

 それに赤くなってちょっとうろたえていた方が悪い。その隙に水をさっさと汲んでしまえた。

 その辺の耐性がないのに体すら奉げようとするのだから、彼女は真面目に過ぎる。

「もっと気楽に生きられればいいのにね」

「無理でしょ」

「わたしは全部、彼のせいにした。たぶんそれが彼の望みでもあると思うから。わたしは嫌な女だからね。それに、わたしに拒否権がなかったのは事実だから」

「私は、そんなに無責任になれない……私が決めて、私がやったことだから」

「なら潰れないでね。もう甲野君に迷惑かけるのやめてね」

「…………う、うん」

「そこで即答できないのがアリシアちゃんの駄目なところだと思う」

「うぅ……というか、年上なのにアリシアちゃんはやめてよ……」

「だって、ねぇ……」

 年上に見えないのだから仕方ないだろう。

 体は小さいし、メンタルは豆腐だし。

「うん、ちゃん付けは外せないかな」

「はぁ……」

「それよりごはんの準備しないとね」

「わかってるわよ」

 気を取り直して、朝食の用意。一人分増えても特に献立が良くなることはないし、何かが変わるということはないのだけれど。

 できだけ良いものをと作っていく。肉をさばくのは郡川に任せたので、吐くことはなかった。

「ほら、起きて哲也」

「甲野くん、起きないとたいへんだよ」


 ●


「おはよう、二人とも」

 二人の声で俺は目を覚ます。

 もう少し眠りたいと考えなくていいのが、この身体の良いところだろう。昨晩の負傷もなにもかも回復済みで機能は何一つ問題ない。

『おはようございます、マスター』

 ――おはようシーズナル。

 修繕されたテーブルは揺れることはなく、しっかりと朝食のスープたちを載せている。

 椅子に座って俺は考えていたことを切りだす。

「改めてクラスメートを探そうと思う」

「うん、良いんじゃないかなぁ?」

 郡川が即座に賛成する。

「だって、わたしみたいに色々を困っている子多いと思うし」

「やっぱりか?」

「うん。だって異世界だよ? 奴隷だよ? 困らない方が少ないと思うの」

「やっぱりか」

「やっぱりだよ」

「だったらなおさら助けてやらないとな」

 元々の目的に変更はない。むしろ前より積極的に動く必要が出てきた。オリジナルがああなったように、他の奴らも魔王とかにならない可能性はないわけではないのだ。

 むしろ俺のオリジナルが魔王になったのだから、他の奴らは絶対になれる。

「あー、その考えは嫌かなぁ」

「いや、俺の心読んでる風なこと言わないで? それシーズナルの役目だから」

『そんな役割を受注した覚えはありませんが』

 ――いつもやってるでしょ!?

「いや、自分でクラス最下位とか思っているのってすごい嫌味だと思って」

「えぇ……だからなんで読めてるわけ」

「音が教えてくれるの」

「良し分からんが何かわかるわけか」

「なので浮気したら一発でアリシアちゃんにバラします」

「なんで!?」

「お隣のおばさんが言ってたし」

「お隣のおばさんんん!」

「いや、だって言い訳無理だよ? コートにアリシアちゃんのお守りつけてる時点で」

「わ、私はそんなつもり……」

「どんなつもりでもあれ夫婦のお守りだからね」

「辺境に馴染むためのつもりだったのに」

「まあ、おかげでかなり馴染めてるらしいから良いんだけどさ。というわけで、浮気したらバラすね」

 どうやら俺は浮気できなくなったようだ。

 いや、するつもりは一切、欠片もないのだが。

 って話がぶれてる。

「と、とにかく。これからクラスメートを探してあちこち行ったりするから」

「わたしは街でお金稼ぐね、戦えないし」

「じゃあ、私がサポート?」

「頼んだ。めんどいこと全部」

「わかったわ」

「え、マジで? そんな二つ返事で良いの?」

「拒否権ないでしょ」

「はい、アリシアちゃんに拒否権はありませーん。わたしたちの奴隷としてこきつかいまーす」

「いや、待て、なんでわたしたちって郡川も入ってるの?」

「元をたどれば甲野君がああなって、わたしがこうなった原因だから」

「うっ……」

「言わないであげて。アリシアなんだか今にも死にそうな顔だから」

「自殺なんてさせないからぁ」

 怖い、郡川ってこんなやつだったんだ。

「異世界にこなかったらこんな風にはなってないと思うよ?」

 おのれ異世界。

「とりあえず、残り28人だ」

 残り28人のクラスメートを探し出し、無事に元の世界に戻る。

 それが俺の目標だ。

 俺は帰れないだろうけれど、あいつらはこんな異世界から返してやりたい。

「まあ、帰りたくないっていうのもいるかもしれないけれど、まずはみんなで集まらないとねぇ」

 特に、熊谷。

「俺が俺に任されたからな」

 あいつだけは必ず見つけて元の世界に帰す。

 それがオリジナルの俺との約束みたいなものだ。俺が残る代わりに、なんとしても彼女だけは帰してやる。

「それで、郡川は誰がどこにいったか心当たりないか?」

「うーん。わたしも甲野君が連れていかれてすぐに売られたからなぁ。あ、でも斎藤君ならわかるよ」

「斎藤か」

 お調子者で、ゲームアニメ好きのオタクで、俺の友人。異世界に来て最も喜んでいたであろう人物の一人だ。

 あいつなら、きっとどこでも生きていけるに違いない。今頃ハーレム築いていても驚かない。

 あいつはやると言ったらやる男なのだ。

「あいつは、どこに行ったんだ?」

「えーとねぇ……斎藤君、今、魔王やってる」

「は……?」

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