出席番号15番 魔王サイトーはハーレム王の夢を見たか

第18話 魔王サイトーは迷宮の夢を見るか

 北方辺境領域にはいまだ、数多くの神秘が残っている。

 巨人山脈から吹きすさぶ極寒の寝息。

 大地を支配する強大な魔獣たち。

 神々からの恩寵である刻印ミトラス

 フォルモント王国の中でも辺境という領域は人類領域とはその法則性が異なっている。

 迷宮と呼ばれるものもその一つだ。

 どのように生まれるのかはわからないが、その穴倉は、多くの富を生む。鉄などの鉱物資源から、金銀財宝などなど。

 それひとつ持つだけで国として成立するとすら言われていた時代もある。

 迷宮を持つ都市は、迷宮都市と呼ばれ数多くの人類が集まる場所としてフォルモント王国に存在していた。

 迷宮探索者などは、そこにある人々のそのもっともたるものだろう。

 そんな迷宮であるが、二月ほど前に新たな迷宮が発見された。

 そこに都市が築かれた迷宮都市は、おそらくフォルモント王国で今、最も注目を集める迷宮だろう。

 サイートの迷宮。そう呼ばれる迷宮は、その成立からして通常と異なっていたのである。

『我は魔王サイトー。この迷宮を踏破した者には栄光を与えよう』

 そんな宣言とともに迷宮へ入るための迷宮門は生まれた。

 魔王などと名乗ったのだから、それはもう大変だ。幾人もの迷宮探索者、観光客、馬鹿、アホ、兵士たちがこの迷宮に挑んだ。

 だが、結果として誰一人、魔王の下へたどり着けた者はいない。皆、迷宮という存在に返り討ちに遭った。

 しかし、死者は出なかった。

 正確に言えば死んでも生き返ったのである。

 そんな迷宮はありえない。

 だが、このサイートの迷宮は普通とは違う。魔王が作り上げた迷宮だ。

 手に入る資源も富も他とは違う。死んでも生き返る。何度でも挑戦できる。

 そうなればだれもがこの地を訪れるのは当然のことであった。サイートの迷宮を有する、迷宮都市サイート、今、北方辺境領域で、今もっともホットな迷宮都市だった。


 ●


「――郡川が調べたことによればという感じらしいわ」

「うっわぁ……調子乗ってやがるな」

 件のサイートの迷宮がある都市に向かって俺とアリシアは街道を進んでいた。

 その途中、歩きながら斎藤が何かしらやっているという迷宮の話をアリシアから聞いていたわけなのだが。

「あいつ何してんだ……」

 ガチで魔王プレイでも始めたのか。それとも何かしらの目的があるのか判断つかない。

 確かに異世界に来てチートを得たらこんなことをしそうな男ではある。あいつはそういう男だ。

 中学時代からの付き合いだが、修学旅行の時女湯を覗きに行くと言ったら本当に行った。

 あいつはやると言ったらやる男だ。そいつが魔王なんぞやるのならば何かしら大きな計画があるに違いない。

「とにかく行ってみなくちゃわからないわけか」

 それを推測することなんて俺にはできない。

 優秀な魔導サイボーグ――実際はアンドロイドだが言葉が良いのでこのままサイボーグで行く――の演算頭脳はある程度の推論を打ち立てる。

 だが、そこに上がるのは常識的なものばかりだ。俺というフィルターを噛ませてなおそれなのは俺が無理だと断じている部分も少なからず影響しているのかもしれない。

「そうね、急がないとまた何か起きるかわからないものね」

「んじゃ、急ぐか」

「わ、ちょ――担ぐなら言いなさいよ」

「急ぐって言っただろ」

「だからって」

「喋ると舌噛むぞー」

 俺は歩調を早め、全力で駆け抜ける。人目につかないようにシーズナルに風を使って光の反射を誘導してステルスモードにしてもらったから誰かに見られる心配はない。

 そうやって駆け抜ければ日暮れには、件の迷宮都市というやつに辿り着くことが出来た。

 アリシアは吐いた。


 ●


「さて、どうする? このまま行くか?」

「私は、哲也に従うわよ」

「吐きながら言うことじゃないな。まあ、早いにこしたことはないが」

 迷宮都市サイートはかなり発展しているように見えた。少しくらいは見てみた気もある。

 そう思ってセンサーに意識を集中したおかげか。

「さあ、よってらっしゃいみてらっしゃい! そこのお兄さんお姉さんも見ていった見ていった!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 声紋照合はすぐに出る。

「これ、斎藤の声だ」

「え、哲也?」

 思わず声がした方へ駆け出す。人垣ができてるところをかき分けて最前列へ。

 どうやら露天商が商いをしているらしい。なにかしらの商品を手に宣伝をしている。

「こいつは魔王様から売るように言われた死なずの護符さ! こいつがあればこの迷宮じゃ死なねえッ!」

 そうお守りらしきものを手に力説している男。

 そいつは紛れもなく斎藤だった。

「おいおい、魔王から売れって、本当に魔王に会ったのかよ」

「ああ、もちろんさ。だが、魔王は恐ろしいやつさ。なんとか一撃与えたが、ありゃあ駄目! やつが本気なら一睨みで死んじまう!」

 軽妙な語り口はある種の作り話感を与えるが、ここにいる輩はそういうことは気にしないだろう。

 気にするのは、そのお守りの効果だ。

「そこで俺の口八丁手八丁! 魔王様にいかしてもらい、こうやて商売っちゅうわけよ! で、ここでこいつを売れば助けてくれるということさ。さあ、俺を助けると思って買って行っちゃくれねえかね!」

「本当に効果があんのかよ?」

「もちろん気になるだろうさ! そこで、ほれ、このお守りを持たせた猿がいる。こいつを斬ってみてくだせえ」

「よっしゃ、俺が切ってやるぜ!」

 筋骨隆々の男が檻の中にいる猿へ剣を突き入れ切り裂いてみせる。

 生命反応消失。確かに死んだ。しかしその瞬間、お守りが光り輝き、生命反応が復活する。

「お、おおお!」

 沸き立つ群衆。

「さあ、効果はこの通りだ! さあ、買った買った!」

 投げ込まれる銭の輝き。投げ飛ばされるお守りの数々。数分のうちに売り切れて残るのは、何もなくなった露店と銭の山だ。

「いやぁ、大量大量。これだけありゃあハーレムもできるな」

「おい、斎藤」

「うん? 哲也……?」

「おう、俺だ」

「さ、さようならー!」

「逃がすか」

 がしっと逃げようとした斎藤の腕を掴んで引き倒す。

「ぐぇ、なんだこの力!? 俺がいない間にどんなウェブ小説な体験を!? うらやましいぃぃ! 俺にも寄越せよォ!」

「ないわ! てか、おまえなにしてんだおいコラ」

「なにって、商売に決まってんじゃん? ほら俺そういうの得意じゃん? つーわけよ」

「なんの説明にもなってねえよ!」

『馬鹿が増えましたね』

 ――それ俺の事含んでるよね?

『さあ?』

「まあ、久しぶりだな哲也。無事でなによりだ。いの一番に連れていかれたからな。心配してたんだよー」

「いや、無事ってわけじゃないんだけどな」

「は? そういや、なんかかわいい子連れてるな? よし、話聞いてやるからこっち来いよ。俺の店があるんだ」

 そういう斎藤についていくと、サイートの街で一番大きいのではないか? というような店についた。

「ここがお前の店か……?」

「すごいのねぇ……」

「ああ、俺の店だぜ! さ、入った入ったー、おーい、帰った――ぐびゃぁ!?」

 扉を開けた瞬間、一撃が斎藤の顔面を襲った。

 俺は気が付いていたがあえて言わなかったのだが、実は帰ってきたタイミングを見計らって中の女性が攻撃してきたのだ。

 別に死ぬ威力じゃないのはわかっていたので、無視したのだが、どうせまた斎藤が原因に違いない。

 記憶の中の斎藤は、ハーレムだぁ! と言いながらすぐに別の女の子にゾッコンになったりするクズ野郎だからな。

「また別の女の子をお雇いになりましたね、クソご主人様」

 破砕された扉の中から出てきたのは、メイドだった。

 遥か巨人山脈の山頂を染める白雪のような白髪が特徴的な女性。斎藤の好み丸出しの巨乳のメイドさんだ。

 空色に染まった瞳は起こっているのか吊り上がっている。

「だって可愛かったんだもん!」

「可愛いからといっても限度というものがあります、クソご主人様」

「ごはっ――」

 まるでサッカーボールのように容赦なく蹴っ飛ばされて行く斎藤。ごろごろと通りをころがって壁にぶつかって止まる。

「あ、あれ、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないか?」

 一応、スキャンしたが生命活動的には何も問題がない。異世界で二か月も生き延びているのだ、それなりに鍛えているのかチートでも持っているのだろう。

「それで、当館に何か御用でしょうか」

「ああ、そいつ俺の友達なんだよ」

「そうでしたか。クソご主人様の御友人であれば、歓待しないわけにはまいりません。私はメアリ。当館の管理を任されたメイドでございます」

 アニメでしか見ないような優雅な一礼だった。思わず見とれてしまうほど洗練された所作は気品が匂い立つほどである。

「どうだ、すごいじゃろ、俺のメイドたん」

「クソご主人様は喋らないでください。お客様が吸う空気が穢れますので」

「ひどくない!? ねえ、ひどくない!?」

「まあ、おまえ酷いもんな」

「哲也もかよ!? 俺の味方はいないのかァ!」

「今は、全員、各店舗で作業中です。それよりもご主人様、ご友人方とお話があるのでは? このような店先で立たせていては失礼でしょう」

「立たせる原因になったのはオマエだけどな!」

 そんな斎藤の一言も何のその。パーフェクトな所作で、メイドのメアリさんは俺たちを応接室へと案内する。

 お茶を出し、そのまま背後に立つ。忠臣そのものといった風情であるが、一体彼女はなにものなのやらだ。

「はぁ、ようやくだよ。ったく、し、哲也久しぶりだな!」

「久しぶりってか何してるんだよ、おまえ」

「なにって魔王」

「いや、それは知ってる。それがなぜかだ、理由だよ」

「理由なんて決まってるだろ、俺のチートが迷宮作成だからだ」

 俺よりも随分と使えるチートで羨ましい。

 斎藤はチートを使って牢屋から脱走。その後、色々なところを転々としながら、この世界のことを知ったらしい。

「完璧な異世界、しかもなんかわりと発展してたから知識チートとか無理だと思ったから辺境に来たんだよ。迷宮とか設置するなら辺境だろ? で、それで稼ぐいい商売を思いついてやってるってわけだ」

「あの詐欺みたいなやつか」

「そうそうあの詐欺みたいなってちゃうわ! さぎちゃうわ! きちんと効果あるんだよ。んで、おまえはどうなんだ?」

「ああ、それなんだが」

 ぱかっと俺は頭を開いて見せた。

「からァあああああああああああ!?」

 めちゃくちゃ良いリアクションで飛び上がっていた。

「まあ、そういうわけで、俺は甲野哲也の記憶を引き継いだアンドロイド的なものらしいんだ」

「な、なるほど……おまえ、波乱万丈すぎるだろ、主人公かよ……」

「お前の方がよっぽど主人公っぽいだろ」

「いーや、おまえの方が主人公だね。だって、郡川さんとかと出会うとか、自分自身とバトルとか、なにそれ少年漫画? 小説なの? で、そんな綺麗な嫁さん連れてるとか、おまえ、俺に喧嘩売ってんの?」

「誰が嫁連れてるだ、俺はまだ独身だ!」

「うっせぇ! 女二人同棲とかもう結婚だろ!」

「ちげえ! 手も出してねえわ!」

「うっわぁ、ヘタレぇ」

 くっそ小ばかにした顔してきやがる。

「その顔むかつくな。なぐんぞ」

「やめて、俺のイケメンフェイスがぐちゃぐちゃに」

「安心してくださいご主人様。ご主人様の顔はぐちゃぐちゃになった方がまだ見れますから」

「酷い!?」

「なんというか普通に受け入れるんだな」

「何か問題か? 別に記憶が変わってるわけでも、性格が変わってるわけでもねえ。俺の知ってる哲也そのものなら、何も問題もない。というか、そこで分けて考えろって言われる方が難しいぞ。だって、おまえ哲也そのものだし」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ。で、お前ら俺を探しに来たわけ? 俺のこと大好きすぎるだろ」

 別に好きではない。

 だが、魔王をやっているなどと言われてしまえば、行かないわけにはいかないだろう。

「魔王つっても自称だし、俺がそうだとバレてるわけでもないし、大丈夫だってしばらく稼いだら迷宮に引っ込んでハーレム三昧するんだぁ」

「ご主人様について地下深くに行く女の子がどれほどいるかはわかりませんがね」

「酷い……! きっとたくさんいるよ!」

「一人くらいでしょう」

「もっといるよ!」

「金がなければたぶんついてこない子が大半ですよ」

「夢を見せてヨォぉおっぉお!」

 斎藤の叫びが応接室に響いた。

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