part3 三日目


 外灯のない場所では一日に占める夜の割合をとても長く感じるもので、あの後新鮮なココナッツを十個ほど集めた頃にはすでに辺りが真っ暗になっていました。こうなっては足元も見えず、身動きが取れません。「太陽が出ている間にいかに効率的に行動するか」が生死を分けるなあ……なんてことを考えつつ、その日は就寝。

 そして三日目の朝。

 空腹感が限界を迎えました。

 とにかく身体がダルいし、頭も痛い。「断食は二日目か三日目が辛さのピークである」とどこかで聞いたことがありますが、まさに今がその瞬間のようです。無人島に流れついてから早三日、ほとんど何も食べていません。……じつは昨日の夕暮れ時に、水分を飲み終えたココナッツの皮を完全にめくって、内側の白い果肉部分を指で掬って食べてみたのですが、そもそもココナッツって低カロリーの代名詞的な食品ですし、まったくお腹に溜まった感じはありませんでした。これなら糸こんにゃくを食べたほうがまだお腹が膨れるんちゃうかな、っていうレベルです。

 身体がダルいと動く気力もなくなりますし、一刻も早く食料を手に入れなければなりません。


【目標:食料を手に入れろ!】


 今いちばん食べたいものは白ご飯とお肉ですが、そんなものはここにはないです。もしかしたら森のなかには動物がいるかもしれませんが、狩りができる自信はないし、捌ける自信もありません。そもそも生肉を食べるのは危険ですし、火を起こす手段も持っていません。肉を食べる条件を満たすのはかなりハードルが高そうです。ならば何を食べるか?

 当然、魚です。

「魚が食べたーい!」

 海に入ることに決めました。海岸からでもすごい数の魚が見えます。これを狙わないわけにはいかないでしょう。濡らさないように服をいったん全部脱ぎます。……人目がないとはいえ屋外で全裸というのは何か変な感じがします。「ここはあたしのプライベートビーチだあ!」と開き直ってみるのもアリかもしれませんが、空腹でそんな前向きなテンションにはなかなかなれそうにもありません。「でもやっぱり日焼け対策はしたほうがいいかも」と思ったので、Tシャツだけは着直すことにしました。日差しは相変わらず強烈なので、Tシャツ一枚くらいならびちょびちょに濡れてもすぐ乾くでしょう。

 いざ海のなかへ——。


 ……結果は惨敗。

 浅瀬ならば魚を手づかみできるかもと思ったのですが、魚はすばしっこくって、取れる気配がありませんでした。指先で触れることすら叶いません。そもそも近づいただけでほとんどの魚が離れていきます。これだけの魚がいるんですから釣り竿があれば入れ食いだとは思うのですが、もちろんこの島にそんな便利なものは持ち込んでいません。

 悔しいですが、魚は諦めるしかなさそうです。


 いつもの砂浜を右手にすこし歩くと、磯だまりがあります。足元がごつごつとした岩になっていて、ところどころに海水の水たまりができているのですが、その岩に巻き貝が張り付いていることに気が付きました。親指の先から第一関節くらいまでのサイズの小さな巻き貝で……タニシみたいなやつです。つまんで引っ張ると簡単に岩から剥がすことができたのですが……はたしてこの貝は生で食べても大丈夫なやつなのでしょうか?


【目標:食料を手に入れろ!】——達成。


 わかりません。

 でも食べるしかないんじゃないかという気がしてきました。だって、そもそも魚にしろ植物にしろ動物にしろ、食べられるものかどうかを目で見て判断する知識なんてそれほど持っていませんし、スーパーの魚コーナーの魚だって、これまでずっと値札に書かれた名前を信じて買っていたわけです。そう、値札です。商品名。誰だってそうでしょう? バナメイ海老のことをブラックタイガーと称して売ったり料亭でブランド牛と称して他の牛肉を出したり……というような食品偽装がたまに事件として取り沙汰されたりしますが、ようは余程の目利きじゃない限りは、自分が食べているものの正体を誰もが本当は知らないのです。皆等しく「鵜呑み」なのです。目の前の貝が食べられるものなのかどうかということは、食べてみるまでわからないのです。

 ……と、自分に言い聞かせました。

 貝を岩のうえに置き、近くにあった手頃な石でそれを叩きました。貝はそこそこ固かったのですが、何度目かで割れて中身がぬるっと出てきました。そいつを指先でつまんで海水でしゃぱしゃぱと軽く洗って——いざ、食します。……お母さまはタニシっぽい巻き貝を生で食べたことはあるでしょうか? たぶんないであろうと思うので、食レポしたいと思います。

 パクッ。

「いきなり砂噛んだけど……味は悪くないかも。ていうかうまい。サザエのお造りっぽい。いける」

 ココナッツの内側を除けば、これが無人島に来てはじめての食事でした。


     ***

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