part2 二日目


 目が覚めた瞬間、現実を受け入れました。

 自分は相変わらず無人島に居てるし、無人島なので人はひとりも居てへんし、つまりは誰も助けてなんかくれへんし、喉がからからに渇いてお腹もぺこぺこに空いてるのにもかかわらず、水と食料の確保をせずに体力のある一日目を無駄に過ごしてしまった——という事実をひとまず受け止めることにしました。

 人はまったく食べやんくても一週間くらいは生きられるのでしょうが、水分に関してはそうはいかないはずです。

 三日。

 おそらく三日もあれば脱水症状でまったく動けなくなりそのまま死にます。一日経ったので残り二日。……そう、死ぬんです。刻一刻とタイムリミットが近づいてるのにもかからず、昨日何やってたん? って話です。……散歩して砂浜にメッセージ書いただけやん。あとは綺麗な海眺めてただけやん。あたしアホですやん。

 今日と明日中に何かしら飲まないとまじで死にます。お腹はめっちゃ空いてますが、食料のことはひとまず置いておいて、水が最優先。水分を探しましょう。


【目標:水分を探せ!】


 湧き水が見つかれば最高なんですが、探そうと思うと島の中央の森のなかに入っていく必要があるように思えます。でもヘビとか毒蜘蛛とかがいてるかもしれませんし、あたしは靴すら履いてませんし、森のなかに入るのは極力避けたいと思っています。

 ヤシの実って、なかに液体入ってたんとちゃうかな? ていうかそれがいわゆるココナッツジュースやろ? と思ったあたしは、さっそく試してみることにしました。もしかしたらこの砂浜から出ずに、水分が得られるかもしれません。もうすでに日差しが強くなってきつつあって、じっとしているだけでもじわっ、じわっ、と玉のような汗がにじみ出ます。身体の水分が飛んで飛んで……干物になるのは時間の問題でしょう。すくなくともいまのあたしはすでに一夜干し状態です。……和歌山のイカの一夜干しってめっちゃおいしいですよね? ……そんなこと言ってる場合やないですね。

 ヤシの木に近づいてみると、ココナッツが地面に落ちていました。色は茶色で、ラグビーボールっぽいです。簡単に拾えました。

 さてどうやって割ろう?

 あたしは近くの岩場にそれを持っていき、両手で掴んで振りかぶって——思い切って岩にぶつけてみました。ぼすっ、ぼすっ、ぼすっ、ぼすっ、と何度かぶつけてみると、ココナッツの一部が割れました。割れたというか、穴が空いたというかんじです。その穴に指を突っ込んで、皮の部分を剥がしました。べりべりべり……と音を立てて皮がめくれたのは良かったものの——中身はすっからかんでした。

「……干からびてるやん」

 がっくし。

 あたしは膝から崩れ落ちました。

 ……どうやら地面に落ちてるココナッツは、古くなっていて水分が飛んでしまっているようです。木に付いてる緑のやつならまだフレッシュやとは思うんですけど、ヤシの木って実物で見ると、想像してた以上に背が高いです。こてこての関西弁で言うと、「タッパ」あります。

 さて、どうやって取ろう?

 まずヤシの木を揺すってみましたが——落ちてくる気配はなし。

 次に落ちてる石を拾ってココナッツに当てれば落ちてくるかもと思って、上をめがけて投げてみたはいいものの、そもそもあたしの肩の力では実の高さまでに到達せず。いったん落ち着いてというか諦めて、ぐるっとまわりを見回してみると……じつはヤシの木の高さにはかなりバラつきがあることがわかりました。長いものでも地面に平行ぎみな生え方をしたものは比較的低い位置に実がなっているので、そういう木の下まで行ってもう一度石を投げてみました。

「んっ! ……って、どこ行くねん!」

 ノーコン!

 ……高さは問題なさそうやけど、コントロールが悪すぎる。狙った木の隣の木の実のほうがまだ近かったレベルやん。

 そんなわけで奇跡的に石を命中させてひとつめのココナッツを地面に落とすまでにはだいぶ苦労しました。手に入れた実はさきほど地面から拾ったものとは見た目からして違っていて、全体が緑色をしています。中に水分があることは手に取った瞬間にわかりました。

 ちゃぽん。

 と中で音がするんです。

 水の入ったバケツを揺らしたときみたいに、容器自体がある種の楽器になって響くようなかんじで、はっきりと。

 あたしは岩場に行ってさっきと同じ要領でヤシの実を岩の尖った部分に叩きつけました。ぽちゃっ…ちゃ、ぽちゃっ…ちゃ、ぽちゃっ……ちゃ、と叩きつけると何度目かでいきなりびちゃびちゃびちゃびちゃ! と中から水分が溢れてきました。あたしは咄嗟にココナッツにちゅーしました。そしてそのまま母親の乳首をパクつく子犬のように、脇目も振らずに目をひん剥きながらちゅうちゅうちゅうちゅうと一気に中身を飲み干しました。お母さまは採れたてのココナッツウォーターを飲んだことはあるでしょうか? あたしはいま飲んだので、感想を述べてみたいと思います。

「ぬっる!」

 当たり前やけど常温でした。もの凄くぬるいです。「……しかも味ない!」

 ほんのりと甘いといえば甘いような気がしないでもないですけど——でも想像よりは甘くない。思ってた四倍味薄い。スーパーで売ってるココナッツウォーターって糖分けっこう加えてたんやなあ……と、ここまでが自生するヤシの木ジュースを人生ではじめて飲んだ感想です。ヤシの木はいくらでも生えてるし、同じやり方で他の実も手に入れることはできるでしょう。

 ひとまず水分は確保しました。


【目標:水分を探せ!】——達成。


     ***

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