第4話 ド田舎でやった努力のすべて

もちろんこの街にはS美容外科なんてない。


だけど、限られた時間の中で、


できることをするしかなかった。


まず、バスで一時間、街へ出た。


義父母はもちろん大騒ぎをした。


『なんで街へ』と聞いた。


私は子供の学校の食事会だと言った。


本当は違った。


デパートでマネキンチェックをしたかったのだ。


どんなにネットをあさるより、実際に足を運び、


肉眼でマネキンを見るのは大切なことだと思う。


そんな中、着たいと思うワンピースを見つけた。


黒いレースの生地で、


フレンチスリーブで、肩がきれいに出る。


それはクリスチャンディオールのもので、


値段を見ると、56万円だった。


ここまで高いと、気持ちがよかった。


もちろん、買えるわけがない。


イメージをしっかりと焼き付けて、


それに似たものをネットでさがすのだ。


バッグも靴も、そのようにもっとも欲しいもののイメージを


確定させた。


それから書店で美容の本を三冊買った。


膣を締めるトレーニングで下半身をシェイプアップするもの。


顔ヨガで、シワをカイゼンするもの。


そして、脱げる体になる、という筋トレの本だ。


膣を締めるという先生が言うには、


24時間、起きているときは常に、意識をして膣を締めていると良いのだと言う。


なんて簡単で、なんて人にばれないトレーニングだろう。


絶対に神様が私に遣わしてくれた天使だと思った。


膣を締めると、自然に背筋が伸びて、お腹が引っ込む。


考え方までスマートになるような気がした。


次に、顔ヨガだ。


人に背をむけている時には、常にこれをやっていた。


特に、口元のシワをカイゼンする、『う』の口だ。


(うーうーうーうー)


膣を締め、口を『う』にし、そして、立っている時には、常につま先立ちをした。


一日やっただけでも、鏡の中の私が生き生きとしてくるのを実感した。


夫や義父母、子供たちが寝ている間に、


朝と夜、筋トレを頑張った。


筋、背筋、スクワット、腕たてを、それぞれ一日100回のノルマを課して、


取り組んだ。


目に見えて体がしまった。


大好きだったお菓子も食べたくなかった。


体によいものを摂りたくなった。


洋服と、バッグと靴は、ネットで買ったが、

受け取るたびに、

『何かたのんだの』

と義母に聞かれた。


娘の部活のものだと言った。


飛行機のチケットも予約して、私はひたすら美に取り組んだ。


『お前、なんだか白髪だらけだぜ。美容院に行けよ』


夫がそういったけど、


『いいの』と私は言った。


申し訳ないけど、


千載一遇のチャンスにどうしてこんなド田舎の美容師に切ってもらわないといけない?

昔からお世話になっていた南青山のスタイリストさんに切ってもらう予約をしてある。


それは、同窓会の前日だった。


こんなに早く美容院の予約を入れる人はいないって、笑われたけど・・・。


前日、当日、翌日。


東京には三泊四日で帰る。


二泊目と三日目はA子とY美と旅行に行くと母には言ってある。


もちろんそんなのは嘘。


ホテルなんか取っていない。


私は正真正銘のフリー!


彼と、温泉旅行でも行ってしまおうと、密かに企んでいる。


私は想像と、妄想と、計画で、


鼻血が出そうだった。


不思議なことに、


あんなに嫌だったこの家のすべてが、


これっぽっちも嫌じゃなくなった。


どんな家事も心をこめた。


夫にも、義父母にも、穏やかに感謝した。


というより、もう見えても聞こえてもなかった。


私の身体も心も、東京の彼のところにあったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る