第4話

「あのとき、もう、結婚することが決まってたの」

「えっ」

 私は先輩の伏せた瞳を見つめた。

「だから……、最後にあなたと、はると恋人役を演じたかったの。演劇部の三年は、みんな私の気持ちを知ってたから………」

 先輩と視線がぶつかった。

「はるちゃんを思い出す物は全て捨ててきたの。だから、こんな部屋になっちゃった」

 そう言って先輩は笑った。

「ねえ、先輩。あのとき、本当は私も言いたかったアドリブがあるんだ。でも一年だったし、緊張して言えなかったの」

 私はそう言って。

 ふわっと、先輩を両手で包み込むように抱きしめて。

「日高、愛してる」

 何度も。

「愛してる」

 そう言った。

 日高は、泣いていた。


 翌朝。いつもと変わらない、いつもの声で。

 先輩は、私に手を振る。

 でも、一つだけ、変わったことがある。

「はるー、行ってらっしゃい」

「日高、行ってくるね」

 私も笑顔で手を振った。

「がんばってね」

「うん」

 頷いて。

 私のカバンには、あの銀色のキーホルダーが朝日を浴びてキラキラ光っていた。

 そのキーホルダーの裏には。

 二つのHのイニシャルが。

 小さく小さく彫られていた。


 完

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セーラー服とエプロン a.kinoshita @kinoshita2020

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