memory:5 三つ目の因果の邂逅

 二人を乗せた四枚羽のクーペRX‐8が特区内幹線道路をひた走る。そしてそう遠くないアミューズメントパークに近付くや、その車内へ響いたのは宗家内の特殊回線上からの声である。


『当主 炎羅えんら。対象は学校帰宅はせず、そのままアミューズメントパークへと移動したものと。』


「ああ、ありがとう。どうだい?やはり友人などは連れ添っていない様か? 」


『当主の見立て通り、悲しいかな孤独を地で言っている模様ですね。』


 調律された排気音が籠もる様に車内へ響く。当然そこにはすでにスカウトした二人の少女が後部座席へと鎮座していた。そして流れる会話に、自分達があたかもサスペンスかアクション洋画のワンシーンを演じているかの錯覚さえ覚えていた。


「いや私達、一体何のサスペンスアクションの主役になったっぽい? ちょっと常識が追いつかないわ。」


「……サスペンスでもアクションでもないよ? 多分これはロボット物スペースオペラ大作だよ? 」


「……うん。それこそどうでもいいし。つかあんた、名前も知らないんだけど? 」


「ひっっ!? 」


 そんな非現実の世界に独りごちるは愛に飢えた少女沙織。染めた茶髪と量販であろう可愛らしいイヤリングが輝く彼女は、近年の学生像を物語る様相。

 対して、思わずその独り事へ突っ込みを入れてしまった引き籠り少女音鳴。手入れなど皆無のボサボサの長い髪を肩口まで伸ばし、深い髪の毛と言う藪の中に湛える黒縁メガネで人相が一際悪化する。その様は引き籠りをこじらせた感が拭えない。


 まさに二人は対極を行く姿と言えた。


 その愛に飢えた少女の眼光で、突っ込んでしまった事を後悔する様にすくみ上がる引き籠り少女。そんな少女の姿に嘆息した愛に飢えた少女が頭を抱えながら、眼前でびくつく小動物が恐れを取り除ける様に声を掛け直した。


「あー、ごめん。悪かったって。そんなに化け物を見る様な目で見られたら、流石の私も気が滅入るから。できれば普通に会話して? 」


「そそ、それは難しいかもです。今まで……まともに学校とかも、行かなかった訳だし――第一他人と会話するなんて……。」


 まだ初顔会わせからさほど時間も経たぬ二人。そこにあるギクシャクは、ただそれだけの理由でもたらされたものではない。

 引き籠りが常で他人との接触はほぼ皆無な者と、両親への愛情意外には極めて薄い付き合いしか熟さぬ者。故の慣れぬコミュニケーションから来る気まずさが其処彼処に塗されていた。


 それを車のバックミラー越しに見やる憂う当主炎羅は苦笑を浮かべ、しかしそこに生まれた微かな希望の予兆を見逃さなかった。


「二人共気を楽に……と言うのも無理な話だね。まあ今日は、同じ体験をする者同士として少しの間友人らしく接してみてはどうだい? 」


「簡単に言うけど、その……草薙さんだったっけ。初対面どころの騒ぎじゃないでしょ?。」


「ここ、これと言うのは……私の事とでも言うつもりですか!? この、友人いない子さんっ! 」


「ほう? アタシもそのと言う言葉の羅列には、異論を述べざるをえないのだけど? 」


「ぴゃっ!? すすす、すびばせんっ!! 」


 一見すればとげのある言い回しのやり取り。だがそれは、互いの不器用さから出たもの。それを見定める憂う当主の眼光はその本質をしかと見抜いていたのだ。


 二人の世界を拒絶していた少女が見知らぬ境地の新たな出会いで、戸惑いながらも足掻き、歩み寄ろうとする姿を。多くの他人との接触は拒もうと、姿


 そんな一行を乗せた四枚羽のクーペRX‐8がアミューズメントパーク駐車場へと入って行く。



 新たな三つめの因果の出会いを受け入れるために。



 †††



 その日も全てに絶望する様に、家には帰らず学校帰りの足をぶらつかせていた。

 学校に行くも、そもそも家出同然で飛び出した俺は教材など何もかもを玄関にぶちまけて来た。そんな状態で授業なんてまともに受けられるわけも無く、漫画喫茶で時間を潰す日常が続いていた。

 入り浸る漫喫は俺が腐った大人から逃げる際いつも利用する場所。近くにコンビニや大衆浴場からファミレスに至るまでが隣接する、言わば家出したろくでなしが家にも帰らず外泊するには絶好のロケーションだった。


 何故かその漫喫の店員も、そんな輩が多数出入りするのに慣れているのか……俺の常連の様な行動には口出しして来ない。めずらしく俺が対人知性を駆使しても悟れぬ、なぞの不思議感を持った店員男性だ。


「いらっしゃいませ~~。お?今日も家出かい? まあ、他の客の迷惑にはならないようにね? 」


「……今日もって。いいんスか?そんな風で。俺まだ学生っすよ? 」


「ああ、気にしない気にしない。ここは宗家特区と言う特殊な立ち位置だからね。恐らくは大半の店舗へ、かの守護宗家からそういうタチの者が来店したなら荒事を起さない限り面倒を見て良し、とかのお触れが出てるのさ。」

「だから君も、事情が好転するなら家に戻ればそれで良し。しないならば暫くここで、心を休めて行くといい。但しお金は頂くからそのつもりで。」


 宗家と口にする彼は、恐らくその傘下にいる人なのだろう。俺もこの界隈で住まうため耳にするその三神守護宗家にかかわる人間は、往々にして自身が無意識に振るう対人知性からの人間考察でも範疇を越える反応を返して来る。世間に数多いる国民から大きく、それでいて良い意味で乖離した存在だ。

 そのせいか……そういった人間がいる空間が、居場所を失った俺の唯一の憩いの空間でもあったんだ。


 そんな家出な日常を漫画喫茶のネットサーフィンで小一時間過ごした俺は、ふと降りた天啓の様な閃きで店を出た。向かう先は同じく隣接するも少し離れた大型アミューズメントパーク。最新式のゲーム筐体が多数入荷したばかりの、多目的レジャー施設だ。


「……ネットサーフィンも飽きた。何かゲームはないのか? あそこのアミューズメントパークアミパは最新筐体の入荷率がハンパねぇからな。」


 同級生との出会い頭を避けるため出現頻度は低いゲーセンだけど、個人としてはそれなりに足を運ぶ気晴らしの場所。万一同じ同級生の姿が見えでもこちらに近寄ってすら来ない……一人で楽しむには充分過ぎる憩いの場でもある。

 そんな気晴らしの一つが最新筐体のやりこみ。出たばかりのそれはすぐに先走るマニアに奪われるが、その中で偶然開いていた対戦席を視界に止めた。


 対戦系ゲームもそれなりにこなして来た俺も、あからさまに最新なゲームは攻略法を探す体でよく慣らしとプレイをこなす。


「おお……これは見ない手のゲーム筐体だな。知らない間に増えてるし。んじゃま早速――」


 弱くはない――そこには自身の対人知性にかかわる能力が生きているのは自覚していた。対戦筐体が壁になり見えない相手も、選んだキャラや機体の動きであらかたの行動パターンを把握できる。


 人の行動にはいくつものパターンとその基礎となる行動原理が存在し、知らずに多くがそれを共通の基礎行動として実践しているのが常だ。

 もちろんそれを自覚して展開できる一般人は皆無なんだけど。


 その思考で俺は筐体に座り、対戦者側を気にせず乱入を決め込んだ。このゲームは自身でも得意分野の下の方ではあるも、それなりに乱入で相手を負かせられる〈鋼鉄機大戦 アーケード〉だ。相手側には複数気配があるから、負けたら代わる代わる乱入連戦があるだろう。

 人間の行動原理上で言えば、複数でいる場合は特に強気に出たり負けた所を仲間に見られやけになる事もしばしば。むしろ頭に血が上った対戦者をゲームで負かすのは容易でもある。

 そう――今まではそう思考して負ける事なんかなかったんだ。


 けれど意気揚々と乱入してから数分と経たぬ内に、俺は……喫してしまった。


「おいっ、お前っ! 今のハメ技じゃ――」


 そしたら今まで鬱憤が溜まってた所の連敗で、ストレスに火を点火したまま弾かれた様に立つ俺は対戦相手側へと怒鳴り込んでしまった。いつもはクールを装い、しかしこんな事で頭に血を上らせるなんて。後で思えば自分がいつも負かして来たゲーム相手と、さして変わらなかったと恥ずかしくなるんだが。


 怒鳴り、筐体の影で今までつらが拝めていなかった対戦者へ、詰め寄らんとした俺は目にした姿で絶句してしまった。


「ハメ技? いえ今のは武装を上手く使った、定石となる連携攻撃の一種ですが? この系統のゲームはシュミレーションゲームたる本編とはいろいろ異なる所でありますが――」

「しかしながら、その手のゲームは全て網羅させて頂いているので、今の攻撃もセオリー通りです。私的に。」


「つか、ニート確定さん? もう一度言っていい? 〈ニート確定さん〉。」


「……今なんで、二回も言ったんですか!? この友達いない子さんっ! 」


「まあ落ち着くんだ二人共(汗)。本来の目的はゲームではないからね? 」


 対戦者側に座っていたのは、同年代の女の子。しかもメガネに、ボッサボサな髪であからさまなマニア発言する者。この界隈でも知る人ぞ知る、数ヶ月に一度現れると噂されたロボット系筐体荒らしと名高い引きニート女子だった。

 それが同伴らしき男性ともう一人の少女と共に、対戦筐体反対側で鎮座していたのだ。


「……いや(汗)。ロボット系ゲーム筐体荒らしとか、本当にいたのかよ。」



 それが俺と、かの機関に属する……おかしな出会いだったんだ。

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