memory:4 交わる因果、弾かれた少女達

 宗家特区でも数あるアミューズメントパーク。そこは年頃の少女少女が学園帰りに集う憩いの場。そんな中、人だかりが異様な盛り上がりを見せるは前日の興奮冷めやらぬと言った所。突如として現れた、通称〈ロボット物ゲーム筐体荒らし〉が出現したと言う話題で持ち切りになっていた。

 さかのぼる事一日前——



 人集りを生む要因となった少年少女と、彼らの元へ訪れた来訪者が……それから紡がれる物語を始めた場所でもあったのだ。



 †††



 その日私は、普段からはありえないほどに機嫌が上向いていた。


 直感か何かは分からなかったけど、いつも部屋に籠るが常の私を言い様のない衝動が襲う。と言うのも、ここ最近やり尽くした感のある家庭用ゲームを一望し……新たな刺激を欲していたのもあながち無関係とは言えない。


「ああ、なんか虚しい。もっと他に面白いゲームは無いのかな。」


 巷で流行るネットゲームは、課金勢が居座る上ソーシャルなやり取りが求められるため手をつけなかった。そもそも一人で家庭向け完成品ゲームをやりこむスタイル……些か時代から逆行しているのは重々承知の上だ。

 それでも自分が与えられているお小遣いは、親からのものではないお爺ちゃんの年金と言う大枚から出た物。なのでおいそれと新しいゲームに手を出す事さえはばかられたんだ。


 そして――

 それは私にとっての天啓でもあったのだろう。


 普段は人通りも少ない家前道路へ、けたたましい爆音が近付いて来た。よく言う暴走族とは違う、調律された高周波サウンドとでも言うのか……それがまさか私の家の前で止まるなんて想像だにしていなかった。


 程なく響く足音は、弱々しくも優しいお爺ちゃんのモノ。直後――


音鳴ななるや……お前に会いたいと言うお客さんじゃぞい?出払ってもらったからの、ちと顔だけでも見せてはくれんかい。」


「……ほんとにお父さんとお母さんはいない? それに、私へ会いたいって――」


 部屋の外からかけられる声。少なくともそこに押し付けがましい両親はいない。

 お爺ちゃんの配慮が何を示しているかは分からない。分からないけど、自分の中に降りて来た天啓に従う様に……私は自らの意志で暫く振りであろう他人と会う決断をしたんだ。


「やあ、君が狩見 音鳴かりみ ななる君だね? 俺は草薙 炎羅くさなぎ えんら……故あって君を、ある件でスカウトに来た者だ。」


 階段を恐る恐る下りて目に飛び込んで来たのは、自分の人生ではまず出会う事のないほどのイケメンさんの姿。流石に年齢は軽く五から十は離れているだろうけれど、引き締まった身体付きとサッパリと纏められた頭髪は文字通りイケメンを地で行く。さらに正した襟元が凛々しいジャケットのそれは、一般人から遠ざかる。


 否―― 一般人ではないのだけれど、少なくとも飛んだ名家の有名所と言う雰囲気さえ感じなかった。


「そう、ですけど? って、なんでわざわざ私みたいな引き籠りの所へ? 何のスカウトからは知りませんが、怪しい詐欺商売とかなら警察を――」


「スカウトと言うのはね……、と言う所さ。」


 なりは確かにイケメン青年なのだけれど、いかんせん突然訪問からのスカウト話は如何に私が引き籠りでも怪しさ大爆発だった。なのでお爺ちゃんにだけは心配をかけたくないと追い払おうとした私。


 その言葉へ被せられた、と言う言葉で思考が停止した。同時に、自分でも分かる程に胸が高揚したのを覚えてる。


「……え?今なんて? 巨大ロボットが何とか……それ、冗談にしては笑えないですよ? そりゃ確かにお台場辺りなら、リアル頭身で上下運動くらいはかましましたが。」


 上ずった声。相手を試す様に否定する自身の心は大きく揺らいでいた。

 何の事はない……私はこれまで引き籠っていた最中、あの大作ロボット物の競演作たる鋼鉄機大戦シリーズのゲームを穴が開く程にやり込んでいたんだ。それを見透かしたかの言葉に、心が躍らぬはずはなかった。


 するとそんな私の心情を感じ取ったお爺ちゃんの視線が、柔らかにこちらを見やっている。いつも両親がかけて来る、言う強制などではない……との優しさを乗せて。


「すぐにどうこうと言うつもりはないよ。ただ一度体験訪問と言う形で、我が三神守護宗家は草薙家の擁する施設、〈アメノトリフネ〉へと招待させて貰いたいと馳せ参じた次第さ。」


 そんなお爺ちゃんの、優しさに揺らぐ私の背を押したのは他でもない、眼前の凛々しきイケメンさん。今まで出会った事のない、己の思うがままを生きろと言わんばかりの細やかな心遣いが――


「……守護宗家って、普通に名家じゃないですか。はぁ……まあ、体験訪問ぐらいなら私的にも譲歩の余地は無い事もないですが。」



 暗い自室で長く閉されていた私の心の壁へ、ほんの少し……ほんの少しだけ傷を穿つ様に光を呼び込んだんだ。



 †††



 いつもの泣き腫らした目をしばたかせる私は、憂鬱な足取りで学校への道を行く。当然その日も何の事もない日常が過ぎ去るのが当たり前で、抑揚なく訪れた放課後には形ばかりのあいさつを友人へ送っていた。


「沙織ーー! またねーー! 」


「あんまし元気ないと、あたしらも心配だから! 今日はちゃんと寝ろよーーっ! 」


「あー、うん。分かってる。じゃあまた明日。」


 特区と呼ばれる場所にある私立女子高校は、数ある高校の中でも一校のみの女子一環高。意外にもドロドロ感は少ないそんな場所で、私だけがいつも浮いていた。

 友人の様な者達も無理にそれを問い質そうとはしない。ありがたいことだけど、そもそも薄っぺらい表面上の付き合いな私の相手をさせる方が気の毒に思う。


 私の思考はいつも、家で会う事さえない両親への愛に飢えていた。

 本当に助け合える友人もその時不要とさえ思っていた。


 孤独が服を着た様な私。そんな世捨て人さながらな私へ舞い降りる因果は程なく……学校帰りのこの身を包む事となる。


 正直その時点ではそんな感覚はなかったのだけれど、後に私はその因果――との出会いを体験する事になるんだ。


「……? 何……暴走族? やだな、うるさいし――」


 当時何も知らない私は、その音を暴走族のバイクやらと一緒くたに考えていた。女子高の友人の中には少なからずそんな輩につるむ者もいた訳で。むしろそちらの方が身近ではあった故だ。


 やがてそのうるさいと表した音が、よく聞けば高周波のいななきの様に錯覚し始めた頃。私の傍でその音の主がゆっくりと停車した。

 純白のボディに膨らんだ前後タイヤ上のフェンダーと言われる部分。さらに全体が丸みを帯びるもシャープなラインが際立つそれは、少し独特な形のドアを四枚携えた四人乗りスポーツクーペと言われる車。


 後に自身も惚れ込む事となるRX‐8が、何と運転席側のドアを上方へとカチ上げると――

 そこから一人の男性が降車したのだ。


「君は希場 沙織きば さおり君、で間違いないね? 俺は草薙家は当主 草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う者だ。」


「……は? いえ、突然名乗りを上げられても。て言うか、何の御用でしょうか。」


 最初は胡散臭さしかない対面。宗家と言う名は少しは知り得ているから警戒はそこまでじゃないけれど。私が住むまう地区に女子高も、元々は宗家が出資の元生まれた区画にある施設。生活上の情報としてならば、ある程度は理解の範疇。


 けれどその宗家の……しかも当主と名乗りを上げた者が私を訪ねる現状には、流石に疑問しか浮かばなかった。


 すると視界の端に映る一人の少女。車内ですでに乗り合わせ、私同様に誘われたのだろう……しかしどう見てもこちらを見る目が怯えた感を拭えない。普通に考えればその状況、有り体に人攫いの類かとは思いもしたけど――

 むしろ最初にいる少女が一人では心許ないだろうと、謎の正義感が思考を掠めていたんだ。


 そんな私の思考を読みきったのか、眼前の男性は優しく告げてくる。それも人攫いなどではありえない程に高貴な面持ちで。よくテレビで見かける有名所の大富豪の様な余裕と、地域で活躍する自衛官の様な頼もしき気概が同居した様な語りには、私も僅かに引き込まれる事となる。


「ああ、すまないね。まずはある機関への体験訪問と、君に……さらに今車内にいる彼女も同意の上同行を願った所だ。けれど――」

「彼女は元々が引き篭りな事もあり、あまり外世界の人間への免疫がないのだとか。なので、そこは勘弁してあげてくれると助かるんだが。 」


「引き篭り……。はぁ……なんだ将来が――」


「な、音鳴ななるはニートではないし!? そそ、そっちこそ友達もいなそうな顔して……何様な感じですか!? 」


「……いや(汗)。なぜに今、私が悪者にされてる訳? 」


 草薙と名乗る男性の言葉へ返すや、遅れて響く言い訳は車内の少女からのもの。そして怒鳴られた内容は私が悪者。どうしてそうなった。


 けど――不思議だった。今まで両親の愛情に飢え……自然に他人との関係へ上辺の偽りを乗せていた自分の、らしくないほどの素直なやり取りが。


 きっとその日が始まりの時だったんだ。

 怪しさも音鳴ななると自称した少女との会話で弱まった私は、吸い込まれる様に草薙 炎羅くさなぎ えんらと呼ばれる男性の言葉を受け入れていた。


「いいわ。詳しくは後で聞かせてくれれば構わないし。そんなに悪いお話でもない感じは、残念ながらそこの態度で理解した。」


「だだ、だからニートではないって!? 」



 必至で言い訳する少女と苦笑する男性を見やる私。忘れていた本当の笑顔を少しだけ浮かべた私は……気の赴くままにスカウトとやらの餌食にされたのであった。

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