第23話微睡む空の下で

多治見村に来て、5日目の朝を迎えた。


遼は、夜の音の事が気になって山部邸の庭を見渡していた。


「遼、なにしてんねん?朝から険しい顔して。行かへんのか?」


「ああ…」

聞こえているのかいないのか、一の問いかけに空返事をして庭の古井戸の方を見回していた。

不審に思う一を横目に、遼は古井戸に手を乗せて中を見ていた。

「遼、そこに何かあんのか?」


「いや…一、昨日の夜…」

言いかけた遼に、後ろから話しかける声がした。


「その井戸は今はもう使ってないですわ」


山部村長だった。


「村長。すいません、勝手に」


「いや、かまいませんよ。今どき井戸など珍しい事ですからな」


穏やかな表情をして、白のティーシャツ、下はグレーの作務衣というラフな格好をして

こちらに近づいてきた。



「本当だ。水が入ってへんし、底が見えてる」


山部の顔をみて、遼は思いだしたように昨日の夜の事を聞いてみた


「山部村長、昨日の夜なんですが、変な音が聞こえたんですが、あれは…」


「変な音?と言いますと」


「何か、骨が軋むような音というか…」


「俺は気づかへんかったな。そんな音」


「いや、お前はすごい良い鼾をかいて寝ていたよ」


「で、その音がどないかしたんか?」


「いや…」


「この辺は、タヌキやらハクビシンやら動物がうろうろしよりますよってに、それらがなんかしよったんですかな」


「そ、そうですね」


「ほならいこうや遼」

一遼の肩をポンっと叩き山部に一瞥した。


「ああ、じゃあ、山部村長行ってきます」

遼は、いつになく力のない声を出して

山部邸を出た。


ー神守り神社ー


神社に着くと、竹棒きで掃き掃除をしているジャージ姿の女の子が目にはいった。


「あ!遼さん、一さん。こんにちは」

女の子は、元気よくこちらに挨拶してくれた。


「花音ちゃん、こんにちは。お父さんいはるかな?」


「そうだ、花音ちゃんだ。さんづけやもん」


「はい?お父さん奥に居るから、どうぞ上がって下さい」

屈託のない笑顔を見せ、中へ誘おうとした花音だったが、遼は大丈夫といった手合図をした。


「あ、花音ちゃん大丈夫だよ。今日はこれを返しに来ただけやから」

と言って、遼は袋ごと花音に渡した。


「これなに?」


「モスキート音…やなくてオカリナ。今日は咲希ちゃんの方は留守なんかな?」


「あれ?一さん。咲希は今台所の方掃除してるけど、一さんは、咲希咲希ばっか言うて」

そう言って花音は奥へと入っていった。


「いや、言ってない言ってない。留守ですか?と気軽に聞いただけやけど」


焦っている一を見て、遼は笑っていた。


「あの辺は姉妹って感じやな」


「いや、笑い事ちゃうで遼」


「よかったやんけ、一。けったいなオッサン扱いされんで」


「はは、恋に恋する年頃なんやろな」


言っている間に、奥から三人が現れた。



「いらっしゃい、遼さん、一ちゃん」


「いやぁ、ご苦労様です。さ、どうぞどうぞ、中へお上がりください」


迎えた定則は、いつも通り白装束だか

咲希は、花音と色違いのジャージ姿だった。


「いや、今日は寄るところがあるので、オカリナありがとうございます。無理言いました」


遼は、そう言って丁寧挨拶をすると

一礼して玄関口を出た。


二人を見送ろうと三人は出て来て

定則は丁寧に一礼していたが、

花音は咲希の肩に両手を乗せて、ピッタリくっつくようになって、遼と一の前へやって来た。


「今日はどこ行くんですか?」

とニコニコと笑顔で、花音は咲希の後ろから

咲希の肩に顔を乗せて聞いてきた。


「いや、本当は今日上司と来る予定やったんやけど、急遽公民館の方へ行ってるらしくて」


「ま、そういう事やから。花音ちゃん、咲希ちゃん。また茶でも飲みながら話ししよ」


二人は手を降りながら踵を返した。


「遼さん、一ちゃん」


ん?と二人は後ろを振り返った。

咲希が何かを言いたそうだった。


「どないしたん?咲希ちゃん」

一がそう言うと、咲希は笑顔を見せた


「ううん、なんでもない。二人とも頑張ってね」


遼と一は、見送ってくれている三人に笑顔を見せ一瞥して、また歩きだした。


俺たちはこの時、今日の微睡んだ空模様を写したような彼女の笑顔に、早く気づくべきだったんだ。





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