第39話 青年たちは魔王軍をおって王都を目指す

 砦の唯一の生き残りである副官の麗人カーナ・シュタルダーを連れ、冒険者たちは王都へ急ぐ。

 移動手段は二本の足だけだ。

 ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻したカーナの話によると、彼らと別れた後の攻防戦はなぜか数日の睨み合いが続く膠着状態に陥った。

 その間に増援が到着し、これでなんとか戦えるぞと上がった士気を一気に萎ませるほどの大軍団が現れたのが十日ほど前。

 一気に押し寄せられることを覚悟したのだが、その大軍団は砦を無視して王国内に入っていったのだという。

 決死隊を組んで後を追おうとしたのだが、最初の魔王軍が砦に攻撃をかけてきたので追うこともできずに十日近くも奮戦し魔王軍の八割近くを打ち倒してついに砦軍は全滅したと言うことだった。


「よく十日もの間持ち堪えられましたね」


 クリスティーンがねぎらいの言葉をかけると、


「攻撃再開の日のような猛攻が続いていたなら三日と持たなかったと思います。二日目に突然統率が乱れ、後はてんでに攻めてくるようになったのでなんとか各個撃破で抵抗できたのです」


「おそらく我々が魔王を倒したことで軍としての機能が失われたのでしょう」


 と、アシュレイがいう。


「ま、魔王を討ち倒したのですか!?」


「そうでなきゃ姫と一緒に戻ってきてないだろうに」


 と豪快に笑うヴァネッサ。


「そ、そんなものでしょうか?」


(そういう感想になるのも仕方ないよな)


 と、レイトは心の中でツッコむ。


 魔王軍に攻め込まれたことに焦燥感を抱き、ともすれば走り出そうとするソフィアをなだめすかして荒れた街道を王都へ向けて歩くレイトたちは、途中の村で馬車を調達して先を急ぐ。

 とはいえ、足の速い軍馬でも馬車を引く専用の馬でもない農耕馬に普段は穀物などを載せているだろう飾り気もない使い古した荷車だ。

 「徒歩よりまし」な歩みにソフィアが焦れる。

 途中で魔王軍からはぐれた魔獣なのか、王国内では目撃例もなかったモンスターと遭遇し、戦闘を余儀なくされる。

 もちろん魔王を倒すほどの冒険者たちが遅れをとるわけはないのだけれども、それによって旅程が遅れていくことがソフィアには苦痛のようだ。


「ソフィア、落ち着け」


「落ち着いてなんかいられるか。魔王軍が全軍をあげて我が王国に攻めてきたんだぞ。魔王が倒れたからといって危機が去るわけではないことは砦の戦いが証明しているではないか」


「だからと言って気だけがはやっても仕方ないだろう」


「大丈夫よ、我が師バガナスもビルヒーの母である最高司祭アデルグンティス様もいるんだもの。もしかしたらもう魔王軍なんて蹴散らされているかもしれないわ」


「……だといいのだが……」


 帰還の旅の最大の試練は魔王軍の一団に出くわしたことだった。

 魔族の大男に率いられた十人の魔族兵と二十体はいるだろう魔獣の軍団だ。

 しかし、幸いなことに敵軍で大きな傷を負っているように見えなかったものは指揮官らしい大男くらいで、その大男にしても無数の傷を負っていた。

 数の上では劣勢であっても魔王を倒した無傷の英雄たちである。

 先制はレイトのフレイムウェーブだった。

 火の波が魔王軍を襲っている間にクリスティーンとビルヒーがブレッシングの魔法を唱える。

 二重がけのブレッシングはホーリーブレスとなり、神の過剰なほどの加護を味方に与える。

 そこに当然のようにアシュレイのアクセラレーションが付与されれば、魔族といえども対応の難しい神速の剣戟が生まれる。

 これをたった一人で受けて反撃までしてきた魔王がどれほど規格外の存在だったか。

 レイトは今更ながらに身震いしてしまう。

 これほどまでに過剰なバフを与えられて、魔王軍に遅れをとる冒険者たちではない。

 カーナが一人で若いワイバーンを一体倒す間に冒険者は残りの魔獣を倒して魔族との戦いに入っていく。


「やれますか?」


 王女クリスティーンに問われたカーナは一度強く奥歯を噛み締めるとキッとまなじりを上げて力強く宣言する。


「もちろんです」


 クリスティーンに向かって襲ってきた魔族を迎え撃つカーナは長く鋭い爪を亡き隊長の形見である長剣で受け止めると、その腹を蹴り押す。

 わずかに開いた間合いを自ら詰めると両手でもった剣で力の限り横一閃、硬く重い手応えを受けて止まりそうな勢いを雄叫び上げて強引に振り抜く。

 一刀のもと両断された魔族の上半身が地面に落ちるのを確認せずに周囲の状況を確認すると、すでに指揮官の大男以外の魔族はすべて冒険者たちに倒されていた。


「なんて強い人たちだ」


「英雄と呼ぶにふさわしい方達でしょう?」


 クリスティーンがカーナの独り言にそう答える。


「確かに」


 その間にも冒険者たちの攻撃は最後の魔族に向けられていた。

 剣士三人の攻撃は通常攻撃である。

 誰一人奥義・必殺技の類を放つものはいない。

 レイトは剣に炎を纏うこともしていない。

 魔族の男は反撃することも叶わずうつ伏せに沈んでいった。

 このあと王都への帰路では数度魔王軍だったと見られる魔族や魔獣、モンスターと遭遇したものの苦戦することなく倒していく。


「大丈夫そうじゃないか?」


 何度目かの戦闘の後、ヴァネッサがレイトにそう声をかけてきた。

 王国が壊滅するような魔王軍の大進攻。

 そんな事態にはなっていないようだという意味だろう。

 たしかに立ち寄った町や村はひどく破壊されている。

 けれど大軍勢に蹂躙されたという感じではない。

 どちらかといえば魔獣災害にあったと言う感じだった。

 たどり着いた大聖堂は無傷とはいえなかったが、甚大と言えるほどの被害ではなかった。


「お母様」


 陣頭指揮に当たっているアデルグンティスを見つけて駆け寄るビルヒーはやはりいたいけな少女だった。


「ビルヒルティス。無事に戻ったと言うことは」


 というと、娘から顔をあげ、クリスティーンを見とめた。


「ああ、よくぞご無事で」


「最高司祭様もご無事でなによりです」


 アデルグンティスは陣頭指揮を近くにいた側近に引き継ぎ、大聖堂の中へと冒険者たちを案内する。


「魔王軍襲来は国家存亡の危機でした」


 最高司祭手ずから入れてくれたお茶を飲みながら、双方の情報交換が行われた。

 それによると魔王に率いられた魔王軍は当初、三軍に別れて進軍、瞬く間に侵略されたのだけれど、突然四分五裂。

 各軍団が互いに争い始めてあるものは討たれ、あるものは魔族領に戻りして次第に勢力が縮小していったそうだ。


「各地で猛威を振るった魔族軍ですが、大賢者バガナス様や王国軍の奮戦によって軍としては壊滅いたしました。今、王国内に残っているのは残党に過ぎません」


「つまり、魔王が倒されたことで、次の魔王候補が王国内で覇権争いを始め、侵略戦争どころじゃなくなったってことですかね?」


「そうなのかもしれません」


「とすれば、次期魔王候補で有力なものほど魔族領に戻り地盤固めに入り、そうではない者が王国内に取り残されているって考えていい?」


 それはさすがに短絡すぎやしないかね? レイト。


「なんにせよ、幸運にも我が国は世界は魔王の脅威から救われたのだな」


 ここにも物事を単純化して考える女騎士がいたよ。

 まぁ、間違っちゃいないんだ、これが。


「王国としてはこれからが大変だともいえますけれど」


 と、ため息こそつかないものの憂いをたたえた表情を見せる最高司祭の横顔を不謹慎にも美しいと思ってしまうレイトであった。


 言っとくけど、三十そこそことまだ全然若いけどビルヒーのお母さんだからね、その人。

 王国国教の最高司祭様だし。

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