第38話 青年は魔王を倒し英雄となったのか?

「いくぞ、兄の仇!」


 ソフィアが雄叫びをあげ、渾身の力で剣を振るう。

 クリスの真空裂破斬で左腕の攻撃力を奪われた魔王が同じ轍を踏むほど愚かではない。

 空気の歪みが半弧を描いて魔王を切り裂くかに見えたが、魔王は両腕を大きく振って威力を殺す。

 もちろん完全に相殺できたわけではなかったようで、痛みを堪えるように低く唸っている。

 そこにたたみかけるようにレイトのフレイムウェイブとアシュレイの減速の魔法ディサレーションがおそう。


「ぐぬっ! この魔法は!?」


 その変化は魔王をして驚愕せしめる。

 そこに超集中状態ゾーンに入ったヴァネッサの必殺技白熱バーニング一閃スラッシュが追い討ちをかける。

 気力で持ち上げ防御姿勢を取った魔王の両腕が、魔力を纏って赤熱した神速の刀身に切り裂かれる。


「貴様らぁっ!!」


 魔王が吼え、その体から魔力の塊が何十と吹き出し冒険者を襲う。

 それはアシュレイのマジックミサイルを遥かに凌駕する数と威力だった。

 魔法の盾も神の加護をも貫いて冒険者をめったうちにする。

 それはクリスティーンでさえ例外ではなかった。

 特にクリスティーンとビルヒーを庇うように魔王との間に立ちはだかったソフィアのダメージは計り知れない。

 もはや立つこともままならない程のダメージを受けている冒険者たち。

 しかし、魔王もまた多大なダメージと激情に任せて放出した魔法攻撃によって魔力が枯渇してしまい、減速魔法の効果もあってトドメを刺すことができないようだ。

 全身をめったうちされ床に倒れ伏しているレイトは気力を振り絞ってHPポーションに手を伸ばす。


(動け動け)


 と、自らを鼓舞し、ゆっくりと口元にポーションを運ぶレイト。


(こういう時は、コマンド選択式がありがたかったなぁ……)


 なんて軽口が浮かぶのなら大丈夫だ。

 レイト、君ならできる。

 さぁ、立ち上がれ。

 魔王を倒し、救世の英雄になるのだ!

 わずかに体に力が戻り、ふらふらと立ち上がったレイトは、重いソードを引きずりながら魔王へと近づいていく。


「光の巫女の守護者……」


 片膝をついた姿勢でレイトを睨みつける魔王はしかし、傷ついた両腕はもちろん自身の体を支えるのがいっぱいという体で精一杯の威圧を試みる。


「これで終わりだ」


「なにをいうか、貴様とて剣を振り上げることさえできぬではないか。その満身創痍の体で何ができようか」


「フレイムオン!」


 レイトの命令コマンドに魔剣が応え、刀身から炎が吹き上がる。

 そこにマイクロウェーブの魔法で超振動を加えると、両手で柄を握ってハンマー投げの要領で体を回し、遠心力で魔王を横薙ぎにする。


「なっ!?」


 それは魔王を再び驚愕させる。

 お世辞にも鋭さのない剣はしかし、まるで豆腐を切るように魔王の胴体に食い込んでいくとそのまま反対側まで振り抜かれた。


「なんだこの技は!?」


 レイトは勢いを止めるどころかさらに力を込めてもう一回転、遠心力を利用して振り上げた剣を重力を利用してこめかみから斜めに斬り下ろす。


「バイブレーションフレイムクラッシュ」


 必殺技の名前長くない?

 それはともく、フレイムオンコマンドのアダマント製マジックソードは超振動の魔法にも砕けることなく耐え切った。

 そして、胴と頭を斬られた魔王は目を見開いたまま絶命する。

 振り回した剣に耐えられず、どうと倒れ込むレイトは最後の力を振り絞ってHPポーションを取り出して口にする。

 立ち上がる力が戻ってきたレイトはよろよろと仲間たちに歩み寄り、次々とHPポーションを飲ませていく。

 瀕死だったそれぞれが体を動かすだけの力を取り戻すと、いまや三分割の骸となった魔王を見下ろし


「勝ったのか?」


 ソフィアが実感のないままつぶやく。


「これで生きてたらそれはそれで気味が悪いと思わないかい?」


 そうだね、ヴァネッサ。


「じゃあ、あとは王女様をお城に送り届けたら任務完了ね」


 嬉しいんだか寂しいんだか複雑な表情を浮かべるアシュレイにクリスティーンが


「いけない。魔王は軍を率いて進軍していたのです」


 と、衝撃の発言をする。


「だから白の中にほとんど何もいなかったのですね」


 と、納得するビルヒー。

 そう、魔王はクリスティーンに呪いの短剣を刺して光の巫女の力を弱め、魔王軍全軍を持って一気に王国に攻め込もうとしていたのだ。


「だとすれば王国の一大事じゃないか。魔王が死んで魔王軍がどうなるか判らないけど、とにかく急いで王国に戻ろう」


 レイトがいうと、五人は頷いて回復しきっていない傷ついた体を支え合うように魔王城を後にする。

 魔王城潜入の際、苦労なく進むことができたのはプロテクションフロムエネミーとディサピアーの魔法による効果も大きかったが、大半の魔族が魔王軍として王国に進軍していたことが大きかったようだ。

 ありがたいことに魔王城からの帰りもまた、ほとんど強敵と出会うことなく進むことがてきた。

 魔族領を進むこと三日。

 ドラゴンの洞窟を抜けた先は魔族の一段に襲われて逃げに逃げた場所である。

 ここから先、どちらの方角にどのくらい進めば魔族領を抜けて王国最前線の砦に着くのか見当がつかない。

 そこでアシュレイが指輪の魔神を召喚して方角を確かめさせると、障害がなければ八日で砦までつける距離だと知れた。


「姫を護りながらの戦いになる。慎重にいこう」


 というソフィアの意見に従って魔族領の森の中を進む冒険者たちは、森のモンスターとの戦いを日に何度か行いながらやはり十日目にしてついに目指す砦を目視できるところまでたどり着いた。


「あぁ……」


 とソフィアの声が漏れる。

 クリスティーン、ビルヒー、アシュレイは声も出ないようだ。

 無理もない。

 砦は見るも無惨に壊されていた。

 その光景を見た時レイトが真っ先に思い浮かべたのが副官だったあたり、これだけリアルな五感を獲得してもなおゲーム感覚が抜けていないのだろうか?

 本当なら隊長だったり槍を提供してくれた鍛治の親父だったりしてもいいんじゃないかと思うよね。


「ソフィア、とにかく先を急ごう」


 レイトに促されてソフィアが歩を進める。

 それに続いてクリスティーンたちも後に続く。

 数歩遅れて歩き出したレイトの横に近づいたヴァネッサが耳元で囁く。


「生き残りがいると思うかい?」


「全滅玉砕はないと思っているけど、砦に残っているとは思っていないよ」


「なるほど、ヤバくなったら撤退。あの隊長ならちゃんとやれそうだね」


 凄惨な場数で言えばやはりヴァネッサが一番積んでいるということなのだろう。

 確かに他の冒険者たちもこの旅で様々な戦いを経てきた。

 けれど、負け戦は経験してきていない。

 そこが平静さを失わせているのだ。

 レイトが平静なのはどこかでゲーム感覚だからなのだろう。

 はやる気持ちが冒険者たちの足を早めさせていた。

 たどり着いた砦は物理的な力で壁が大きく壊されており、そこかしこに魔族の死体や人の遺体が放置されていた。


「誰かっ! 誰かいないのか!?」


 ソフィアの叫びが虚しくこだまする。

 ビルヒーは感覚を研ぎ澄まして生きている人がいないかを感じようとしているが、


「……いた!」


 それは光の巫女の奇跡なのか?

 クリスティーンの指差す方に集まると、そこには副官に覆い被さる隊長がいた。

 全身を鋭い爪や牙などで切り刻まれた隊長はすでに事切れていたが、隊長に守られていた副官はまだ微かに息がある。


「まだ生きてる」


 ヴァネッサが確認するとビルヒーが祈りの呪文を唱え始める。

 聖女として完全に使いこなせるようになった瀕死の完治キュアオール

 それによって副官は死の淵から生還する。

 目を覚ました副官は冒険者を見回し、無惨な亡骸となってなお彼女を守っていた隊長を見とめ、唇をかみしめて泣き出した。

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