第37話 青年が決断を迫り仲間たちはそれに応える

「な、なにこの圧倒的気配は!?」


「これが魔王の気配なの?」


 クリスティーン奪還のために集められたビルヒーとアシュレイには初めて感じる恐ろしいまでの気配である。


「あの時以上じゃないかさ」


 と、ヴァネッサがいうほどの殺気を初めて受けるのだ。

 そりゃあ怖気づくのも無理はない。

 しかし、彼女たちなしでは勝負にならないぞ、レイト。


「みんな、戦えるか?」


 低く、腹の底から声を絞り出すレイトにみんなの視線が集中する。


「クリスティーンには会えた。けど、魔王を倒さなければ救い出したとはいえない。この魔王が生きている限り、人類に明日はない」


 実際、戦闘力では王国でも有数の、いや人類屈指のエキスパートが揃っている。

 彼らで敵わなければ人類に勝ち目はないに違いない。


「『王国に危機が訪れる時、次元の回廊を越え救世主が現れる』。レイトのことです」


 クリスティーンが王家に伝わる伝承をそらんじる。


「次元の回廊を超え、伝説のハジマリの島にある塔の遺跡を登って囚われの姫を助け、神殿遺跡のダンジョンを抜けてきた光の巫女の守護者がレイトなんだ」


 と、ソフィアが改めてレイトの経歴を話す。

 超説明的台詞、ありがとう!


「王国の……いえ、人類の存亡は私たちにかかっているのですね」


 年端のいかないビルヒーもそれが何を意味するのか理解はできている。


「あとは覚悟の問題か……」


 ヴァネッサがゴクリと生唾を飲み込む。

 伝説級のドラゴンと対峙した時でも普段通りだった彼女でさえそうなのだ。

 それだけ生半可な覚悟ではいけないということを意味している。

 どちらかといえば普段から慎重派のアシュレイの覚悟が決まらないのも無理はない。

 なかなか決断できないメンバーにビルヒーが神の祝福ブレッシングの魔法をかける。


「逃げるにしろ戦うにしろ必要な魔法です」


 と、ビルヒーがいう。


 もっともだ。


 魔法の効果によって冒険者の精神的重圧プレッシャーがいくらか和らぐ。


「確かに……ここで逃げたからって逃げ切れるとは限らないわね」


 心に余裕ができたことで思考がクリアになり、冷静な判断力を取り戻したアシュレイが状況の整理と今後の予測を始める。


「追われて戦うくらいならこちらから打って出る方が覚悟も決まる」


 ヴァネッサの覚悟もできたようだ。

 六人は互いに視線を交わして頷くと、魔王城の大広間へと歩を進める。


 そこはファンタジア王国の謁見の間の四倍はあるかという空間だった。

 まるで野戦場のようなだだっ広さである。

 その玉座の下に怒気を纏った魔王が仁王立ちしていた。

 ギョロリと剥いた目はギラギラと輝き、耳まで裂けた口から覗くのこぎりのように並ぶ歯は一本一本が鋭い牙のよう。

 耳は尖って横に伸び、その上にはおぞましくひねくれた角が生えていて、縮れた髪は黒い炎を連想させ、背中には蝙蝠こうもりの翼が生えている。


「やはり貴様か光の巫女の守護者」


 地の底から響くような声でいう。


「王女は返してもらうぞ!」


「こそこそ逃げていれば少しは長く生きれたものを、我が眼前に姿を現すなどその蛮勇を褒めてやろう」


「散れ!」


 レイトの号令一下、さっと散開する六人。

 そこに巨大な炎の弾が着弾する。

 魔王ラグアダルの先制攻撃で人類存亡を賭けた戦いの火蓋は切られた。

 光の巫女クリスティーンがブレッシングを唱えると聖女ビルヒルティスのそれと二重がけになり、より強力な効力を発揮する神聖なる祝福ホーリーブレスとなる奇跡が生まれた。

 そこにアシュレイの加速の魔法アクセラレーションが付与されると、それは神速と言っていいほどのスピードを戦士たちに与える。

 さらに減速の魔法ディサレーションで魔王のスピードを遅くさせようとしたが、さすがにそれはレジストされてしまう。

 減速効果があれば少なくともスピードで圧倒できただろうが仕方ない。

 しかし、祝福と加速で身体能力を極限まで高めた彼らと互角に戦う魔王の実力は本当に脅威でしかなかった。

 レイト、ソフィア、ヴァネッサの連携攻撃を防ぐだけでなく時折クリスティーンたち後方支援組に魔法まで飛ばしてくるのだからそれはまさに魔王の所業だ。

 とはいえ、攻撃が当たらないわけでもない。


「レイト、ヴァネッサ、時間を稼いでくれ」


 ソフィアが少し距離を取り奥義の準備に入る。


「!? させるか!!」


「それはこっちのセリフだよ!」


 追撃しようとする魔王とソフィアの間にヴァネッサが割って入る。


「フレイムオン!」


 レイトの剣身が炎を纏う。


「チッ、マジックソードか!?」


「フレイムバーニングトルネード!!」


 大技には技の終わりに硬直クール時間タイムがあるものだ。

 バフ効果で極めて短縮されているとはいえなくなるわけではない。

 しかし、単身で戦っているわけではない彼らにはその時間をカバーしてくれる頼もしい仲間がいるのだ。


「小癪な!」


 力あるものはドラゴンも魔王も似たような悪態をつく。


「うらぁあ!」


 全身を炎に包まれてなお大きなダメージを受けているように見えない魔王の背後からヴァネッサのバーサークラッシュが叩き込まれる。

 戦いは始まったばかりだというのに冒険者たちは次々と大技を繰り出していく。

 そうでもしなければ勝機を見出せないとみんな知っているからだ。

 アシュレイの放つ絶対不可避のマジックミサイルはしかし、ダメージこそ通っているようだけれど効いているという手応えが薄い。

 というか、魔法全般の攻撃力がなんらかの効果で相当減衰しているようだ。

 特に雷系の魔法が全く効いていない。

 レイトもアシュレイも早々に雷系魔法の使用をやめて風と炎に切り替えた。

 もちろん、こちら側も無傷というわけにはいかない。

 特に奥義の準備で一時的にソフィアが接近戦から離脱しているため手数が減っていることと、ソフィアに攻撃を向けさせないためレイトとヴァネッサは大技で牽制しつつ囮役もこなしているので必然的に攻撃を受ける頻度が高くなる。

 しかも三人で攻撃しているのであれば一人ずつ回復に退がることもできるが、魔王相手に一人で接近戦を受け持つなどさすがにできなかったため、二人のダメージは見た目にもかなり蓄積しているようだ。

 回復魔法は対象に接近していなければ発動しない。

 鎧兜に盾まで持って武装しているレイトでさえ無事ではない戦いに、ほとんど身を守るものを身につけていないビルヒーやクリスティーンが近づくなど自殺行為以外のなにものでもない。

 こうなってくると次第に肉体的に優位な魔王が優勢になるのは自明の理だ。


「折れるな!」


 傷の痛みと疲労で重くなる体に挫けそうになった二人の背後から鋭い声が飛ぶ。


「ヴァネッサ、もう一息だ。レイト、貴様それでも光の巫女の守護者かっ!!」


 ソフィアの叱咤に気力が戻る。


 それはパーク家に伝わる騎士の秘奥技『鼓舞』の力だった。


 教わってできるものではない。


 事実、パーク家にその名と効果は伝わっていても使えたものは初代ただ一人、初代以来の才人と言われ、わずか十三歳で奥義真空裂破斬を習得したクリスパークでさえ会得しえなかったものである。

 それをこの土壇場で体得したソフィアはやはり伝承に語られる救世主を先導する女騎士だったということだろう。


(そうだとすれば……)


 そうだ、レイト。

 ここで挫けてちゃ救世主の名折れだぞ。


 レイトの闘志に反応したのか、フレイムソードの炎も熱く燃え盛る。

 ソフィアの秘奥義『鼓舞』と、レイトの闘志に呼応したフレイムソードに闘魂を注入されたヴァネッサも立ち上がる。

 その体からは目に見えるほどの魔力が溢れ出してきた。


「神よ……」


 クリスティーンとビルヒーのそれは魔法発動のための祈りの言葉ではなかった。

「これは!?」


 二人の戦士の傷がみるみる癒えていく。

 それはまさにこの世界の理を超えた神の奇跡だった。

 ただただ奇跡を願った神への祈りは聞き届けられたのだ。


「人の神がぁ!!」


 魔王が吼える。


「いくぞ、兄の仇!」


 アシュレイが雄叫びをあげ、渾身の力で剣を振るう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る