第36話 青年はついに王女との再会を果たす

 二対一の近接戦闘でソフィアとヴァネッサを向こうに回して互角以上に戦うデーモン。

 それでもそこに援護射撃としてレイトやアシュレイの魔法が飛んでくれば均衡は崩れるというものだ。

 レイトがアシュレイとビルヒーの護りについて成り行きを見守るのは念のためということもあるが、狭い部屋で決して大きくないデーモンを相手に三人目として接近戦に参加するのに精密な連携が必要だからだ。

 魔法攻撃が確実に相手のヒットポイントを削っていく。

 やがて、ダメージの蓄積によってデーモンが反撃できないほど防戦一方になったのを見計らって、レイトが接近戦に参戦する。

 雄叫びをあげ、おおきく振りかぶって剣を振り下ろせば敵は半身になってそれを交わす。

 それを追いかけるようにソフィアが的の大きな腹部に刺突を仕掛ける。

 レイトの剣の軌道が邪魔をしているために逃げる手段の限られているデーモンを待ち受けていたのは、すべてを薙ぎ払う勢いのヴァネッサの横一閃。

 二の腕一本斬り落としてなお深々と胸に食い込むヴァネッサの大剣にデーモンは動きを封じられた。


「今だ!」


がんとつ!」


 ソフィアは斬撃より刺突の方が得意らしい。

 パーク家に伝わる剣技の一つで、レイトには同時に五本の剣がデーモンをついたように見えた。


(五段突きとは、さすがは異世界)


 と、心の中で感嘆する。


「まだよ!」


 アシュレイの声に気を引き締めなおすレイト。

 さすがは上級アドバンストデーモン、これだけのダメージを受けてもまだ命を繋ぎ止めている。


「フレイムオン!」


 レイトが魔法マジックソード命令コマンドを下すと刀身から炎が噴き出す。


「フレイムバーニングトルネード!!」


 レイトの必殺技の一つバーニングトルネードは魔法の炎で刀身を包み、猛火の竜巻で敵を焼き尽くす技である。

 フレイムオンコマンドがエンチャントされている魔法剣とは相性抜群の必殺技だ。

 デーモンは断末魔の叫びをあげて黒焦げになった。

 もっとも、欠点はある。


「狭い部屋でなんて技を出すんだ。少しは味方のことも考えろ」


 危うく炎の竜巻に巻き込まれるところだったソフィアとヴァネッサにこっぴどく叱られてしまうのも仕方ない。

 ただ、内側から破裂するトラッシュサイクロンや雷撃系のライトニングサンダースラッシュよりはまだ安全だったと思う。

 ……ほんと、はた迷惑な必殺技ばかり覚えるんだから、レイトってば。


「それにしても……」


 と、ソフィアがいう。


「派手に戦っていたというのに増援が来なかったな」


「私も城の中を探索していて守兵が少ないと思ってたわ」


 アシュレイも気になっていたようだ。


「なにか理由があるのだとしても、こちらには都合がいいのだし、このままクリスティーナを探そう」


「他にできることはないしな」


 その後、彼らは何度かの遭遇戦を行ったけれど、どの戦いも散発なもので騒ぎを聞きつけて増援が来るなんてことはなかった。


「あとは、危険と踏んで後回しにした奥と謁見の間くらいか」


「ええ。レイト、どっちを先にする?」


「奥だな。魔王だって、昼間っから寝室でくつろぐなんてことはないと思うんだ」


「あたしは昼間っから酒食らってくつろいでいたいけどね」


「仮にも王がそれは無理でしょ?」


 アシュレイのいうことももっともだ。


 五人は慎重に、できる限り接敵しないように注意して「奥」つまり魔王のプライベートスペースへと侵入する。

 そこは生き物の気配が全くしない空間だった。

 かといって、おどろおどろしい雰囲気もない。

 極めて変哲のない私的空間である。

 だからと言って気を抜くわけにもいかない。

 モンスターの中には無生物由来のものもいる。

 いつ、突然襲われないとも限らないのだ。


(なにもなさすぎて、かえってゾクゾクするなぁ)


 その気分はなんとなく理解できるよ、レイト。


「ここが突き当たり?」


「っぽいですね」


「かすかに気配があるわ」


「かすかってことは魔王じゃないってことかい?」


 ドラゴンの気配はずいぶん遠くからでも感じ取れた。

 だとすれば、魔王だってそうなんじゃないか?

 ヴァネッサはそう言いたいようだ。


「希望的観測で危機に陥らないように注意はしよう」


 レイトは、そういって鞘から剣を引き抜くと、みんなの準備を待って大きな扉を開く。


 そこは寝室になっていた。


 華美な装飾はないが、贅は凝らされている。

 窓のない室内には魔法の灯りが煌々と灯っていて正面奥に置かれている天蓋付きベッドは鮮血のような赤い布団に……って、まさに鮮血に染まっているじゃないかっ!


 ベッドの中央には胸に禍々しい気配を撒き散らす短剣が突き刺されているクリスティーン。

 ベッドを赤く染めているのは彼女の鮮血らしい。

 ビルヒーとレイトが駆け寄る。

 残った三人が襲撃を警戒して辺りに目をくばる。


「まだ生きてます」


 容体を確認したビルヒーが宣言する。

 まだ幼いというのになんという力強い発言だろう。

 四人は聖女の言霊ことだまに絶対に助かるという安心感を得る。

 しかし、ビルヒーの表情は言葉ほどの強さない。

 まずベッドを染めるほどの出血。

 いったいどれほどの血を流したのだろうか?

 生きてはいてもかろうじてというのが正直なところだった。

 それは一緒に駆け寄ったレイトにも判ることだ。


「けど……」


 そして、彼女の表情を曇らせているのが短剣の存在である。


「この短剣、おそらく強力な呪いが込められています。まずはこの短剣の呪いを解かなくては」


 聖女ビルヒルティスにかかればかいじゅは可能だろう。

 問題は解呪にどれくらいの時間がかかるかである。

 レイトは少しでも長く生を繋ぎ止めるべくHPポーションを飲ませようとするが、衰弱しきっているクリスティーンには飲み下すことが難しいようだ。


(こういう時は……)


 レイトはHPポーションを口に含むと口移しにクリスティーンに流し込む。


「神よ、主の徳を持ってこの禍々しきしゅはらいたまえ」


 ビルヒーの体から清浄なる気配が広がり短剣の悪しき気配を押し包む。

 短剣の気配はその力に負けないようにと抵抗をする。

 しばらくは拮抗していた二つの気配だったが、神の力はやはり短剣に宿っているだけの呪いでは抗し切れなかったようだ。

 やがて神の力に完全に押し包まれて気配が小さくなり、完全にその気配がなくなった。


 神の奇蹟は信仰心を依代に顕現する。


 起こす奇蹟が偉大なほど聖職者には大きな負担がかかるもの。


「大丈夫か?」


 いかに聖女とはいえ年端のいかない少女の疲労はどれほどのものか。

 しかも、彼女の役割はこれからが本番なのだ。

 ビルヒーはHPとMPのポーションを取り出すと一気に飲み干し、再び神に祈りを捧げ始める。


「以前、体現できたのです。神よ、再び大いなる奇蹟を、クリスティーン王女に加護と祝福をお与えください」


 大きく深呼吸をすると長い長い祈りの言葉を唱え始めた。

 この旅に出るまでは使えなかった瀕死の完治キュアオールの魔法である。

 祈りの言葉は聖職者なら誰でも知っている。

 しかし、お題目を唱えるだけでは魔法は発動しない。

 僧侶魔法は言葉に力が宿り神が応えてくれて初めて神の奇蹟を顕現させられるのだ。

 それは聖女であっても同じである。

 そして今、再び彼女はその偉大なる奇蹟を顕現せしめた。

 短剣を抜いた後の傷口が見る間にふさがり、傷痕一つ残らず文字通り完全に治ったのである。


 ゆっくりと目を開けるクリスティーン。

 彼女が気づいて最初に目に入ったのは


「レイト……助けてくれると信じていました」


 その直後、ドドドと魔王城全体が振動したかと思ったら圧倒的な気配がビンビンと伝わってきた。


「こ、この気配は……!?」


 ソフィアが言うまでもない。

 忘れもしない、この気配は魔王ラグアダルのものである。

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