第6話 問題は次から次に……

――カージナス様が、ステファニー家を来訪してから数日。


『ミレーヌと仲良くして欲しい』と、されたものの、私は特に何もしていなかった。

家格が下の、それも二番目の婚約者候補が独断で動いたところで、仲良くなれるとは到底思えなかったからである。


しかも、ミレーヌ様からすれば『ローズ・ステファニー』という存在は、カージナス様との婚約を阻む障害の一人でしかないだろうに、カージナス様もおかしなことを言ったものだ。


……ミレーヌ様、ね。


『ミレーヌ・アスター』十七歳。

蜂蜜色の髪の立派な縦ロールと、深海のような青色の瞳。魅惑のメリハリボディを持つ、顔立ちのハッキリとした美人である。

通常の乙女ゲームであれば、誰もが認めるほどの悪役令嬢たる外見の持ち主だが、マイプリでは違う。


ヒロインに選ばれない時は、選ばれたヒロインにとって頼もしいお助けキャラになる。

つまり、ミレーヌは悪役令嬢にはならないのだ。



他の二人――アイリスとミランダは、ヒロインの他、選ばれたヒロインによって、悪役令嬢、傍観者になるのに、ローズは傍観者にはならず、悪役令嬢一択である。


……ミレーヌが心から羨ましいと思う。

『ざまあ』されることのないミレーヌは、実質この世界のヒロインということなのだから。

追放も処刑もないなんて、夢のようなキャラである。

別に私は、対象キャラを攻略したいわけでなく、ただただ『ざまあ』されたくないだけだ。


身の程はわきまえているし、過分な地位も名誉もいらない。だからこそ、ことを選んだ。下手に動いて悪役令嬢認定されるのを避けるために。


……なのに、腹黒王子のカージナス様に先手を取られてしまった。

お父様のせいで、幻のエリサームの泡を飲んでしまった私には、最早彼に従う他ない。

お父様……来世まで恨みます。


因みに、お父様とは宣言通りにきっちり三日間一言も話さなかった。このくらいで許してあげた私は、寛大な心の持ち主だと思う。うんうん。


――この世界のカージナスは、ヒロインとしてミレーヌを

表舞台に立たされた私は、既に断罪ルート上に立たされているのかもしれない。


けれど、私は二人の仲を邪魔するつもりは全くないし、何なら積極的に応援しても良いと思っている。


……どうしたものか。


私は何度目になるか分からない溜め息をいた。

溜め息を吐くたびに幸せが逃げるというけど、先の見えない今、いつ訪れるかも分からない幸せとやらには構っていられない。


少しでも気分転換になればと、バルコニーでお茶をしてみたが……真っ青で爽やかな空を見上げていると、腹黒王子を思い出してしまい、気分が晴れるどころか逆に苛立ちが湧いてくる。


今が夜ならば、美味しいワインで気分を紛らわせることもできるが、誰が訪ねて来るかも分からない昼間から、未婚の令嬢が堂々とお酒を飲むことはご法度だ。


ガラガラガラガラ。


ふと、遠くの方から馬車の音が聞こえてきた。


……お父様のお早いお戻りかしら?


そんなことを考えながら、音のする方をぼんやりと眺めていた。

徐々に近付いて来る馬車には、見慣れたステファニー家の六花紋がどこにもない。


代わりに見えているのは『星』の家紋であった。

星といえば――。


「ねえ、エルザ。私の見間違えでなければ、アスター公爵家の家紋があるように見えるのだけど……」

嫌な予感を感じながら、傍らに控えていたエルザへ問いかける。


「……ええ、お嬢様。私の目もそのように認識しております」

「……やっぱりそうよね」

「……はい」


私だけでなく、エルザも動揺しているらしく、ピリッとした緊張が伝わってくる。


星の家紋が使えるのはアスター公爵家のみ。

カージナス様の次は、アスター公爵家の馬車って、……まさか、ね。

きっと……お父上である公爵様だろう。

私のお父様に用事があって訪ねて来たのだ。


「……お父様は、邸に帰っているのかしら?」

「いえ、旦那様はまだお戻りになっておられません」

「……そう」


公爵様である可能性は消えた。

だが、それならば公爵婦人かもしれない。


「……お母様は?」

お母様と公爵婦人は昔から仲が良いと聞いたことがある。

だから、きっと……。


「奥様は、リーナベル伯爵家主催のお茶会に参加なさっています。招待客の中には、公爵夫人もいらっしゃったはずですが……」


公爵夫人の可能性も消えた。


私のしていることは、現実逃避である。

自分で自分の首をゆっくり絞めているような自虐行為に近い。


このまま道を逸れて、別の領地へ向かって欲しいと思うのに、私の願いも虚しく、邸の前でピタリと止まってしまった。


御者に手を引かれ、馬車中から現れたのは、蜂蜜色の縦ロールが見事な――

「……公女様ですね」

ミレーヌ・アスター公爵令嬢。その人だった。


「やっぱりそうよねぇ……」

思わず半眼になってしまう。


『どうしてこうなった!?』と、頭を抱えて叫びたい気分だが、そんなことをしている余裕はない。

ミレーヌ様をお待たせするわけにはいかないし、そもそもこうなったのは、カージナス様でしかないと分かっているからだ。


「急いで着替えるわ!」


椅子から立ち上がった私は、自らワンピースのボタンに手を掛けた。

幸いなことに、今日は前ボタンのワンピースを着ていたので、簡単に脱ぐことができた。


「お嬢様、こちらへ」

その間にエルザがドレスを用意できたのだから、やはり幸いだったとポジティブに考えよう。


床にワンピースを落とした私は、エルザが用意してくれた総レースの薄紫色のドレスに、急いで袖を通した。

総レースのドレスは十分に華やかなので、アクセサリーを付けなくても問題はない。

そして、髪の毛はエルザの手にかかれば、秒で完成した。まさに神の手である。


用意を終えたのと同時に、シリウスが部屋のドアをノックした。


「お嬢様。ミレーヌ・アスター公爵令嬢様が、お見えになられました」

「見えていたわ。すぐに向かいます」


シリウス、は賓客用のでも一番良い部屋に、ミレーヌ様を通してくれていた。

流石は我が邸の有能な執事である。


シリウスを先頭に、少し足早に賓客室へと向かった私は、扉の前で呼吸を整えながら気合いを入れた。


絶妙なタイミングでノックしてくれるとか、素敵過ぎる。

すると、中に控えていた侍女が直ぐに扉を開けてくれた。


ソファーに座るミレーヌ様と目が合った瞬間。

私の中の自動令嬢スマイルのスイッチが作動した。


「お待たせ致しまして、大変申し訳ございません。ようこそ我が邸にお越し下さいました。公女様」

頭を深く下げながらカーテシーをした。


「連絡もせずに、突然お邪魔してごめんなさい」

ミレーヌ様は眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔で言った。


悪役令嬢顔のミレーヌ様が、シュンとしているだと……!?


とても気の強そうな外見なのに、中身が素直で優しいとか……ギャップがあるのは分かっていたが、こうして直接対面すると、なかなかに衝撃的だった。


「カージナス殿下から、ローズ・ステファニー様がわたくしのお友達になって下さると聞いて……いても立ってもいられなくて、つい……訪ねてしまったの」


片手を頬に当てながら首を傾げ、ポッと頬を染めるミレーヌ様のなんと愛らしいことか。


「……実は私、デビュタントの時からずっと……あなたとお友達になりたいと思っていたのよ?」

「デビュタントの時から……ですか?」

「ええ。だって、ステファニー様は……」

「公女様。よろしければ、私のことは『ローズ』とお呼び下さい」

「良いの……?」

「はい」

「ありがとう……ローズ!」

嬉しそうに微笑むミレーヌ様もまた可愛らしい。


「ねぇ、ローズ。私のことは『ミレーヌ』と是非気軽に呼んで欲しいわ」

「いえ、公女様、流石にそれは……」

「『ミレーヌ』よ!」

「ええと、では『ミレーヌ様』と呼ばせていただきますわ」

未来の王妃様を呼び捨てにするなんて……恐ろしい。


「もう、ローズは意外と堅いのね!……でも、良いわ。に『ミレーヌ』って呼ばせてみせるんだから!」


苦笑いしながら首を横に振る私に向かって、ミレーヌ様は少し頬を膨らませながら、人差し指を突き付けたした。



**


一時間後。


「分かる!分かるわ!」

「でしょう?!分かってくれて嬉しいわ!ミレーヌ!」


話は盛り上がりに盛り上がり……気付けば私は、ミレーヌ様――もといミレーヌの宣言通りに、彼女のことを呼び捨てにしていた。


……あれ?(汗)


彼女はとても聞き上手で、話し上手だった。

気を許すつもりなんて全くなかったはずの私が、あれよあれよという間に、気を許してしまったぐらいなのだから。

こんなにも社交的で魅力的なミレーヌに、友達が少ないというのは、不思議で仕方がない。


「どうして、こんなにも素敵なミレーヌに、お友達が少ないのかしら?」

ふと沸いた疑問をそのまま口にしてみた。


「それは買い被りすぎだわ。私は近寄りがたい顔をしていると、自覚してるのもの……」

ミレーヌは瞳を伏せながら、寂しそうな顔笑みを浮かべた。


確かに、ミレーヌはハッキリした顔立ちをしているために、『怖そう』とか『キツそう』という印象を持ちやすい。

しかし、話してみればすぐに、彼女の人柄の良さや、その他にもたくさんある魅力に気付くはずだ。


そして、ミレーヌの魅力に気付いた人は、もっと話してみたいと思うことだろう。

……それなのに、どうして?


「こんな私だけど、仲良くしてくれた人達は沢山いたのよ?……なのに、皆よそよそしくなって……それっきりなの。きっと、私が何か不快な思いをさせてしまったんだと思うわ」


『急に』という言葉が妙に引っ掛かった。

一人や二人ならば、性格の不一致も考えられるが、ミレーヌは『仲良くしてくれた人達は沢山いたと』言った。

私の推察が正しければ――原因はしかいない。


「……他に、何か思い当たる理由とかはない?例えば……そう、『カージナス様』とか」

「どうして、カージナス様の名前が出てくるの?」

ミレーヌは、一瞬だけ瞳を丸くしたが、直ぐに何かに思い至ったのか、瞳をパチパチと瞬かせた。


「ああ、そういえば……新しいお友達ができる度に、カージナス様にお友達を『紹介して欲しい』とお願いされるわ」


……はい。黒決定。

ミレーヌにお友達ができないのは、百%カージナス様のせいでーす!


恐らくは、ミレーヌや自分に対して、敵対心や邪な感情を持っていないか。又は、将来の枷に成りうる有害な家柄でないか。その辺りをいたのだろう。


離れていった皆は、カージナス様に振り落とされた――つまり、『有害』な者達なのだろう。


うわぁ……、王族だけでなく、公爵家も大変だな。


「ローズは、カージナス様が紹介して下さったのだから……私から離れていかないわよね?」


瞳を潤ませながら、上目遣いに私を見つめてくるミレーヌの懇願を拒むことなんて、私にはできない。


……カージナス様が、ミレーヌに過保護な理由が分かった気がする。


私は心の中で、盛大な溜め息を吐いた。


「……ええ、勿論よ。私達はもうお友達なのでしょう?これからもよろしくね」

笑顔で私がそう言うと、ミレーヌは心の底から嬉しそうに微笑んだ。


****


――ミレーヌの乗った馬車を見送りながら、私は遠い目をしていた。


ミレーヌは想像以上に可愛らしく、そして純粋な人だった。

男性には男性の戦場があるように、女性には女性の戦場がある。私はカージナス様が一緒にいられない時のための虫除けの盾要員なのだろう。

ドロドロとした陰謀が渦巻く社交界から、純粋なミレーヌを守らねばならないなんて、責任重大だ。



……取り敢えず。

次にカージナス様に会った時には、後3~4本ほど追加でエルサームの泡を所望しよう。そうしよう。


私はもう見えなくなった馬車を見つめながら、そう心に決めた。

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