第7話 気まずい再会

……き、気まずい。

私は隣に並ぶシャルル様を上目遣いにそっと見上げた。


こうして、シャルル様と二人きりになるのは、一年前のデビュタント以来である。


やらかしたことが、ことだけに罪悪感が半端ない。

……シャルル様もさぞかし複雑な心境だろう。


一方的にプロポーズされた相手に、何の連絡もない状態で、一年間放置されていたのだ。

その翌日から、引き籠もってしまったのシャルル様に関係のないことだし………。

悪い冗談を仕掛けられたのかと、内心では憤慨していてもおかしくはないのに、その相手のエスコートしなければならないなんて……私がシャルル様の立場なら、嫌過ぎる。

王命でなければ断っていたはずだ。


それを考えれば、浮かべる笑顔が愛想笑いなのも、全く目が合わずに、余所余所しいのも道理である。

……寧ろ、愛想笑いをしてくれるだけでもマシだと、感謝せねばならない。


あぁぁぁ………。

淑女らしからぬ行動をした私を軽蔑しているのかもしれない。いや、してるよね。

私、何やらかしてくれてんのよ!?


――俯いて深い溜め息を吐いていた私は、私をジッと見つめていた視線に気付いていなかった。


****


ミレーヌの来訪から三日後。


『王宮まで来い』という趣旨の手紙よびだしが、突然ステファニー侯爵家に届いた。

差出人は言わずもがな、腹黒王子ことカージナス様である。


仮病でも使っちゃう?――なんて、私の浅はかな考えは、まるっとお見通しだったようで、『何があっても来いよ?』との一文がしっかりと添えられていた。


あー……もう。

カージナス様からの呼び出しなんて、厄介事の予感しかしない。

ストーリーが、どう進められているか分からない状況で、他の攻略対象キャラのいる王宮へなんて行きたくない。……ああ、面倒くさい。実に面倒だ。


自分では抗えない強制力よびだしに、ふて腐れながら、私は馬車に揺られていた。


――因みに、私が乗っている馬車は王宮のものである。


私が逃げたりしないように、遣わされたものだ。

挙句の果てには、王宮の入口に、二名の騎士が待機しており、その二名の騎士に両脇を挟み込まれるようにして、カージナス様の私室まで誘導されたのだった。


……ここまで来たら、流石に逃げません、って。

貧弱な侯爵令嬢と、屈強な騎士の鬼ごっこの結果なんて、誰にでも容易に想像できる。


カージナス様の私室に着くまでの道すがら、王宮の侍女達の噂話は私の耳にも届いていた。

聞こえないフリをしていたけど、小声で話してるつもりでも、案外としっかりと聞こえるものなのだ。


『あのお方が、二番目の婚約者候補のステファニー家のローズ様ね』

『カージナス殿下が、私室へ直接招かれたそうよ!』

『じゃあ、ミレーヌ様ではなくローズ様が本命だったってこと?』

『ローズ様が候補になられたのは、殿下直々のご指名あってのことだったそうだから、そうなのかもしれないわね』



――『違います!』と、そう大きな声で否定したかった。


カージナス様と私の関係は、そんな甘い物ではない。

私の方が圧倒的な弱者であり、一方的に搾取される側でしかないというのに……。

この不名誉な噂は、明日には、国内の貴族達に知れ渡ることになるかもしれない。


まだ到着しただけだというのに、既に疲れてしまった。これからが本番なのに……。



「やあ。良く来たね」

机の上にうずたかく積まれた書類の隙間から、カージナス様がひょっこりと顔を出した。


……出たな。諸悪の根源


「ご機嫌よう。カージナス様。」

満面の笑みを浮かべるカージナス様に、ジト目を向けてから、私はカーテシーをした。


「ああ、そんな堅苦しい挨拶はいらないから、そこに座って少し待っててくれないか?」


失礼な私の態度に気分を害した様子のないカージナス様は、『自由にしてて』と付け加えると手元の書類へ視線を戻した。


「……畏まりました」


……はぁ。

イライラしても得にならないことは分かっているけれど、持て余したこの感情はどこにぶつけたら良いのだろうか?


深い溜め息を吐いた私は、指定されたソファーに座って、カージナス様の作業が終わるのを大人しく待つことにする。


が、カージナス様の私室か……。


ぐるりと周囲を見渡せば、ゲームの中で見慣れていた部屋と同じく、たくさんの本が本棚に収められていた。

それらはこの国の物に限らず、他国語で書かれた分厚い本や、政治に必要な参考書、文献が書かれた歴史書、恋愛小説や可愛らしい絵本に至るまで、何でもある。

無節操な本好きという、活字中毒設定は変わっていないらしい。


ゲームと同じ状況が、垣間見えた瞬間、『ああ。ここはマイプリの世界なんだ』と、不思議な気持ちになる。

くっ……。ローズでなければ楽しめたのに……。


目の前のテーブルに視線を向ければ、ここにも書類山が出来上がっていた。


この腹黒王子はどれだけ多忙なんだろうか。

こんな書類だらけのところに私を座らせて大丈夫?

私に見られたらまずい書類とかは――――ないよね。だって、腹黒王子だもの。


重要機密なんて大事な物は、誰かの目に触れるとこには置かない。

寧ろ、私に見せたいであろう書類が積んである可能性の方が高い。


前世が社会人だった私だ。何が役に立つのか分からない。中途半端に手を出して、更に危険を増やすことはしたくない。だから私は絶対に書類なんて見ない。


見ない。見ない。見ない……………見ない。

暇なことと、どんな書類なのかという、好奇心に屈伏してしまった私は、遂に書類へ目を向けてしまっていた。――そして、直ぐに後悔した。


【婚約候補者様方のお披露目舞踏会の開催計画】


……私を呼んだ理由は、これか。

ミレーヌ様をステファニー侯爵家に行くように焚き付けたのも、舞踏会こののためだと、私は核心した。


書類から視線を戻す最中に、ふとカージナス様を見ると、満足そうな笑みを浮かべて私を見ていた。


うわぁ……。悪趣味。


「だから君は好きなんだ」


腹黒王子に好かれても私は全く嬉しくない。


カージナス様は、軽快に笑いながら立ち上がると、私の向かい側のソファーに腰を下ろした。


背もたれに身体を預けながら長い足をゆったりと組み、太腿の上に両手を乗せているその姿は、スチルの一場面のようだった。

流石は攻略対象者。……お腹の中は、真っ黒なくせに。


「ローズ、君にご褒美をあげよう」

「ご褒美……って。ご褒美が貰えるようなことなんて、何もしていませんわ」


無駄に、キラキラとした笑顔を撒き散らしているカージナス様は、とても胡散臭い。

この笑顔には絶対に裏があると、私は警戒を強めた。


「いや、君はきちんと役目を果たしてくれたからね」


『役目』とは、ミレーヌのことだろうか。

積極的に関わるつもりのなかったミレーヌと友達になれたことは嬉しいが……結果的に、腹黒王子の望み通りの展開になっていることが腹立たしい。


だが、ご褒美にエルサームの泡をくれるというなら、私も大人として素直に貰ってあげても――

「君のエスコートは、シャルルにするから」

「…………………………はい?」


返事をするまでに、軽く十秒はかかった。

この腹黒王子は今、何と言った……?


「舞踏会での君のエスコートはシャルルだから」

「舞踏会は、婚約者候補のお披露目のためですよね?候補者をカージナス様以外の男性に、エスコートさせるのでしょうか?」

「ああ、こればかりは仕方ないよ。私の身体は四つもないからね。ダンスだけは一人ずつ順番に踊るようにするけど、舞踏会が終わるまで、ずっと固まって行動するわけにもいかない。だから、ご令嬢方にはそれぞれエスコートを付ける」

「なるほど。それもそうですわね」


それでなくとも、腹黒王子は賓客への挨拶や対応と、何かと忙しいはずだ。


「……ねえ、そんなに私にエスコートして欲しかったのかい?」

カージナス様は、前のめりになりながら、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


おーい、腹黒王子の素が出てますよー?


「いえ。カージナス様ではなくて良かったと思ってますもの」

「君……本人を目の前にしてハッキリ言うねぇ」

カージナス様は苦笑いした。


「ただ……」

「ん?ただ?」

「私はともかく、ミレーヌは良いのでしょうか?その……カージナス様がエスコートしなくとも……」


私がそう口籠ると、カージナス様はキョトンとしながら首を傾げたが、すぐに納得したというように口元を歪めた。


「ああ……、そういう意味ね」

前のめりになっていた身体を戻したカージナス様は、またゆったりとソファーに背中を預けながら、スーッと瞳を細めた。


「ミレーヌには、私の一番信頼している部下を付けるから、大丈夫だよ」

一ミリも笑っていない瞳が、私を射抜いた。


……怖い、怖い、怖い。

既にその部下に嫉妬してるじゃないの!

全然大丈夫じゃない!!


全身にブワッと鳥肌が立った。


溺愛してるのが丸わかりなのに、どうして引き離そうとするかな。言い出した人、絶対恨まれてるよ!?


「まあ、私のことよりも、君は自分のことを気にしていたら良いよ」

「自分のこと……ですか?」

「そう。この機会にシャルルをしっかり掴まえておいで?」

カージナス様が楽しげに笑った。



****


――と、話は冒頭に戻る。


現在、お披露目舞踏会の真っ最中である。

会場の中心では、カージナス様とミレーヌが楽しそうに踊っているところだった。


オフショルダーの赤色のドレスは、ミレーヌの美しい顔立ちに良く似合っていた。

出るところはしっかり出ているのに、ウエストは折れそうなほどに細いとか……。


私はそっと自分の胸元に手を当ててみた。

幼児体型のような自分自身に溜め息が出る。


ローズの顔は良い。とても良い。大好きなのだけど、ミレーヌのようなまろやかを兼ね備えた魅力的な身体だったなら……と、望んでしまうのはまた別問題である。


人は外見だけじゃないってことは分かっているけど……。


今回の舞踏会のドレスは、四人全員がオフショルダーがベースであるが、それぞれの似合うように色や飾りが異なっている。


ミレーヌは飾りのないシンプルな真っ赤なドレス。

小柄で緑色の瞳が可憐なマスール侯爵令嬢のアイリス様のドレスは、胸元に花の刺繍が施されている緑のドレス。

焦げ茶色の瞳が綺麗なバン侯爵令嬢のミランダ様のドレスは、元気が出そうな黄色のドレスで、胸元に白色のシフォンのリボンが縫い付けいる。


そして、私のドレスは薄紫色地のドレスの上に、黒色のオーガンジーを重ね、ウエストの少し上を、刺繍入りの紫のリボンで結ぶデザインのものだった。


三者三様ならぬ四者四様。

それぞれが一番よく似合うデザインをカージナス様が考えてくれたそうだ。


因みに、私達四人の令嬢をエスコートする男性方は、エスコートをしている令嬢が一目で分かるようにと、それぞれのカラーのポケットチーフが差し込まれていた。


ミレーヌのエスコートは赤色、アイリス様は緑色、ミランダ様は黄色。――シャルル様のポケットには、私と同じ薄紫色のと、いった風に。


私はシャルル様をお婿さんに考えていたくらいだから、エスコートしてもらえて嬉しいけど……シャルル様は実際どう思っているのだろうか?


酔っ払った勢いで、プロポーズしてきた挙げ句に放置する様な令嬢なんて……嫌だよね。

私は顔を俯かせ、苦笑いしながら薄紫色のドレスをそっと撫でた。


気まずい状況のまま、曲は最高潮の盛り上がりを迎え、ダンスが終盤に差しかかかったことを教えてくれる。

ミレーヌが終わったら、次は二番目の候補である私の番だ。

四回連続で踊らなくてはならないカージナス様は、大変だろうけど……頑張れ。

私を指名しなければ三人で済んだのだ。自業自得である。


いい気味だと、ほくそ笑みながら二人のダンスを眺めていると、隣に立っていたシャルル様がボソッと呟いた。


「……羨ましいですか?」

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