第22話 存在の証明

 放課後となり、加藤は演劇部を訪れる。

 演劇部の男女比は2:8であり、女子生徒が圧倒的な力を持つ部活だ。

 中学の頃に文化祭で演劇部の発表を見てから、加藤は演劇自体には興味をもっており、高校入学後に部活に入部するなら演劇部だと思っていた。

 しかし、その噂を聞きつけた三木が一足先に入部届を出したと聞き、加藤は入部を諦めた。


「失礼します」


 ノックし、演劇部の控室に入る。

 演劇部の活動場所は、高校のホールとなっている。

 ホールは卒業式などの全校生徒で行う行事等で使われる設備で、舞台はもちろん、照明や音響設備もしっかりしている。

 演劇部には一度だけ見学にきたことがある。

 その際に、一通り説明を受けたので、加藤は大体のことは理解していた。


「誰もいない。ということは皆、下だな」


 加藤が入った控室は、音響や照明を操作する部屋で、ホールの後方に位置する。

 控室は小道具や台本などが並べられており、部員の荷物などが置かれている。

 この部屋の窓からは、舞台だけでなく観客席も一望できる。

 窓を覗くが、舞台には数人しか見えず、準備運動をしている


「よし行くか」


 加藤は控室から出て、ホールへつながる大きくて重い扉を思いっきり引く。

 扉の先に広がるホールは、薄暗く暖色の薄暗い照明だけが舞台を照らしていた。


「あれ? 加藤君! ちわっ~す」


 敬礼でもするかのように、軽い動きで人差し指を頭の前部にあてて、挨拶をする。

 彼女は演劇部の副部長であり高校三年の森明日香もりあすか、基本的には個性的な演劇部のメンバーを束ねている功労者だ。


「三木さんは?」

「中にいるから、ちょっと待ってれば来るよっ~」


 中というのは、舞台袖のスペースのことであり、観客から見て左の舞台袖は女子が、右の舞台袖は男子が使用している。

 主な使用用途としては、着替えが挙げられる。

 すでに舞台に上がっている部員が、体操着を着用しているように、普段は体操着で活動を行っている。

 制服では、活動しづらい面も多々あるのだ。


「あっ、加藤先輩!」

「よぉ、着てやったぞ」

「ありがとうございます!! 今ここでサービスシーンを見せたいくらいです♪」

「やめてくれ。皆がは見てる」


 いつもと変わりないテンションで恥ずかしいことを言う三木は、加藤の傍を陣取る。

 今年の入部は男子部員2人に女子部員が1人らしく、人数が大幅に減ってしまった。

 中でも、三木は才能があるため、演劇部では重宝されている。


「せっかくですから、練習風景を見ていってください!」

「お……おう……」

「そして、もしよければ入部して欲しいな~なんてっ~」


 森は、副部長として勧誘を忘れない。

 去年まで30人した部員も、今では全体で20人となり、内女子生徒は16人いる。

 男子生徒は4人しかおらず、1年に2人、2年と3年に1人ずついるだけだ。

 しかし、今舞台にいるのは10人しかいない。


「それにしても、男子はサボるのが多くていけないな」

「いやぁーすまないなぁーハハハ」

「しっかりしてくださいよ、部長」


 女子生徒2人と段ボールを手にホールに現れた高身長の男性は、演劇部部長の山崎雄哉だ。

 人望は厚く、誰よりも紳士的ではあるが、細形で弱々しい外見から、威厳を感じ取ることはできない。


「君が加藤君かい? ようこそ、演劇部に。歓迎するよーハハハ」

「はぁ……えと、俺はどうすれば?」

「うーん、まぁ観客席で見てもらおうかな」

「はい」


 加藤は観客席に荷物を持って向かう。

 前から5列目という絶妙な位置を陣取り、隣の席に荷物を置く。


「おい、休んでる子の話っていうのは?」

「んとね~、今いる男の子は部長だけなのです! あと女の子3人は理由ありで休んでる感じ! あとは今日、相談したい女の子が休んでるよ」

「で、その女の子っていうのは……」

「三木さん、始めるよっ」

「あっ、はーい!」

「あ……おい……」


 三木は急いで舞台に向かう。

 加藤は演劇部の部活動に、下校時間の6時まで付き合わなければならないことを示していた。


「勘弁してくれ……」


 小さくため息をつく加藤の存在が消えてしまうほど、ハッキリとした大きな声で、発生練習が始まる。


「あ・え・い・う・え・お・あ・お」


 演劇部の部員ということだけあり、人を引き付ける魅力がホール全体に伝わる。

 発声練習の後は、腹式呼吸の訓練として腹筋を行う。

 その後は、台本の読み合いだ。

 加藤は、様々な役職を演じ分ける演劇部の活動に、魅了される。


「いいなぁ……必要とされる場所があって」


 必要とされるということは、やりがいに繋がる。

 やりがいがあるからこそ、楽しむことができる。

 しかし過度な期待は、逆効果になりうる。

 加藤は高校時代のことを思い出しつつ、そう思っていた。


「俺は、誰かに本当に必要とされているのだろうか?」


 加藤が小さく呟いた言葉は、演劇部の声に簡単に消されてしまった。

 その勢いは、加藤の存在さえ消してしまうかのように、ホールを満たしていたのだった。

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蒼銀華月の夢模様 城屋結城 @yuki-jyoya

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