第13話 マズイ事態


 怯んだのが悪かったのだろうか、ヒカルがまるで勝ち誇ったかのように笑う。

 気付けば、彼も自分も衣服を全く着ていない。何故それがわかるかと言えば、全身が密着しているからだ。

 マズイ。凄くマズイ。まず過ぎる。

 全身が密着してお互い全裸であると言う事は、身体の反応までもが全部お互いに筒抜けと言う事だ。

 彼の身体の一部が酷く熱く硬くなっていることまで肌を介してわかってしまう。それを感じて、自分がぞくりと肌を粟立たせていることも伝わってしまう。

「貴方がいけないんだよ。僕をこんなに煽って、誘ったりするからいけないんだ。・・・どちらにしろ、もう僕は我慢するつもりもなかったけど。」

「ヒカル、えーと、ヒカル、これは、その」

 何も思いつかない。言い訳も、言い逃れも、何一つ。

「ね、わかる?僕がこんなに貴方に欲情しているのがわかるでしょう。今までこれを隠すのにどれだけ苦労していたか。」

 ゆっくりと首を横に振る。

 わからない。わかるわけがない。ヒカルはいつだって愛子の可愛い子供で大切な息子で。

 男だったことは一度も無いはずだ。

「僕の気持ち、わかって?ずっと貴方が大好きだった。」

「わ、わかってるわ。私も貴方が大好きよ。大切な、私の息子なんだから、大切な、大切な」

 きらりと、ヒカルの黒い眼が青く光った。

 貪るようなキスが襲う。

 口の中を蹂躙され、舌が痛くなるほど吸われ、息が止まった。

「息子じゃない。貴方は母親じゃない。一度だって、僕はそんなこと思ったことは無い。」

 唇が腫れそうな口づけのあとに、強く、きつく抱きしめられる。

 そして、叩きつけるようにそう言われた。

 正直に言って、怖くなったくらいだ。

 怯えた表情になったのは、仕方がないではないか。自分の息子が怖いなんて、今まで思った事も無いのだから。

「・・・いや?」

 急に悲しそうに声音を変え、相手の意向を尋ねる。

 濡れた髪が、喉元に触れ。愛子の胸に顔を埋め、両手を絡ませる。

「いやだなんて、言わないで。・・・僕の髪が金髪じゃなくなっても、僕の目が青くなくなっても、それでもいいって言ってくれたでしょう?」

 ヒカルの言葉に、彼が熱病にかかった時の事を思い出した。

「父さんと同じじゃなくてもいいって、そう言ってくれたじゃない。」

 よく覚えている。

 引き取ってから二年目の冬だった。ようやく育児に慣れてきた自分は、初めての子供の大病にそれは泡食ってしまったのだ。

 救急車で運ばれ、医師に説明を受け、今なら信じがたいほどに混乱し動揺していて。

 色素に異常をきたす副作用があるが、一晩で治る薬があると言われたため、すぐにそれを使って欲しいと頼んだのだ。

 男子の高熱は色々な意味で弊害がある。一刻も早く熱を下げる必要があると言われていたので、愛子は焦っていた。彼の美しい金髪も碧眼も、それはそれは惜しいと思わないではなかったが、命には変えられないし、少しでも早く治って欲しかったのだ。

 あの人と同じ金の髪も青い瞳も、ヒカルが治るためなら必要ない。

 本人が望めば色なんかどうとだって変えられる。それよりも一刻も早く治してやって、高熱の苦痛から救ってやって欲しかった。

「・・・そう、言ったわ。だって、貴方が苦しんでいるのを見ていられなかったんだもの。」

「僕自身を愛してくれるんだって知って凄く嬉しかった。・・・ずっとアイコは、僕が父さんの子供だから大切にしてくれているんだと思ってたから、父さんに似ているから愛してくれるんだって思ってたから。」

「ヒカル・・・」

「貴方がどんなに父さんのこと好きだったか、僕は知ってた。貴方が父さんと母さんを眺めながら、悲しそうにため息をついている姿が、今も目に焼き付いている。どうしてアイコはあんな悲しそうに父さんと母さんを見つめているんだろうって疑問に思った日から、ずっと。」

 ヒカルの言うとおりだ。

 愛子は、あの人の子供だから双子を引き取った。あの人を愛していたからこそ、二人を自分の手元に置きたいと思ったのだ。

 でも、それは二人をあの人の代理にしたいと思たわけじゃない。

 代わりにしたいから、引き取って育てたわけじゃないのだ。そうではなくて、むしろ、自分があの人の代わりに、双子を育てたいと思ったのだ。

 あの人と、あの人の愛した人の代わりに。

 彼らなら、きっとこんな風に二人を育てただろうと、そう思い描きながら。

 だから侯爵家には渡さなかった。親戚の家にも預けなかった。双子の両親は、きっとそれを望まなかっただろうから。

「貴方を悲しませる父が憎かったよ。母は大好きだった。まだあの頃は幼くて、貴方の苦しみの原因が母だなんて思いもよらなかったから。」 

「貴方のお父さんもお母さんもとってもいい方だったわ。私は少しも苦しんでなんか」

「そんな綺麗な事言われたって、僕にはわからない!アイコを泣かせる奴は、許せなかったんだ。父さんは優しかったのに、どうしてアイコを泣かせるのかっていつも思ってた。」

「お父さんはちゃんと私の事も友人として愛してくれていたわ。貴方のお母さんもそうよ?私が苦しそうに見えたのは、私がそれ以上を望んでしまっていたからよ。お父さんのせいじゃないの。いけないのは、私の方なのよ。」

「違う。悪いのは」

「諦めの悪い私自身よ。大人のくせに、そんな情けない顔を幼いヒカルに見せてしまっていたなんて。私は駄目な女だったわね。」

 やっと顔を上げたヒカルは、やっぱりひどく悲しそうだった。

「そんなこと、言わないでよ・・・!」

「ヒカル」

「全部自分が悪いみたいな言い方しないで。僕は貴方が好きなんだ。愛してるんだ。僕だけは貴方の味方だ。」

「わかってるわ。・・・だから、お願いだから、勘違いしないで。」

「勘違い?」

「本当に好きな人が貴方にも出来たら、私の気持ちがわかるようになるから。だから、こんなことはやめましょう。」

 言い聞かせるように言って、愛子はそっとヒカルの手を解いた。

 もう力では全く敵わない。

 こんなマズイ事態を中止するには、彼に納得してもらうしかないのだ。




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